#1.8 "ファーストコンタクト"
十字市市街地。
謎の侵略者によって破壊されたこの一帯に、ガーディアンズの兵力が続々と集まっていた。
地上には最新型の戦車、上空には軍用ヘリ。上位階級の隊員が召集された会議で決められた通り、広範囲破壊兵器を使わず、あくまで侵略者に的を絞って対処する作戦になっていた。
ヘリのパイロットが、眼下に広がる焼けた都市の残骸の中に、敵の機動兵器を捉えた。情報では3体だったはず。しかし、今見える範囲に、同じような姿の人型兵器が4体。うち一体はその形状には様々な違いがあるが、かなり似たフォルムをしている。さらに、その異なる一体である漆黒の機械は、残りの3体と交戦しているようだった。
「どうなってるんだ?」
驚きながらも、パイロットは本部に報告する。
本部で指揮を取る上官の声にも、内心の動揺が聞き取れた。
やや長めの沈黙があって、それから現場の隊員達には待機の指示が下された。
***
剣を握って走る3体のウォーメイル。
クレフもまた、オメガプライムの出力が上がった状態で駆ける。
ソルジャーウォーメイルの一体目とクレフが、互いの剣の範囲内に入る。ウォーメイルが振った剣を、輝くクレフの剣が受け止め、そして、ウォーメイルの剣を両断した。
「何!?」
返す刀で、、ソルジャーウォーメイルを真っ二つに切り裂く。袈裟懸けに斬り下ろされた剣が、ウォーメイルに限界を超えたダメージを与えた。
残る2体は、左右から同時にクレフに斬りかかった。だが、クレフの剣が一瞬早い。光の剣は、ウォーメイル2体をまとめて薙ぎ払った。薙ぎ払われた2体の胸から腹の辺りに、真一文字の深い裂傷が刻まれる。
切り裂かれた計3体のウォーメイル。
一瞬の光の明滅の後、同時に爆発する。
赤橙色の炎を背景に、クレフは剣を腰に納めた。
炎と煙が少し晴れると、爆発したウォーメイルがいた位置にはそれぞれ1人ずつ、男が倒れていた。彼らの衣服は、あまり見かけないデザインの物だった。さらに、クレフはウォーメイルを剣で切り裂いたはずだったが、倒れた男達の体には裂傷はなかった。
ウォーメイルのシステムは、肉体と機械との交換。つまり、機械の肉体が破壊されても、その傷がそのまま生身の肉体にまで反映されるわけではない。ただし、精神のリンクの関係から、完全にダメージが肉体に伝わらないようにすることはできず、疲労・痛みなどの漠然とした感覚として、肉体にダメージが伝わっている。
男達にはまだ意識があり、ウォーメイル使用時に受けたダメージは残っていたが、まだ立ち上がることはできた。
オルフェア兵士の一人は言う。
「退却だ……」
惨敗であったが、兵士の誇りを砕かれてもなお、故国に帰還しなければならない。
王女リエラの発見、クレフの出現、報告しなければならないことがある。
小さな光の幕が、それぞれの兵士の周囲に出現した。光の幕は兵士達を覆い隠し、彼らは姿を消した。
オルフェアに帰還したのだ。
那一は変身を解いた。
装甲が全て消え、変身前と変わらない那一が現れる。腰のベルトを見下ろした。
「那一さん!」
戦闘を離れて見守っていたリエラが駆け寄ってくる。
「怪我はありませんか?」
「え。ああ、大丈夫です」
開口一番に自分の身の安全を確認されると思っていなかった那一は、少し反応が遅れてから答えた。
「よかった……」
そして、ほぼ2人同時に、空を見上げた。
先程から2人とも気がついてはいたのだが、口に出さなかったことがある。
それは、周囲のやけに騒がしい音。上空から聞こえる音に反応し、2人は空を見上げたのだ。
戦場となって破壊され尽くした市街地の上空に、多数の軍用ヘリが飛んでいる。仕様からしてガーディアンズのヘリであることは間違いない。
さらに、瓦礫の積もった道を縫うように、何台もの大型トラックが走ってきた。ただし、トラックとは言ってもその外見はやはり特殊で、これが軍用の車両であることは疑いようがない。
那一とリエラを取り囲むようにして止まると、すぐに荷台の扉が開き、武装した兵士達が下りてきた。兵士達が銃を構え、二重の円を作って那一とリエラを包囲した。
リエラは不安になり、半ば無意識に、那一の服の袖を軽く握った。
那一は彼女にだけ聞こえるように、小声で呟く。
「たぶん、大丈夫です」
***
ガーディアンズ本部の作戦司令室では、何人もの隊員が、モニターを見つめていた。
先程まではヘリから撮影された人型機械同士の戦闘が映されていたが、今は地上の兵士が見る映像に切り替わっていた。兵士の服に取りつけられた超小型カメラが捉える景色は、兵士の動きに合わせてしばらく揺れ、それから止まった。
兵士が構える銃とそれを支える腕、そして銃口の先には、少年と少女。
先程までの映像から、この少年が、機械の鎧のようなものを纏って、敵と戦っていたことが確認されている。
しかし、敵の兵器と酷似した姿で戦っていた少年が、果たして味方なのか、ガーディアンズ隊員達は計りかねていた。
……ただ一人を除いて。
モニターに少年の顔が映った瞬間、久馬優吾中佐は思わず叫んだ。
「那一!」
他の隊員が優吾の方を向く。
その中で、桐原中将が尋ねてきた。
「知っているのか?」
動揺を抑え、落ち着きを取り戻した上で、優吾は答えを返す。
「はい。あれは…私の弟です」
「なんだと?」
場が、一気に騒がしくなる。
その状況を見てとるや、すぐに桐原が判断する。
「とにかく、一度本部まで来てもらって、話を聞こうじゃないか……それでいいかな?」
最後の言葉は優吾に向けてのもので、『連行して尋問する』とは言わないのが、中将らしい配慮だった。
優吾はその点に感謝しつつ、なんとか動揺を抑えて頷く。
「……はい、お願いします」
「よし」
そして、命令は直ちに現地の部隊まで伝えられる。
***
『少年と少女を本部まで連行せよ、ただし手荒な真似は決して許されない』、そういった命令が本部から伝えられる。
現地の部隊は速やかに命令に従う。まず、那一とリエラを囲んでいた兵士達が、銃を下ろした。
リエラはこの変化を奇妙に思い、怪訝な表情を浮かべた。那一は表情を変えなかった。
ガーディアンズ隊員の一人が進み出る。
ガーディアンズ本部の意向を、那一とリエラに伝えるためだ。
「警戒ゆえに威圧的な真似をしてすまなかった」
軽く頭を下げる。
「君達には今から、ガーディアンズ本部に来て、状況を説明してもらいたい。構わないか?」
ここで那一はリエラの方を振り返った。
「ガーディアンズ本部、僕が最初にあなたを連れて行こうとした場所です。そこでなら、きっとあなたも伝えたいことを言うことができる」
リエラはまだ状況を完全には呑み込めていないような顔をしたが、力強く頷き、答える。
「分かりました、お願いします」
那一は軽く頷き、そして、ガーディアンズ隊員の方を再び向いた。
「僕達を、ガーディアンズ本部まで連れていってください」
***
オルフェアの王都ルシエルの王城では、既に大きな騒ぎが広がっていた。
先遣された兵士達の敗北。兵士達が帰還した時、その敗北の報せだけで大きな混乱を生じさせた。地球の軍事力は、オルフェアのウォーメイル技術すら凌駕しているのか、と。
しかし、帰還した彼らがもたらした情報は更なる混乱を生み出した。
王女リエラの発見。
そして、『クレフ』の出現。
クレフを地球人と思われる少年が使用し、ソルジャーウォーメイル3体を圧倒したこと。
クレフの装備一式が少し前に突如として起動し、転送されたことは、王城の中でも既に話し合われていたことであり、帰還した兵士達の報告は、その事実とも一致する内容であった。
そして、クレフを遠隔で起動させる方法は、王女リエラが持つペンダントに限られている。
城内では次に打つべき手を決めるために、国王によって緊急会議が開かれている。
***
地球とオルフェアの、大規模なファーストコンタクトは、こうして幕を閉じた。
それは双方に多大な混乱をもたらした。
嵐はもう、始まっている。
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