#1.6 "迷いの先、一つの選択"

那一とリエラは、謎の破壊が起こっている場所へと近づいていた。

先程、ガーディアンズの軍用ヘリが市街地上空に集まっているのが見えた。ミサイルが発射されたのも。そして、ヘリが光に貫かれて墜落した光景も。


「一体、何が起きている?」

那一が呟く。テロというのがあり得そうな話だったが、ガーディアンズの軍用ヘリを10機以上落とすだけの兵器を、怪しまれずに都市部に運び込めるのかという疑問が残る。

後ろのリエラをちらりと見た。彼女の顔色は蒼白。彼女自身の言葉の通り、何かしらの事情を知っていることは疑いようもない。だが今は、それを聞き出すことを優先する場面ではないと思った。彼女は状況を確認したいと言っていたし、とりあえずはそうするしかないだろう、危険を承知の上で。


***


ガーディアンズ本部では、隊員全員が慌ただしく動き、緊迫した雰囲気が本部全体を満たしていた。


久馬優吾中佐は緊急会議に召集され、会議室の扉を開いた。

巨大なスクリーンに映される映像とデータ。映像は十字市全域からとったものだ。

優吾は隅の席に座った。

若手の中で抜きん出た能力を見せ、異例の早さで中佐の地位に辿り着いた優吾。だが、今この会議に召集されているのは、優吾以外は最低でも大佐以上、将官クラスの人間も多い。そのため、この場では彼は明確に下っ端だ。


優吾は向かいの席に桐原中将の姿を認め、わずかに頭を下げた。桐原中将もほんの微かに頷く。

桐原中将は痩せた身体に眼鏡をかけた中年の男性で、もう歳は50近くになるが、その才気はいささかも衰えてはいない。彼は将官の地位に就く者の中でも特に部下に気を配り、自らが指揮する兵士は隅々まで目を配る。そのため、彼は多くのガーディアンズ隊員に慕われていた。

そして優吾も桐原中将を尊敬する者の一人。まだガーディアンズに入ったばかりの『仮兵』だった頃に色々と指導してもらった恩人でもある。そんな中将の一人娘である桐原弥生中尉が、今は優吾の右腕となっているのは、一体何の因果か。あるいは誰かの意図が働いているのかもしれない。


会議が始まる。

緊急事態である以上、形式張った手続きや挨拶をしている時間は無い。

つい先程、ミサイルを搭載したヘリが12機全て撃破されたという情報も伝えられる。市内のカメラからの映像にわずかに映った人型の機械。異様な姿とその性能に、何人かは息を呑んだ。

現状、ヘリのミサイルが全く通じなかったという事実しか分からない。打つべき手は不明だが、打たなければ被害は広がる。既に十字市全域に警報が発令され、ガーディアンズが所有するシェルターへの避難が進んでいる。しかし、突然の襲撃であったがために、死傷者も多い。

これ以上、手をこまねいてはいられない。そう言わんばかりに、1人が意見を出した。

「より高威力なミサイルを連続して撃ち込めば、この未確認兵器を排除できる可能性があります」

発言したのは箱山という男で、階級は大佐だったが、相手の階級に構わず、優吾は声を荒げていた。

「何を言っているんですか!?そんなミサイル撃ち込んだら、まだ避難中の市民が…」

先程の意見を言った箱山大佐が、優吾の声を遮る。

「このままでは全て破壊される!そんなことを許しておけるか!」

「しかし、人々を守れなきゃ意味がないでしょう?」

「今は、多くを守る手が最善手だ!」

箱山大佐の言葉を聞き、氷の刃に刺されたかのように身内が冷たくなるのを優吾は感じた。場違いかもしれないが、またこの話か、そう思った。また、『天秤』にかける選択だ。


「落ち着け……久馬中佐、箱山大佐」

深く、よく通る声で、優吾はハッと我に帰る。

会議室の奥に座るガーディアンズ元帥、間堂臨十郎まどうりんじゅうろうが口を開いたのだ。間堂元帥はガーディアンズの最高権力者。その身から発せられる威圧感に、優吾だけでなく、やや熱くなっていた箱山大佐も押し黙る。

「……桐原中将、君の意見は?」

間堂に話を振られた桐原中将は慎重に答える。

「……避難中の市民を巻き込む戦術は避けるべきかと思います」

「なるほど……なぜそう考える?」

桐原中将は、わずかに優吾の方に目を向けてから、再び間堂元帥の方を向き、冷静に返答する。

「……まず第一に、我々はこの危機の後のことも考えるべきです。仮にこの危機に対処したとして、その後に市民の反感を受ければ、ガーディアンズに未来はありません。ガーディアンズは、市民の支持とサポートを受けて成り立っているのですから」

「ほう……『第一』と言うからには、他にも理由があると?」

「はい、ガーディアンズの隊員は皆、守るべきものの存在を拠り所に任務に励んでいます。今、市民を切り捨てる戦術を選ぶことは、隊員達に守るべきものを見失わせ、士気を下げることに繋がりかねません」

「なるほど、隊員の士気とは……君らしい意見だ」

間堂元帥は、眉間に深い皺を刻んでしばらく思案していた。

そして、判断を下す。

「……広範囲攻撃用兵器の使用は見送り、戦車を主体として対処に当たる。指揮はこの会議に列席する君達に執ってもらう。犠牲を最小限に、最大の戦果を挙げよ!」

「はっ!」

会議に参加していた将官・佐官達が一斉に声を上げた。


***


ウォーメイル達は破壊を続けながら、ゆっくりと移動を続けていた。これほどの火力で攻撃を続けながら、エネルギーが切れる様子はない。銃口からは変わらず光弾が吐き出され、爆風と共に街を瓦礫に変える。


そのソルジャーウォーメイル3体を、那一とリエラは遠距離の物陰から見ていた。建物の倒壊に巻き込まれるリスクを避けるため、かなり遠くから様子を窺っており、ウォーメイルは塵のような小さい点に見える。だが、明らかに人の形をしているにも拘わらず、金属の鈍い光沢を放つそれらは『異形』としか表現できない。

「あれは兵器、強化スーツみたいなものか?」

冷静に観察する那一。

隣で息を呑み、見つめていたリエラが小声で答える。

「いえ、あの機械の中には肉体は入っていません。あの兵器には、人の意識のみが宿っているんです」

リエラが詳細を知っていることに、当然のことながら那一は疑問に思う。

「何で、そんなことを知っているんですか?」

リエラは迷った。

自分の身の上を明かすか、明かさないか。明かしたとして、信じてもらえるものか。ただこう答えた。

「私は、『あれ』と同じ場所からやって来ましたから」

那一はその言葉を聞き、ただ一言。

「……そうですか」

それ以上は追及しなかった。

リエラはその反応に驚く。

「……他に何か、聞かないんですか?」

「なんとなく、察していたことなので。それよりも、あの兵器がこっちの方に来る。とにかく距離をとりましょう」


物陰に隠れたまま、那一はウォーメイル達から距離を取ろうとする。

だが、リエラは動かなかった。

「……私はここにいます」

無論、駄々をこねる子供のような言葉ではない。彼女の表情は、これ以上ないほどの確固たる覚悟を表していた。

「私がここで逃げても、何も解決しないでしょうし」

那一は少しの間リエラを見つめてから、彼女に問いかける。

「なら、あなたがここに留まって、何が解決するんですか?」

皮肉でもなく、追い詰めるような言葉ではなかった。ただこの少年は、少女に純粋な疑問をぶつけていた。

その問いかけに、苦しそうに、リエラは告白する。正直に、偽りなく。

「……いいえ、私がここにいても、何も解決しないかもしれません。でも、逃げるわけにはいかないんです。戦争を止めるために、私はこの地球に……」

この言葉が那一にどの程度理解できるかは分からない。彼は『オルフェア』の存在など知らない。ただ、『戦争を止める』、この言葉は胸の奥にある感情を捉えた。


「短い時間でしたがありがとうございました、那一さん。あなたは、逃げ…」


彼女の言葉を遮って、那一は唐突に言った。

「あなたに聞きたいことがあります」

「……?」

「あれを倒す方法、知っているんじゃないですか?」

淡々とした口調だった。あくまでこの少年らしく。

「えっ!?」

「言葉通りです。倒し方に、何か心当たりはありませんか?」


リエラは無意識のうちに、胸のペンダントに左手をやっていた。鋭い少年は、彼女のわずかな挙動を読み取る。

「……やっぱり、何かあるんですね」

「……」

彼女は確かにウォーメイルを倒す可能性を知っていたし、その『鍵』を持ってもいた。

だが、その『力』は遠い過去の遺産。

争いによって争いを鎮めた、ウォーメイルの祖たる兵器。

『クレフ』、それが、その『力』の名前だった。


リエラはその『力』をこの少年に明かすことを躊躇っていた。

彼を信じる信じないの問題ではない。ただ、『力』は、彼を戦へと引きずり込むだろう。


だが、那一はお構いなしに言った。

「何でもいい…方法があるのなら、僕はそれを実行します」

その『方法』を知らない人間の台詞とは思えない。何を実行するべきか知らないにも拘わらず、彼は「実行する」と言ったのだ。

「どうして……?」

彼女には分からなかった。彼がどうして、こうもあっさりと戦いに身を投じようとするのか。

「あなたは、どうして……」


「僕はただ、誰かを守れるならそれでいい……」

彼は言った。

迷いなく。

悲愴さもなく。

さも当然の事のように、尋常ならざることを淡々と告げる。

那一の言葉に集中していたリエラは、いつの間にか周囲の世界の音を忘れていた。

そのことを意識すると、すぐに音が戻ってくる。

爆発音。

銃撃音。

建物の崩れる音。

わずかに、誰かの悲鳴。

全て、戦争の音だ。

3体のソルジャーウォーメイルは、もう間近に迫っていた。まだ那一とリエラには気がついていないが、かと言って、これから気づかれずに逃げ切れるような距離ではない。


自分だけが逃げないつもりだった。自分だけが、身を危険に曝すはずだった。

しかし、もはやリエラだけでなく、那一にも危機が迫っている。


彼を救うために、残された選択肢はただ一つ。

彼を信じること。

信じて、『力』を託すこと。

結局のところ、選択肢はそれしか残されていなかった。


「那一さん。あなたに、『クレフ』を託します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る