#1.7 "クレフ"

「那一さん。あなたに、『クレフ』を託します」


「『クレフ』?」

「ええ」

聞き返す那一に対して、彼女は頷く。

「……全てのウォーメイルの原型である『クレフ』なら、この状況を変えることができるかもしれません……その力、私はあなたに託します」

リエラはそう言って、その細い首にかけられたペンダントを持ち上げた。白銀の金属は光を反射して、中央に嵌め込まれた青い水晶は微かに煌めいた。

リエラは、胸の前でペンダントを両手で握りしめ、力強く、高らかに宣言した。

「来てください、サモナー。そして、彼に力を!」


***


惑星国家オルフェアの王都ルシエル。

王城の地下、そこに一つの広大な部屋がある。

広大な部屋でありながら、その部屋に納められている物はただ一つ。

『クレフ』の装備一式だ。

ベルト型の機械、『サモナー』は白銀の金属で作られたバックル部分と、その中央に青い水晶。バックルの左側にはレバーが備えられていて、右側には鍵穴がある。このレバーと帯の部分を除けば、それはリエラの持つペンダントにどことなく近いデザインであった。

そして、サモナーの脇に鎮座するのは、『クレフ』の鎧。

体の各部ごとに並べられたその鎧は漆黒で、金属特有の光沢で鈍く輝いていた。


リエラが地球でペンダントを握りしめて宣言した、それと同時刻、『クレフ』の装備に異変が起きた。

サモナーのバックル中央の水晶が輝き、明滅する。

女性の声に近い機械的な音声が発せられる。

「信号を受信。転送プログラムを構築、実行します」

部屋の中にいた警備兵達は動揺した。国宝が突如として起動したのだ。それも、数十年ぶりに。


クレフの漆黒の鎧が、光の粒子へと分解され、さらに粒子はサモナーの水晶へと吸い込まれていった。まるで、鎧をベルトが飲み干すかのように。


サモナーは次の瞬間、強く光を放った。

一瞬、眩い光のために輪郭が消える。

次の瞬間には、サモナーは忽然と姿を消していた。


***


地球、日本、十字市。

一つの光が舞い降りた。


那一の目の前で、突如として目が眩むほどの光が弾け、

次の瞬間にはベルトが宙に浮いていた。

那一の眼前で、ベルトから音声が響く。

「資格者認証開始……認識した人物を資格者として記録します」

無機質な女性の声、いや、機械の声だった。


「それがサモナー、『クレフ』になるための道具です」

那一が手を伸ばすと、彼の手に引き寄せられるようにベルトが近づき、彼の手に収まった。


彼らからさほど遠くない位置にいたウォーメイル達は、ベルトが転送されてきた時に発せられた光を目撃していた。

不審に思った3体は、那一とリエラがいる方向へと素早く移動し始める。


那一はサモナーを腰に巻いた。ベルトの形状から予測して、半ば直感的に。

腰に巻き付いた瞬間、那一の脳裏に様々な情報が流れ込む。

サモナーの使い方が、全て彼の脳にインストールされているのだ。

「……使い方が、分かる?」

サモナーの左腰部分には、複数の鍵が収められたホルダーがある。

那一はそのうちの1つを右手で取り出した。今必要な鍵がそれであると、頭に流れ込む情報が告げている。


ソルジャーウォーメイルのうちの一体が、ついにビルの陰に隠れていた那一とリエラを視界に収めた。

「地球人がいるぞ!」

「何!?」

情報は直ちに3体全員に共有され、すぐに各々が那一達の姿を捕捉した。


那一にはもう準備が出来ていた。ただ情報に従い、バックル部分右側の鍵穴に、先程掴んだ鍵を差し込む。鍵を回すと、小さな抵抗、確かな手応えを感じる。

機械が動き出すわずかな振動音。

発声が必要なキーワードも分かる。さほど張ってもいないが、凛としてよく通る声で唱える。

「起動」

言下に、変化が始まる。那一の体を光が包む。だが、それも一瞬のこと。

光が消えたとき、那一の体は漆黒の鎧で包まれていた。鎧は、無駄なくシンプルに、戦士の姿を形成している。機械的なそのフォルムは、襲撃者であるソルジャーウォーメイルとよく似ていた。


そのソルジャーウォーメイル達は、目の前で少年が変身したことに驚き、

さらにその変身後の姿に驚愕した。

「バカな!」

「あれは、『クレフ』か!?」


『クレフ』、それは遠い過去に、オルフェアの争いを争いによって鎮めた、伝説の兵器。実際に見たことはなくとも、記録映像で誰もがその姿を知っている、オルフェア随一の国宝。

『伝説』は、ウォーメイル達の目の前に立っていた。

その姿は威圧感を感じさせる。たとえ身に付けている者が、オルフェアとは縁も由も無い地球人だとしても。


ソルジャーウォーメイル達は、一瞬の空白の後に、我に返って立ち向かう。

銃口をクレフに向けた。


対して、クレフ、つまり那一の心には一点の曇りも無かった。

戦うために必要な情報は、全て頭に入ってくる。そして、戦うために必要な精神は、彼の心の内にあって、不要なものは、もはや彼の中には無かった。


……彼は『欠落者』、後にそう表現されることになる。


リエラは、目の前で那一がクレフへと変身するのを見、今は鎧を纏った彼の背中を見ている。

『力』を託した。『願い』を託した。

それが正しいのかどうか、彼女にはまだ分からない。

ただ今は、それが正しいことを願っていた。


ソルジャーウォーメイルの銃口から銃弾が放たれようとした時、ウォーメイルのうちの一体が気づいた。

クレフの後ろにいる少女に。

「あれは……リエラ様!?」

その声を聞き、他のウォーメイル達も再び動揺した。


その動揺を意に介さず、クレフが動いた。ソルジャーウォーメイルの一体に急接近し、その右拳を突き出す。ソルジャーウォーメイルは反応したが、リエラを認識してしまった動揺と、銃を構えていたことから、近接攻撃への対応が遅れる。クレフの拳が、ソルジャーウォーメイルの腹に当たる。

「ぐっ!」

機械の腹に伝わる衝撃が、精神のリンクを通して兵士自身に感じられる。


ウォーメイルのシステムは、機械と肉体を交換することで、使用者の受けるダメージを軽減する。しかし、痛みや疲労を完全に断つことはできない。


「……いける」

微かな驚きを交えて呟いた。

クレフのスペックは、使う前から情報から分かっている。しかし、それが敵に有効かどうかは使ってみて初めて分かったこと。クレフの効力は、那一の想像を凌駕していた。

「くそっ!!」

毒づきながら、別のソルジャーウォーメイルが、クレフに迫る。持っていた銃の持ち手を変形させて、モードを剣に変えている。刀身の部分は、高密度のエネルギーで形成されていた。銃を剣に切り替えたのは、リエラを発見したため。銃弾が王女に当たる可能性を避け、接近戦でクレフに立ち向かうことにしたのだ。

「たとえ伝説のクレフであろうと、我々は貴様を排除するまで!」

ソルジャーウォーメイルが剣を振るう。

だが、クレフは既に次の動作を始めていた。

右腰に備えられた武器を引き抜く。この武器の情報もまた、那一は既に把握しており、使えると判断した。

引き抜いた武器は初めは銃だった。だが、抜き放った瞬間に、クレフの意思に応じて持ち手が変形し、剣へとモードが切り替わる。

クレフの掌からエネルギー体『オメガプライム』が伝達され、輝く刃が生じる。この武器もまた、ソルジャーウォーメイルの武器に似ていた。だが、その表現は正確ではない。クレフがソルジャーウォーメイルに似ているのではなく、ソルジャーウォーメイルが原型たるクレフに似ているのだ。


『デュアルウェポン』……クレフ専用の多機能武器の名だ。

クレフはデュアルウェポンの刃で、ソルジャーウォーメイルの剣を正面から受け止める。エネルギーの刃と刃がぶつかり合い、互いを打ち消し合う。周囲へ発散したエネルギーは、火花となって咲く。

そして、剣は離れては再び交わる。2撃目、デュアルウェポンが、ウォーメイルの剣を打ち負かした。

剣を跳ね上げたその時、ウォーメイルに隙が見え、その胸にすぐさま、クレフの剣の切っ先が突き刺さる。

「ガッ!」

よろめいて後退するソルジャーウォーメイル。

「貴様ぁっ!」

怒り、叫びながら、また別のウォーメイルが剣を振りかざしてくる。最初の一太刀をクレフはギリギリで回避し、デュアルウェポンを横薙ぎに振り払う。怒りに任せて闇雲に突進してきたこのウォーメイルの体勢は崩れていて、クレフの剣が直撃する。


クレフとソルジャーウォーメイル3体の交戦が始まってからたった数十秒、戦況は明らかにクレフ側へと傾いていた。ウォーメイルはそれぞれがクレフから既に一撃ずつ受けている。

最初にクレフの拳を受けたウォーメイルが剣を振りかざして迫るが、クレフはその攻撃を剣で受け止め、膠着状態の中で蹴りを繰り出す。足は的確にウォーメイルの腰辺りを捉え、ウォーメイルは後退。

ソルジャーウォーメイル3体は次々とクレフに襲いかかるが、クレフは攻撃を回避もしくは防御し、カウンターとして剣の斬撃や突きを見舞う。

幾度か繰り返した後、ソルジャーウォーメイル達は一ヵ所に固まった。

攻撃パターンを変更するために。

「3体で連携を取る……続けぇっ!」

その声と共に、ソルジャーウォーメイル3体全てが剣を構え、クレフに向かって突進していく。


「まとめて倒す」

そう宣言して、クレフもまた走り出した。足を踏み出すと同時に、

左手で、腰のサモナー左側のレバーを引く。この動作は安全装置を解除し、クレフのエネルギー出力を引き上げる。

サモナーの青い水晶がさらに輝きを増した。莫大な量のオメガプライムが伝達され、クレフの右手を通してデュアルウェポンと充填される。刀身が燦然と光を放った。

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