#2.5 "アップデート"

「その割いた時間で、人がまた死ぬかもしれない……」


那一のこの言葉に、何人かの他のガーディアンズ隊員が表情を変えた。

だが、彼の言葉が意味することは誰もが考えていたことであり、そこに驚いたのではない。彼らは瞬間的に察してしまったのだ。この少年は、単なる一般人と呼ぶには、あまりにも例外的な精神構造を持っていると。


脇で話を聞いていたリエラがついに、たまらずに那一に語りかける。

「那一さん……確かに私は、あなたにクレフを託しました……てすが、それはずっと背負ってもらおうと思ったわけでは……」

悲痛なまでに訴えかけるリエラに、那一は頷いた。

「分かってます……でも、僕はただ、一番確実に人を守れる手段を選択したい」

改めて那一は兄に向き直る。

「兄さん、お願いだ。今すぐに、僕を行かせてほしい」

「……」

言葉を失っていた。

前から薄々分かっていたことだが、このような非常事態の下で、間近で見ることによってようやく理解した。

……那一は『人を守る』ということに異常な執着を見せる。

優吾はしばし沈黙していた。

その沈黙を破ったのは、今まで一言も声を発していない者だった。

「出撃を許可してやれ、久馬中佐」

そう言ったのは、厳しい顔つきをした年配の男性。

那一は微かな記憶を頼りに、彼が何者であるかに気づく。

この男性はガーディアンズ元帥、間堂臨十郎だ。

「よろしいんですか?」

傍らにいたもう1人が尋ねる。

こちらもやはり年配の男性。細身で眼鏡を掛けている。

彼は中将、桐原孝輔。

優吾が尊敬する人物であると同時に、優吾の部下、桐原弥生中尉の父親でもある。

間堂元帥は頷いた。

「……今は時間が惜しい……その少年に任せるのが最適かもしれない」

そこで、さらに付け加える。

「どうやら、昨日の戦闘映像を見たところでは、かなり使いこなせているようだ……」

「ですが!」

「対応が遅れれば、コクーンの避難民にも危険が及ぶ可能性がある。そして我々には、その『クレフ』以外に頼れる武器はなく、現状でそれを使えることが確実な人間は、そこの少年以外にはいない」

その点に関しては、桐原中将も、さらには優吾までもが同意するしかなかった。

間堂元帥の判断は、現時点ではどうしようもなく正しい。そう思えてしまう。

そして、優吾もまた一人のガーディアンズ隊員である以上、その正しさを無視して、上官に抗議することはできない。

「……分かりました……那一、本当にいいのか?」

最後にもう一度確かめる。その答えを薄々知りながら。

「うん」

案の定、迷いの無い返事が返ってきた。

そして優吾は、感情を押さえつけ、兄ではなくガーディアンズ中佐として、那一に言う。

「では、君に、『クレフ』なる兵器の使用とウォーメイルの迎撃を依頼する」

「分かりました」

淡々と、那一は承知した。横で悲痛そうな顔をしているリエラをあえて見ず、兄が抱える葛藤を考えないようにして。


那一はサモナーを再び手にする。


ウォーメイル出現位置までは、ガーディアンズ所有の小型車両で向かうことになった。装甲等を省いて軽量化された車両は小回りの効く仕様。ウォーメイル相手には多少の装甲は意味を持たないだろうという考えから、この車両が採択された。

那一と優吾、リエラとその他数名の隊員は、すぐに小型車両のある車両庫へ行く。

もう運転席には隊員が乗り込んでいた。

「準備はオーケーだ」

そう優吾に言ったこの隊員は、優吾と同期の稲森渡中尉。

言葉通り、動揺は微塵も見せずハンドルを握って準備万端といったところだ。


那一は昨日からの普段着のまま、助手席に乗り込む。

ドアを閉めてから、窓越しに優吾が声をかける。

「那一、こちらでも可能な限りのサポートはする!無茶はするな!」

那一はそんな兄の言葉に、うっすらと苦笑で返す。

「それこそ無茶だよ、こんな非常事態で」

「しかし……とにかく、生きて帰ってこい!……稲森、弟を頼んだ」

長い付き合いの友は、頼もしく答えた。

「ああ、任せろ」

稲森がアクセルを踏み込もうとする。

「那一さん、どうか無事で」

那一はリエラの言葉に軽く頷いた。

次の瞬間に車は走り出し、大きく加速しながら車両庫を飛び出していった。


***


十字市市街地。

最初の襲撃によって破壊されたエリアのすぐ近くで、人型兵器ウォーメイルが出現していた。出現からは既にある程度の時間が経過しているが、このウォーメイルは未だにほとんど動いてはいない。

オルフェア貴族が使用するウォーメイルは、一般兵士が使用するソルジャーウォーメイルとは異なり、独自のカスタムがなされている。それはソルジャーウォーメイルとは使用可能なエネルギー量が違うためで、より大量のエネルギーを使用する設計によって、様々な武装、または特異能力が搭載されている。

この独自カスタムは貴族のみに許された特権であり、またカスタムされたウォーメイルは貴族ごとに外見も能力も全く異なるため、専用ウォーメイルこそが各々の貴族が有する力の象徴であるとも言える。


今、十字市に出現したゴウロ・チルスのウォーメイルは、腕の部分が極端に肥大化している。また、腕の先についた手も厚く広い。つまり、腕力や握力といった部分に重点をおいた機体で、『アームウォーメイル』と呼称されていた。


その自慢の腕はまだほとんど動いていない。何かを待つように。

「……」

沈黙。夜明けの空は少しずつ明度を増していく。


ついに、深青色の大気の壁を隔て、遠くからエンジン音がした。

最初、ゴウロはこの星の軍隊かと思った。しかし、音は単独。軍勢の音ではなく、また重さや鈍さの少ない音であった。


遠くの角から、車が一台だけ、姿を現す。小型車であり、特に武装されているわけでもない。車はこちらに向かってきていた。ゴウロは、この車が待っていたものを運んできたことを直感した。


***


アームウォーメイルからわずかに離れたところで停車し、車の中から久馬那一がただ1人降りる。

ウォーメイルの姿を視認して、那一は呟く。

「昨日のとは形が違う……」

稲森がハンドルを握ったまま、車中から声をかける。

「気をつけろ、戦場では敵戦力の把握は超重要だ」

戦闘においては実に当たり前のことではあるが、あくまでも那一は一般人。基本的なことだからこそ、この戦闘直前になっても言い聞かせる。

「あちらにはこちらの戦力がおそらく分かっているが、こっちはあの兵器を知らない」

持つ情報の差による優劣が既に存在している。

「はい、分かっています」

そう答えながら、サモナーを腰に装着した。


***


ゴウロは、前方に見える少年がベルトのような装具を腰に巻くのを見た。

あれがサモナー、つまり『クレフ』だ。

目の前に、古くより伝わるオルフェアの至宝があることに、感慨を覚える。

ただし、それはこの場において、明確にゴウロの敵だ。


***


サモナーを身に着けた瞬間、那一は頭の中に情報が流れ込んでくるのを感じた。

その中で、際立って目立つ情報があり、意識は自然とその情報を認識する。

「……アップデート?」

口から呟きが漏れる。

那一が理解した情報によると、クレフのアップデートプログラムが起動したらしい。


左腰部分のホルダーから、以前と同じ鍵を取り出す。

鍵の見た目は変わらない。しかし、その鍵が引き起こす変化は別物であることを、那一は知っている。

全てのウォーメイルの『起源』。

その力を今、完全に解放する。


「離れてください」

車の中の稲森に言った。

「……分かった、頼んだぞ!」

稲森の運転する車は急旋回して走り去る。

だが、アクセルを踏み、ハンドルを切りながら稲森は自覚する。

……那一の台詞は、本来は軍人である自分が言うべき台詞であることを。

歯をくいしばった。


那一はもう、目の前のウォーメイルだけを見ていた。鍵を、バックル右部分の鍵穴に差し込む。

「起動」

発声をキーとして、昨日は無かった電子音声が、無機質にサモナーから響く。

「コマンド・オリジン」

無機質なこの声が、クレフの能力が真に解放されたことを意味していた。


那一は一瞬で黒い鎧を纏う。

身を包む漆黒。そして、頭部では深緑色の瞳が瞬く。

その光が相対するウォーメイルを捉えた。


***


ゴウロ・チルスは直感していた。

……今、目の前に立つ『クレフ』を、自分は『知らない』。


『クレフ』は90年ほど前に『オルフェア統一大戦』で使用された兵器。

当時は数ある有力な家の一つに過ぎなかったシューヴァント家は、クレフによってオルフェア統一に成功し、戦乱の時代には終止符が打たれた。

つまり、クレフとはオルフェア統一の象徴でもある。

そんなことは、もちろんゴウロは知っている。

歴史資料として、クレフの戦闘映像も見たことがある。確かに、映像で見たクレフも漆黒の戦士であり、今目の前に立つクレフと外見上の違いはほとんど無い。

だが、やはり確かに違うのだ。何か大きな差異がある。


***


クレフが動き出す。

走りながら、右腰のデュアルウェポンを瞬時に抜き、剣のモードにする。

エネルギーで形成された刀身が出現する。

そして踏み込み、跳んだ。

一気に距離を詰め、アームウォーメイルの至近で剣を横に振り抜く。

アームウォーメイルは、その巨大な左腕を使って、正面から剣を受け止める。

特徴である腕は、防御力が特に高い部位でもあり、盾としても使うことができる。

真正面からのぶつかり合い。純粋な力と力の衝突。

拮抗する。


「何っ!」

驚いたのは、ゴウロのほうだった。

この激突で彼は理解した、以前のクレフと今のクレフの違いを。

とは言え、アームウォーメイルは隙を作らない。

そのまま腕を振り、力に任せてクレフをはね除けようとした。

しかし、その直前にクレフは後ろへ跳んでいて、バランスを崩さず着地する。


ゴウロは、今の激突で感じたことを頭で整理し、改めて理解した。

アーム「……クレフの出力が高い」

クレフは確かに、元々はオルフェア統一を成し遂げるほどの高性能兵器。

しかし、その後にクレフから発展したウォーメイルは、クレフよりもさらに能力が高いはず。汎用機であるソルジャーウォーメイルはそれでもクレフとほぼ同程度の能力かもしれないが、貴族専用のウォーメイルは違う。

90年前の兵器では、エネルギー出力で貴族のウォーメイルと渡り合えるはずがないのだ。

「なぜだ……なぜ性能が上がった?」


***


戦闘前に、那一がサモナーが知らせた、『アップデート』という情報。

それは、クレフのエネルギー出力を大幅に上げるものだった。

ただし、能力値が上がったと言うのは正確ではない。

ただクレフは、その『本来の力』を解放しただけなのだ。


サモナーがアームウォーメイルを認識した時、ロックが解除された。

封じていた本来の力を解放するという意味での、『アップデート』。


そして、この真の姿には名が与えられていた。

『コマンド・オリジン』、すなわち『起源』。

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