#2.4 "そして夜もまた長し"

千崎薫は約2時間、避難シェルター『コクーン』の医療エリアの前で、木島竜平が出てくるのを待っていた。

人の出入りは時折あったが、竜平はいつまでも出てこない。

そもそもあの時追いかけた姿は竜平だったのか……そんな疑問さえ湧いてくる。


そんな中、薫の幾度もの迷いの後に、ついにドアから木島竜平が出てきた。

だが、その表情は呆然自失といった感じで、何の感情も読み取れない。


遠慮という言葉は意識すらしなかった。

薫はすぐに、竜平に駆け寄った。

「木島くん!」

「あ……千崎……」

目の前に不意に現れた薫に、竜平はごく微かに驚いた顔をした。

『極めて微かな』反応。

これが久馬那一だったらごく自然な反応だろうが、直球で分かりやすい木島竜平という人間の反応としては、明らかにおかしかった。

そんなことを無意識に感じ取りつつ、薫は訊ねる。

「大丈夫だった!?」

竜平の表情は相変わらず何も読み取れない。

「俺は……大丈夫……」

『俺は』という言葉は、何か不吉な響きだった。

薫が何か訊ねる前に、竜平の唇が動いた。

不規則に、小刻みに、震えながら。

「……母さんと、妹が……亡くなった……」

目を見開く薫の前で、

竜平の目から涙が伝った。

「……ビルが崩れて、瓦礫に埋まってたって……発見されたときには、もう……」

涙が止めどなく落ちた。

脚が体を支える能力を失い、竜平はしゃがみこんだ。

薫は、嗚咽する竜平にかける言葉を持たず、ただ立ち尽くしていた。


***


リエラの説明が中断された部屋では、那一に対しての尋問が始まっていた。

質問は主に優吾が行ったが、那一はそれに淡々と答えた。

知っていることは全て話し、時には自分の推測を述べた。彼が語ることは、先程までのリエラの話や記録された戦闘映像などとも一致しており、信憑性に足ると判断された。

ただ、優吾の質問がある点に触れたとき、那一の応答は少しの熟考を挟むようになった。

「……お前は、あのリエラ・シューヴァントと名乗る王女が、信頼できる人物だと思うか?」

この質問に、それまで淀みなく答えていた那一はすぐに答えなかった。

しばらく沈黙してから、口を開く。

「……少なくとも彼女が話したことに、大きな嘘は含まれていないと思う。……ここまで常識から外れた状況だと、彼女が語ったような、僕達の常識を崩すような説明が、きっと一番合理的だ」

優吾もその意見には賛成だった。

「……ただ、彼女が信頼できるのかどうか……僕はそれを明確に判断はできない」

「なるほど……で、お前はどうする?」

「僕は彼女を信じる……ただ、判断というよりは、願望なのかな……」

「そうか……」

本当ならば、その『願望』の理由にも説明をつけるべきなのだろうが、きっと、訊ねても答えてくれないか、答えられないだろう。

それに、優吾にはガーディアンズ中佐としてやらなくてはならないことが山積みで、兄としてはひとまず弟を休ませてやりたかった。

「聞きたいことは大体聞いた……お前は、今日はもう休め」

「うん、ありがとう」


那一は案内された小部屋に入ると、ベッドに寝転がった。

部屋の電気は消しており、暗い。目はすぐに閉じた。

だが、眠ろうとはしない。考えることはたくさんあった。

この長い半日、体験したことはあまりに多い。

脳は情報を処理し続けている。


しかし、肉体はさすがに疲労の極致を迎えていた。

瞼の裏に、焼け落ちた市街地の風景が浮かんだ。

鈍く光るウォーメイル達。

もう一つ見えたのは、リエラの顔だった。

凛として、覚悟を秘めた表情。澄んだ声、力強い声。

『……逃げるわけにはいかないんです……戦争を止めるために、私はこの地球に……』

その声を思い出すうちに、那一は眠りへと落ちていった。


***


日が落ち、十字市に夜が訪れる。

月が時間と共に空を闊歩する。

月明かりを掻き消すほどに、ガーディアンズ本部は煌々と輝いていた。

中では隊員達が働き続けている。


上層部への現在状況の報告が終わり、優吾にはようやく食事を摂る時間ができた。

つい先程、弟のいる小部屋を覗いてきたが、彼はよく眠っていた。

そのことに兄としてわずかな安心を覚えつつ、食堂で夕食を食べる。厳密には、もう『夕食』と呼べる時間帯ではないが。


と、そこに近づいてきた男が1人。

稲森渡中尉だ。

「よお、忙しそうだな」

そんな能天気な挨拶に、優吾は苦笑してしまう。

「お前だって忙しいだろ」

「まあな……被害状況の確認、コクーン内の避難民の警備、今後の計画の立案……加えてその他雑務諸々……この状況下で、忙しくない隊員はいないだろ?」

「……違いない」

しばらく2人は現在の状況についての情報共有、加えて意見交換をした。

そんな中、「ところで……」といった具合に、稲森は話題を変えてくる。

「……お前の弟が、重要案件に関わっているって話を聞いたんだが」

優吾としてみれば、特段驚くようなことではない。この話がすぐに広まることは予想していた。

「ああ……俺も驚いている」

偽らざる本音であった。不安とか期待とか、そんなものより、今はただ驚きの念しかない。

「そうか……で、弟の様子は、どんな感じなんだ?」

彼はとりあえず、戦闘に巻き込まれた一般人として、那一を心配しているのであった。その気遣いは優吾にも伝わっている。

「……今は寝てるよ」

本来は稲森の尋ねたかったことは、『精神的ショックを受けているか?』などといったことだろう。しかし、優吾はその点について、あえて返答のピントをずらした。

稲森もそれ以上は追及しない。

「さてと、そろそろまた仕事だ……行ってくる」

「ああ」

食堂から出ていく稲森を見送った優吾は、夕食の残りを口に掻き込むと、自らもまた仕事へと向かっていった。

ガーディアンズ本部の夜は長い。


***


働く隊員達が多い中では、深夜と言えども、本部基地を静寂が支配することはない。

むしろ本部は隊員達の声に満ちていた。

一方、コクーンの内部では避難民達が眠っている。寝袋が貸し与えられたが、人々はこの1日の間に起きた悲劇や災厄を思い出し、なかなか眠れない。それでも、人々は疲労から少しずつ睡魔に襲われていった。

ただし、家族や友人などの安否が確認できていない者達はその限りではない。彼らは文字通り、眠れぬ夜を過ごした。


破壊された市街地では、ガーディアンズ隊員によって、行方不明者の捜索活動に加え、現場の分析が行われていた。

『ウォーメイル』なる機動兵器の残骸を初めとして、未知の襲撃者達の痕跡は至る所に残されていた。

だが、依然として謎は多い。本部で収集された情報…『オルフェア』という惑星についての情報も現場には伝わってきている。ただし、必ずしも皆がすぐに信じたわけではなかった。

それでも、隊員たちはそれぞれの職務を実行し続けた。


***


夜が明ける少し前の時間帯。漆黒の空は、ゆっくりと明度を増していく。今は紺色。星の輝きはまだくっきりと。


そんな中、十字市に1人の人影が出現した。

破壊された市街地とはわずかに離れた場所だが、ガーディアンズの作業用ライトの光が見える。その程度の近距離。

その出現は本当に唐突だった。光のカーテンが不意に空中に出現したが、次の瞬間にはその幕は消失し、ただ人影が残ったのだった。

「ここが……地球か……」

そう呟く彼こそ、オルフェア貴族、『バロン』の爵位を持つ男、ゴウロ・チルス。

体格はいいが粗暴さは微塵もなく、地位に見合った落ち着いた雰囲気を纏っている。

単独で彼が地球に来たのは、オルフェアの総攻撃前に王女リエラを保護するため。

王家のゲートキーに人間1人のみ転送可能な量のエネルギーが溜まってからすぐに出陣したため、ただ1人での地球来訪となった。

ゴウロはウォーメイルを起動させるための鍵型端末メイルキーを右手に取り、握った。

「起動!」

彼の体は光に包まれた。

この一瞬に、生身の肉体は亜空間へと転送され、同座標には機械の肉体であるウォーメイルが送り込まれる。そして、意識は接続された。


***


夜明け前のガーディアンズ本部に、警報が鳴り、アナウンスの声が響く。

「未確認機動兵器出現!未確認機動兵器出現!」


那一はこの緊迫した音に反応して、すぐに飛び起きた。

覚醒は早く、すぐにこれまでの状況を思い出す。

アナウンスが伝える言葉の意味も理解した。

「……オルフェアのウォーメイルか……」


ちょうどその時、部屋のドアが開いた。

ドアを開けたのは、1人の女性。ただし、その制服からガーディアンズ隊員であることは明らかだ。そもそも、引き締まった表情は一般人とは異なる、軍人のものだ。

この時の那一は知らないが、彼女は桐原弥生。階級は中尉。優吾の直属の部下だ。

「久馬那一さん、久馬優吾中佐が話したいことがあるそうです。私に付いてきてもらえますか?」

「ええ、分かりました」

すぐに同意した。


弥生に案内され、再びガーディアンズ本部の会議室に入る。

先程と同じ部屋。

那一を呼んだ優吾がいる。

また、那一より早く休んだリエラが既にいた。様子からして、またオルフェアに関する説明をしていたらしい。

その他に、何名かの隊員達。年輩の隊員もおり、順当に考えれば優吾より上の階級だろう。


那一が入ると、当然のことながら部屋の全員の注目を集める。

一歩進み出て、優吾が話し始める。

「那一、状況は理解しているか?」

「……十字市にまた、ウォーメイルが現れた」

「その通りだ、だから……」

「迎撃のために、サモナーが必要だ。貸してほしい」

兄の言葉を、弟が遮った。


「何!?」

危うく、優吾は言葉を失いそうになる。淡々と語る弟が、信じられなかった。

つまり、彼は『自分が戦闘に出る』と言っているのだ。

「いいか、落ち着け!……今、ここでリエラさんを交えて話し合っていた……クレフの資格者をお前からガーディアンズの正隊員に移せば、お前が戦う必要はない!」

リエラが脇で、緊張した面持ちで頷いていた。

だが、一度クレフを使用した際に様々な情報を得ていた那一は知っている。

……その策には一つ、大きな穴がある。

「……資格者の移動には、不確定な時間を要するはず……」

その穴を、那一は指摘した。


優吾は那一がその点を知っていたことに一瞬驚きながらも、すぐに言葉を返す。

「……その辺りのことも、リエラさんから聞いた。だが、時間を割いてでも、正規の軍人が使用した方が、より安定した運用ができる……」

優吾の言うことは、半分は本音だった。ただもう半分は口に出さず、また口に出さなくとも、まともな感覚を持ち合わせた人ならすぐに推察できることだった。すなわち、彼は軍人として一般人を巻き込みたくないのであり、また同時に、兄として弟を巻き込みたくないのだ。


だが、その弟はあくまで冷静に、そして冷徹に返す。

「でも兄さん、その割いた時間で……人がまた死ぬかもしれない」

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