#2.3 "十字市の長い半日"
那一とリエラがガーディアンズ本部の一室に案内された頃。
時間としては、ウォーメイル襲撃から約1時間強。十字市全域が破壊されたわけではないが、市街地部分を中心に破壊されたため、被害は大きい。怪我をした人々が市内の無事だった病院や、ガーディアンズ本部の附属病院へと、ひっきりなしに運ばれてくる。だが、怪我で済んだ人は幸運と言えた。市街地のビルの瓦礫には、多くの人々が埋まっていると予測されていた。現在、ガーディアンズの隊員達によって、救助および捜索活動が開始されている。
ゲートキーによってオルフェア兵士が転送されてきたのが、ガーディアンズ本部のお膝元であるこの十字市であったことは、他の地域と比較すれば良かったと捉えることができるかもしれない。ガーディアンズによる救助活動が行われるまでのタイムラグはほとんど無かったからだ。しかし、そんな理屈は被害者にとってみれば全く意味を持たないわけで、厄災は厄災でしかない。
無事な市民は避難を命じられていた。
対象範囲は十字市全域。市街地から遠い場所に居住する人々も、未知の事態に際して、避難対象となった。
ガーディアンズ本部が位置する十字市は、西暦2117年現在、日本国の国防・軍事の中枢である。当然、他国によって攻撃される可能性も視野に入れなくてはならない。そこでこの十字市には、全市民を入れてもなお余りあるほどの避難シェルターがある。
ガーディアンズ本部に隣接したこのシェルターは、地上部分が巨大なドーム型となっており、さらに地下にも施設が広がっている。全市民は、ひとまずこの避難シェルター、通称『コクーン』に収容されることとなった。
***
『コクーン』に避難した人々の中に、那一の幼馴染みである千崎薫もいた。薫はウォーメイル襲撃時には市街地からやや離れた自宅にいたが、避難命令に従ってコクーンへと避難してきた。薫自身は詳しい状況を知らないが、異常なこの状況が恐ろしく、そして不安だった。
土曜日にも拘わらず両親は仕事中であったため、まだ連絡はとれていない。だが、職場の位置から考えて無事だろうと、ひとまず安心していた。
次に考えたのは友人達の安否。襲撃された場所は薫達の通う十字第一高校の近くで、部活動などで土曜日に学校にいた生徒がどうなったか心配だ。
特に彼女は生徒会長として、校内に知り合いが多いだけに、不安も積み重なる。
コクーン内部はおびただしい数の小部屋と、広大な大部屋スペースによって、居住区域が構成されている。それぞれの部屋を結ぶ廊下は、物資などの搬入のためにやや幅広く作られていた。
総じて清潔な空間ではあるが、やはり無機質な感じは否めない。
薫はひとまず、コクーンの大広間へと案内された。
一万人ほどの市民を入れることができる部屋で、現在ここでは避難住民の名簿を作成している。ガーディアンズ隊員が机を並べ、避難してきた人の名前や連絡先を記録している。隊員達の記録は正確で素早いが、十字市全域への避難命令となると、さすがに避難民の長蛇の列はできてしまう。30分程かかって、ようやく薫は記録をしてもらった。
避難民は登録さえすれば、あとはコクーン内部を自由に歩き回ることが許されていた。この未曾有の危機に際して、隊員の数は絶対的に足りない。市民を徹底的に統率するよりも、ある程度の自由を認めることでストレスを緩和し、市民の統率を易しくしようという考えであった。
薫はひとまず両親を探した。
コクーン内部では通信回線全般が大幅に増強されており、災害時の混乱の中でも回線はパンク状態にならず、通話が可能になっている。
薫は父親に電話をかける。不安なコール音数回の後、電話は繋がった。
父の声。さらに代わって母の声。「大丈夫?」と訊ねれば「大丈夫?」と聞き返されるような会話の中で、家族全員が「大丈夫」であることを確信した。
場所を決めて会おうということに話がまとまり、今いる場所を確認するために薫は周囲に目を向ける。
その時、おびただしい人混みの中、廊下の向こうに見覚えのある背中。
友人、木島竜平の背中だった。
「ごめん、あとでかけ直すから!」
両親にはそう言って電話を切り、竜平の背中を追って歩く。
竜平の姿が、角を曲がって視界から消える。薫は人の群れを縫うように進み、距離を縮めようとする。竜平の背を視界に収めては、またその姿は視界から外れる。
追いかけながら、コクーンのどちらの方向へ進んでいるのかに気づく。
竜平が向かっているのは、医療エリアの方向であった。
医療エリアの目前まで来た。
居住区域と分離するための金属製の扉。
この扉の中に竜平が入っていったことは間違いなかった。
しかし、さすがに医療エリアの中には許可もなく入ることはできない。薫はやむを得ず、医療エリアの扉の側に立っていた。友人が今にも出てこないか、それだけを待って。根拠のない不安を、根拠のない希望で打ち消しながら。
***
リエラの説明は、ウォーメイルについてのものから、ウォーメイル開発の経緯に繋がっていった。
地球とオルフェアは別次元の宇宙にあるが、並行した宇宙内での位置座標が同じであるためか、2つの惑星の間には繋がりが生じ得る。また、惑星間を繋ぐいわゆるワームホールは、ゲートキーによって作り出されるものだけでなく、微小な空間の歪みの蓄積によっても形成される。その自然発生したワームホールに人が巻き込まれれば、地球上の人間はオルフェアに転送される。
「そうして、偶発的にやって来た地球人を、オルフェアでは『来訪者』と呼んでいます」
「だとしたら、世界各地で時折発生する人間の行方不明事件、そのうちの一部は、実際にはオルフェアに転送されたものかもしれないな」
優吾が呟く。
彼の推察通り、未解決のものも多い行方不明事件、日本では時折『神隠し』とも呼ばれるこの現象は、自然発生のワームホールが関わっている場合もある。
「……そして、2015年、一人の地球人がオルフェアに転送されてきました。彼の名は、ヘルマン・アクター」
ヘルマン・アクターがオルフェアにやって来た当時、オルフェアは現在のような統一国家ではなく、いくつもの勢力が互いに侵略し合う戦争の時代。日本や中国の『戦国時代』のようなものであった。そして、アクターが転送されたのは、戦い合う勢力のうちの一つ、シューヴァント家の領地であった。
シューヴァント家に客人として迎えられたアクターは、オルフェアでその当時より使われていたエネルギー『オメガプライム』に着目した。当時の戦争でもオメガプライムが使われていたが、単なるエネルギーとしての使用に留まり、さらにエネルギーの変換効率も非常に悪かった。
戦車などの兵器は、おおよそ2117年現在の地球レベル。
しかし、ヘルマン・アクターはより高出力を生み出すオメガプライム運用システムを考案。さらにその制御にもオメガプライムを活用した。
そして開発された兵器こそが。
「『クレフ』、というわけですね」
「ええ」
彼女は那一の方を向いた。彼の手には、先程の戦闘で使用したサモナーがある。
「那一さん、あなたはそのサモナーを使用するとき、具体的な使用法をどのように知りましたか?」
彼は思い出す。
「……あの時、これを手にした瞬間、使い方が勝手に頭に入ってきた」
「ええ、それこそが『オメガプライム』というエネルギーの特性を最大限に活かした方法です……オメガプライムは、機械と人の意識をリンクさせます。マニュアルが無くても人の意識に使用方法をインストールし、細かい操作が無くても使用できる」
兵器運用に詳しいガーディアンズ隊員達は、その特性の価値をすぐに理解した。まとめるように、優吾がコメントする。
「……なるほどな。その特性が、クレフの運用を簡単にし、軍人でもない那一でも使えたってことか……」
だが、実際は、いくら操作が簡単でも、素人がいきなり兵器を使えるはずはない。しかし今は、弟の特異な才能については言及しないことにする。
その後も、リエラによってオルフェアとクレフについての説明は続けられた。
クレフにより圧倒的優位に立ったシューヴァント家。戦力のバランスは崩壊し、やがて戦争は終結とした。オルフェアは統一され、シューヴァント家がオルフェア王家となった。その後、有力な家は貴族となり、各領土の自治を王家から委任される形で、現在の統治体制になっていく。
そして時は流れ、クレフの発展型として、使用者の肉体を亜空間に移動させることで安全性を向上させたウォーメイルのシステムが考案された。
ここまで説明したところで、既に2時間ほど経過していた。さすがに、リエラの顔にも疲労が見えていた。現時点でも十分に有益な情報が得られたと判断した優吾の提案で、リエラには休息をとってもらうことになり、彼女は個室へと案内された。
また、優吾は隊員達に、これまでにリエラが説明したオルフェアに関する情報をまとめるよう指示を出した。さらに、その情報をもとに上層部の指示を仰ぐようにとも命じる。
そこまでの指示と手配を終え、後に残った那一と向き合う。
「ハァ、とんでもないことになったな」
「……そうだね」
別の次元の宇宙。
別の惑星からの襲撃。
ワームホール。
既成概念を根底から覆す兵器。
そして、『クレフ』。
まだ昼下がり。
それなのに、この半日は果てしなく長い。
きっと、この十字市の誰にとっても。
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