#2.2 "進言"

地球。十字市のガーディアンズ本部。

この場所に今、次々とヘリが降下してくる。出動していたヘリが戻ってきたためだ。同時に、輸送用トラックも次々に入ってくる。そして、そのうちの一台から、明らかに隊員ではない少年と少女が下りた。

那一とリエラだ。


本部に着くやいなや、2人はすぐに隊員に先導され、基地の中を歩いていく。

廊下を歩くだけで非常事態であることはすぐに分かる。この基地は現在慌ただしい。隊員達の指令や報告が常に響いていた。

「生存確認急げ!」

「市民の誘導、70%ほど完了しています!」

内容だけでなく、声にこもった緊迫感、それが基地の現状を示していた。


那一とリエラは、広い会議室に案内された。

案内役の隊員が言う。

「ここで、君達に事情の説明をお願いしたい」

それから、部屋のドアが開く。


中には既に、多くの隊員達が集まっていた。会議を行うわけではないため、ほとんど全員が立ち、近くの隊員と情報の交換をしていた。壁面のモニターには、十字市の現状を把握する上で必要な情報が並んで映されていた。


ドアが開いた瞬間に、隊員達が一斉に那一とリエラに注目した。

その中の一人が急いで近づいてくる。那一の兄である、久馬優吾中佐だった。

「那一!」

いくらガーディアンズ中佐でも、動揺は隠しきれていなかった。

「大丈夫か?」

「ああ、僕は平気」

弟は、変わらず平静だった。

優吾は気持ちを落ち着かせてから、訊ねる。

「何があったか……説明できるか?」

「うん……ただ」

そこで那一は、後ろのリエラを振り向く。

リエラは頷いた。

「私が説明した方が、詳しいことを伝えられるかと」

少女の言葉に問いかけ直す。

「君は何者か、説明してもらえるだろうか?」

対して、リエラはわずかも迷わずに答える。

「私の名前はリエラ・シューヴァント。……この町を襲撃した国家オルフェアの王女です」


瞬間、少女の言葉の意味が理解しきれなかった。

『オルフェア』という国名など、聞いたことがない。

他の隊員達も当惑していた。助けを求めるように、優吾は那一の方を見やる。

那一は沈黙していた。

「今説明します。可能な限り、詳しく」

リエラが説明を続ける。自分が伝えなくてはならないことを、地球の人々が理解してくれるように。


リエラの説明はまず、『オルフェア』という惑星国家についての話から始まった。

地球とは異なる宇宙に浮かぶ惑星オルフェアは、現在では統一され、一つの国家となっている。

国家オルフェアは王家を君主としつつも、91人の貴族がそれぞれの領地の支配を任されており、その一つ一つが地球でいうところの『州』や『県』にあたる。

惑星オルフェアの表面積は地球のそれの約1/4。資源的には地球よりやや貧しく、近い将来、深刻な資源不足が予測されていた。

そこでオルフェアは、別宇宙の地球への侵略を計画し始める。

目的は明快、資源を手に入れるためだ。

そして、オルフェアと地球の間を結ぶトンネル、いわゆるワームホールを作り出す装置として、『ゲートキー』の開発が進められた。


ここまでの話をリエラがする間、誰もが黙って聞いていた。

だがここで、堪えきれなくなったように一人の隊員が声を上げる。

「今までの話を…信じるに足る証拠は?」

彼は眉根を寄せ、険しい顔をしていた。

「証拠は一体どこにある?」

早い話が、『そんな話を信じられるか!』という言葉を、極めて薄いオブラートに包んで言ったに過ぎない。この部屋のガーディアンズ隊員の中では最も高い階級にある優吾が、わずかに厳しい顔になり、今発言した隊員に注意しようとした。

が、それよりも先にリエラが毅然とした態度で答える。

「今起きている様々な事象の他に、証拠を挙げろと言われれば、そのようなものはありません」

彼女の澄んだ目が、その隊員を見据えていた。

相手をたじろがせるほどの高貴さを備えて。

「ただ私は、信じてもらえるように、私の知ることを伝えるまでです。それが私の義務であり、それしか私にはできませんから」

隊員は押し黙った。優吾も注意するのをやめる。

ただ少なくとも、目の前の少女を見て、この少女が本当に王女だとしてもおかしくはない、それだけの風格を持っていると、そう思った。


別の隊員が訊ねる。

「十字市に現れたあの人型の兵器……あれは一体?」

「ええ、それについても、今から説明します」


説明がウォーメイルのことへと移っていく。

『ウォーメイル』は、オルフェアで発達した兵器であり、人間の精神を接続することで使用可能になる。仕組みを簡潔に説明するならば、『メイルキー』と呼ばれる端末でウォーメイルを転送し、同時に使用者の肉体を亜空間に避難させることで身体の安全を確保するというものだ。

そして、呼び出されたウォーメイルと使用者の精神がリンクすることで、機械を肉体として扱う、極めて強力な兵器となる。


「……ウォーメイルやゲートキーといった、オルフェアの技術には『オメガプライム』と呼ばれるエネルギーが関わっています」

「『オメガプライム』?」

「はい。確認しますが、『オメガプライム』は、地球には無いものですよね?」

そこで、彼女の目は自然と、この場にいる者の中で最も心を許せる那一へと移った。那一はコクンと小さく頷く。

「そうだと思いました。もし、オメガプライムが地球にもあるのなら、おそらく地球でもウォーメイルやゲートキーの技術は開発されているはずですから」

リエラはそう言った。だが、その断定的な、ある意味では地球人の技術力を高く評価するかのような言い方が気になり、那一が聞き返す。

「『開発されているはず』、というのはどういうことですか?」

「ええ。『ウォーメイル』システムの基礎を開発したのは、『来訪者』、つまり偶然オルフェアにやって来た地球人です。記録によると、今から約90年前、ウォーメイルのシステムの基礎となる『クレフ』が完成し、争いが続いていた惑星オルフェアは統一されたと聞いています」

この『クレフ』という単語も、馴染みの無いものだった。

ただ一人、実際に使用した那一だけが響きを確かめるかのように呟く。

「『クレフ』……」


***


オルフェアの王城。

尖兵3名の敗北を受け、軍議の行われている一室。

国王ガイセル・シューヴァントも含め、重臣達が議論を続けている。


既に、同盟関係にある『デューク』、ランス・ジルフリドを通して、『六柱』の持つゲートキー計6基を使用することは決定していた。ランス・ジルフリドが現在、他の5人のデュークを説得している。

だが、あまりにも予期せぬ事象が多く、一つの方針が決まったからといって済む状況ではない。そもそもが、惑星国家の命運を賭けて戦争を始めたのだから、いくら議論しても、議論が尽くされることはない。


そんな中、臣下の一人が入室してきた。彼は国王ガイセルの許しを得て、報告する。

「報告します。バロンが一人、ゴウロ・チルス様が到着されました」

「そうか……すぐに、この軍議の間に案内せよ」

「はっ!」


オルフェア貴族、爵位『バロン』のゴウロ・チルスは、本来であれば尖兵として地球に赴くはずであった貴族である。しかし、彼が王城に到着する前に王女リエラ・シューヴァントの失踪が発覚したため、急遽計画が変更され、今の状況に至る。


臣下の報告から程なくして、ゴウロ・チルスが入室した。

ゴウロは国王ガイセルの前に跪いて挨拶をした後、王の臣下から現状の説明を受ける。説明の後、しばらく考え込んだ後に、ゴウロは国王に進言した。

「陛下、どうか今すぐにでも、私を出陣させてください」

軍議の部屋が、重臣達の困惑でわずかにどよめく。デューク達のゲートキー使用は2日後と決まっている。そのため、王家のゲートキーもエネルギー充填率が十分でなく、現在は転送はできない。そんな状態で『可能な限り早く出陣する』ということは、エネルギーが一人転送可能になった時点での出陣を意味する。

つまり、ゴウロが単身で乗り込むということであった。

貴族が護衛無しに出陣するという、それゆえに皆が驚いたのだ。


「なぜ、そのように考える?」

国王ガイセルに真意を問われ、包み隠さずゴウロは告げる。

「2日後に大規模な侵略が始まれば、地球とオルフェアの間の戦争状態は決定的なものになります。そうなればリエラ様の安否は、ますます不確定なものとなってしまいます。どうかその前に、リエラ様を保護するため、私を地球へ向かわせていただきたいのです」

その場にいた者達は理解した。ゴウロの進言は、彼の実直な人柄と、王家への忠誠ゆえに。彼は、国王ガイセルが考慮の外に置いた『王女の身の安全』を、何とか確保しようというのだ。

それが真意かは測りかねるが、それでもガイセルはその発言を無下にすることはできなかった。忠実な臣下に対する国王の礼儀として。そしてリエラの父親として。


「いいだろう。ゴウロ・チルス、貴様に出陣を命じる」

「はっ!」

ゴウロ・チルスは命令を承諾した。

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