2章

#2.1 "六柱のデューク"

これは過去の挿話。


西暦2016年。

オルフェアの名家たるシューヴァント家の城。

城内の大広間で2人の人間がチェスを指している。

1人は青年を終えた辺りの年齢の男性。もう1人は青年、あるいはまだ少年と言っていいかもしれない。

男性は呟く。

「……オルフェアも、地球と変わらないか。…勢力争いが常に行われて、時には武力衝突……」

嘆かわしい、というかのように男性は大きなため息。それを聞き、青年も応じる。

「そうですね……とても、平和とは言えませんよ」

「そうか、この状況をなんとか……」

そう思う度に、彼の胸をよぎるものがあった。

それは、このオルフェアにやって来てから知った、地球上にはないエネルギー。オルフェアの人々はそれを『オメガプライム』と呼んでいた。

「あのエネルギーにはきっと、まだまだ未知の特性が……」

実際、彼がオルフェアに来てから少しオメガプライムについて研究しただけでも、これまで知っていたエネルギーとは明らかに異なる性質の片鱗をいくつも見つけている。もっと研究すれば、さらに詳しいことが分かるだろう。

「……だが、その性質をどう利用すれば……」

「……さん」

「もっと根本的に……争いを鎮めるために……」

「……ターさん」

「どうすれば……オメガプライムの特性を生かしきることが……」

「アクターさん!」

やや大きめの声で呼びかけられ、男性は思考の彼方から引き戻される。

男性が目の前の青年に視線を戻すと、青年は控えめに苦笑していた。

「アクターさん、あなたの手番ですよ」

「あ、ああ……すまない」

思索にふけるうちに、チェスの最中であることをすっかり失念していた。『アクター』と呼ばれた男性は盤上を眺め回し、それから思い出したように顔を上げ、青年に言う。

「『アクター』は姓だからな。君とは友人でありたいから、『ヘルマン』と呼んでもらって差し支えない」

「なるほど…では、『ヘルマンさん』で……」

「ああ、それで構わない」

そう言いながら、男性、ヘルマン・アクターは、ビショップの駒を一歩前進させた。青年はそれを見て、しばらく考え込んでから、自陣のナイトの駒をつまむ。

「……あ、では、僕を呼ぶのも『アスラ』でお願いします」

ナイトの駒を的確に動かしながら、青年は悪戯っぽく微笑み、先程のヘルマンの言葉を真似るように言った。

「……僕の場合も、『カリリオン』は、姓ですから」


***


現在。

2117年。

オルフェアの惑星全域に散らばり、各々の領地を管理する貴族達の中で、たった6人しか存在しない最高爵位『デューク』。彼らはまとめて『六柱』とも呼ばれる。

『六柱』のデュークはそれぞれが強大な勢力を持っており、単一の家として最大の勢力を持つのが王家であるシューヴァント家だとしても、『六柱』全ての兵力や財力などを足し合わせれば、その総量は王家をも凌ぐ。


その6人のデュークが、幕を開けた地球との戦争について意見を交わすための会議を開いていた。会議と言っても、彼らの領地は遠く離れており、また話し合いのためだけに領地を離れられるような立場でもないため、立体映像を用いた通信で会議は行われる。


六柱の筆頭、『陽公』ランス・ジルフリド。

彼の城の一室には、ランス・ジルフリド本人と、立体映像の影が5つ、円卓を囲んで席に着いていた。

「多忙な中、私の召集に応じてくれたことに感謝する」

ランスの挨拶から始まる。


「やむを得ないだろう…地球との戦争は、この国全体に関わる重大案件……我々『デューク』であろうとその余波は免れない」

影の中でも特に体格のいい、極めて厳めしい顔をした男が応じる。彼の名はサタ・コーシュ。厳格に領地を治める、武骨な貴族だ。

「これからの方針、デューク6人で擦り合わせる必要はあるだろう」

彼の言う、方針を全デュークで擦り合わせる必要とはつまり、6人のデュークの意見が一致していれば、その意見は王家にすら強い影響力を持ち得るため、それゆえに意見を交換し一致させておく必要があるということだ。

「確かにな……」

落ち着いた女性の声が同意した。この声の主はライム・トリロニー、『六柱』の紅一点だ。年齢は、まだ少女という段階を抜け出したかどうかというところ。そして六柱の中で最も若いにも拘わらず、決して他のデューク相手に遠慮することはない。

冷徹なまでの合理的思考と精神力は、領地の民から畏怖される。


ライム・トリロニーの隣の影が、彼女の意を汲むかのように付け加える。

「まあ、それが民のためってもんだしなぁ」

ぞんざいな言葉だが、他の5人は誰も、その言葉が真意であることを疑いはしない。今の言葉を発した男……ゴール・テナムキンは、飄々とした態度ながら、常に民を最優先に考える政治で知られる男だ。

ゴール・テナムキンは、隣のライム・トリロニーの方を見て、ニヤリと笑った。

「そうだろう、嬢ちゃん?」

ライムが顔をしかめる。

「……いい加減、その呼び方はやめていただきたいものだ」

「ははは、悪い悪い」

ゴール・テナムキンは、先代のトリロニー家当主すなわちライムの父親と親しい。

それゆえに、ライムを『嬢ちゃん』と呼ぶのが癖になっている。


ライムは、この部屋の中で唯一の生身の人間であるランス・ジルフリドに視線を向け話の先を促す。

「そうだな、そろそろ本題に入ろう」

召集者でもあるランスが口火を切る。

「……まず初めに言っておくが、王家が出撃させた先遣部隊が、地球で戦闘不能になり、帰還したようだ」

これを聞いて何人かがわずかに表情を変化させた。

オルフェアの有力貴族である彼らは、当然、パラレルワールドの地球についてもある程度の知識を有している。さらに言えば、時たま現れる地球からの『来訪者』を、客としてもてなすこともある。地球の知識を手に入れるのに、絶好の機会だからだ。

だが、そんな彼らでも、地球に『ウォーメイル』にまともに対抗できる兵器があるという話は聞いたことがない。

「……たしか、『核兵器』とか言ったか、あの見境のない破壊兵器は。地球人は、あれを使ったのか?」

サタの発言を聞き、別のデュークが意見を述べる。

「……その兵器は、破壊力だけならウォーメイルにもそれなりに対抗できるかもしれんがな。そんなものを使えば、彼ら自身の星が壊れる。まさかそこまで愚かではなかろうよ」

こう言ったのはジェイド・ブドール。彼らの中では一番年老いている武人だ。

「俺もそう思うが……なら、何を使ってウォーメイルを倒したのだ?」

「私もそれが気になっている。……ランス殿、話の続きを」

ジェイド・ブドールに促され、ランスは説明を続ける。

「ああ、そうではない。先遣したソルジャーウォーメイル3体を倒したのは、地球の武器ではない」

「ほう」

次のランスの言葉を、ジェイド・ブドールだけでなく、全てのデュークが待っていた。

「帰還した兵士によると……彼らは地球人が変身した『クレフ』にやられたようだ」

ランスの言葉に、にわかに場がざわめく。

「おいおい……」

「ふむ……ウォーメイルの祖か……」

オルフェア随一の有力者達と言えど、この展開は想像していなかったらしい。

『クレフ』は誰もが知っている兵器であり、また同時に、誰もがもう二度と使われることがないと考えていた兵器だ。

数十秒が経ち、最初の驚きが去りつつあるところで、ライム・トリロニーが皆の疑問を代弁する。

「しかし……なぜクレフを地球人が使うことができる?…あれは確か、王家が認めた資格者しか使えないはずだが?」

「そう、その点が疑問として残る」

我が意を得たりと、ランスが頷いた。

「だが今、王女が地球に逃亡したという噂が王城内で流れている。つまり、王女が地球へ行き、クレフ使用の資格を地球人に与えたのではないか、そう考える説が主流のようだ」

驚くような声は上がらなかった。各自が断片的に掴んでいるここ最近の王家に関する情報と照らし合わせても、ランスの推測は妥当だった。王女リエラは地球侵略に対して強固に反対しているという話は、6人全員が知っている話だ。

「……で、王家の今後の方針は?」

全員が今の状況を理解したところで、話は次の段階へ。

王家に協力する立場にあるランス・ジルフリドが、王家と六柱のパイプ役も果たしており、問いは自然とランスに向けられたものとなる。

「……王家は方針を変えず、地球侵略を続けるつもりだ」

「やはりそうなるか……」

サタの漏らした呟きは他のデュークの感想でもある。王女が地球にいるからといって、王が今更地球侵略をやめるとは思っていなかった。

「地球侵略に際して、王家から我々に依頼が来ている。各デュークが開発したゲートキーを、使用してもらいたいとのことだ」

ランス・ジルフリドはあくまで淡々と告げる。彼自身の感情は、読み取ることが難しい。

オルフェア・地球間のワームホール生成装置、『ゲートキー』。それを開発しているのは王家だけではない。財力を持ったデューク達も、王家から技術のノウハウを授かり、ゲートキー開発を進めていた。

デュークのゲートキーも既に完成しているため、現状、惑星オルフェアにはゲートキーが、王家プラス六柱で、計7基あるというわけだ。

しかし、デューク達のゲートキー使用という依頼に、何人かのデューク達は顔をわずかにしかめた。彼ら自身は、戦争を手伝う気はないのだ。

だが一方で、王家からの依頼…言い換えれば『命令』とも言える…を無下に断ることはできない。六柱全員の意見が一致すればノーと言うこともできるかもしれないが、王家シューヴァント家と同盟関係にあるジルフリド家のランスは、命令に従うだろう。

「ではゲートキーを使わざるを得ないか」

「そうなるな……」

各々が顔を曇らせながらも、話はまとまりつつある。

「一つ問うておくが」

ここでジェイド・ブドールが確認をする。

「……我々が直接出陣をせずとも、王家への義理は果たしたことになるだろうか?」

ジェイドが問いかけたことは、その他のデュークも確かめておきたいことであった。

この問いにもやはりランスが答える。

「そう理解してもらえるよう、私が話をつけよう」

ランスとしても、それ以上の協力をデュークに求めることはできないと考えていた。また、そもそもランス自身も今は出陣を控えねばならない事情がある。


そして、会議は完全に収束した。

決定したことは、2日後に六柱のゲートキーを同時に稼働させ、地球に兵力を送り込むということ。


会議中一言も発しなかったブリリアン・カバースも、最後に意見を求められ、ただ一言。

「異存はない……」

寡黙な彼の返事としては、これで十分であった。


そして、部屋から立体映像が全て消失し、後にはランスのみが残された。

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