#1.4 "地球へ"
眩い光の後にリエラが最初に見たのは、見慣れない建物が並ぶ都市の景色だった。
時間帯は夜。しかし、都市はかなりの明るさだった。もちろんオルフェアにも夜間であろうとも街灯が輝く場所は多く、この明るい夜は驚くには及ばない。しかし、たとえば建物の形や道行く人の服装。そういった些細なところに、見慣れない要素は混じっている。
異次元の惑星に来たという現実を実感したが、すぐにやるべきことを考える。
「まずは……この星の人に伝えなければ…」
オルフェアの地球侵略計画を伝えなくてはならない。そして、伝えるべき相手は、やはり権力を持った人でなくてはならない。権力者であれば、多数の人間を動かすことができるであろうから。だがそもそも、この星のこの国に、どのような権力者がいるのかは分からなかった。使命感に駆られて行動したが、無計画には違いない。これからの行動を思案して途方に暮れる。
そんな彼女のすぐ傍の電柱には、『十字市』と書かれた表示板があった。
***
翌朝。この日は土曜日。休日の人が多く、町には浮かれた雰囲気が漂う。
十字第一高校のすぐ近くのビル街、その中のビルに入っているある書店に、久馬那一は向かっていた。彼としては、特に買いたい本があるわけでもなく気晴らしに行く程度なので、散歩と大差ない。目的地の書店の看板が見えてくる。
ふと、彼は通り沿いにできた人だかりに注意を向けた。その群衆は、何か珍しいものに群がっているようだった。
群がる人々の隙間から、中心にいる人物の姿が見える。
美しい少女だった。
何かを必死に周りに訴えかけているような様子だ。
那一はそちらの方に近づいていった。
何故かは分からない。ただ、引き寄せられるようにそちらに足を向けたのだ。
少女の声が聞こえた。
「……ですから、この国の一番偉い人に……」
周りの人々の戸惑う声も混じって聞こえる。
「そうは言ってもなぁ……そんな曖昧な……」
「第一、その『偉い』人に簡単に会えるなんて…」
困惑する人々の中で、少女は真剣な目をしていた。
彼女は追い詰められているような…あるいは何かただならぬ事情を抱えているような、そんな風に那一には見えた。
試しに脇から口を挟んでみる。
「……その話……『ガーディアンズ』じゃ駄目ですか?」
少女はパッと那一の方を見た。急に聞こえてきた声に驚いたのだ。
それから問い返す。
「あの…『ガーディアンズ』……とは何でしょうか?」
群集がどよめく。この日本において、ましてや『ガーディアンズ』のお膝元であるこの十字市で、ガーディアンズを知らないということがあるなど考えられなかったのだ。
「…この国の軍、主に防衛を目的とした組織です」
那一がごく簡単に説明する。
少女は『軍』とか『防衛』といった単語を聞いて、表情を一変させた。
「はい、その『ガーディアンズ』に話をすれば、大丈夫です」
軍に用事とは一体何なのか、そう疑問に思いながらも那一は提案する。
「良かったら僕が案内します。……ガーディアンズには兄がいるので」
ちなみにここまでの会話で、那一はほとんど表情を変えていない。常に表情の変化に乏しいのが、彼の特徴だ。
少女は頷いた。
「お願いします」
10分後。2人はガーディアンズ本部へと向かっていた。
電車に乗るほどの距離でないとはいえ、歩けばそれなりに時間がかかる。黙って歩いていく那一と、その後ろについていく少女。
長い沈黙の後、今さらのことを思い出したように那一は言う。
「そういえば、まだ名乗ってなかった…僕は久馬那一です、あなたは?」
彼の唐突な名乗りに、少女も名乗ってなかったことに気づき、申し訳なさそうに詫びてから言った。
「失礼しました……私は、リエラ・シューヴァントと言います」
明らかに日本の名前ではない。
「やっぱり、外国の人なんですね」
そんな軽い感想に、リエラはなぜか少し迷うように答えた。
「ええ……まあ……」
彼女は確かに日本人ではない。しかし、通常の意味の『外国』の人間でもない。
***
その彼女の故郷…オルフェア。
首都中心にそびえる王城内で、大混乱が起きていた。
王女リエラが忽然と姿を消したのだ。
侍従であるポート・ダズールの証言によると、昨晩散歩に出掛けた後、姿が見えなくなったという。
国王含む王家一同は落ち着かない様子を見せていた。リエラの弟である王子ガロンは、若さゆえに動揺が露骨に表に出ている。だが、彼を責めることはできない。国王ガイセルと王妃ネーナも激しく動揺しているのが端からでも分かるほど明らかだった。
つまるところ、リエラの失踪を冷静に受け止められる者は王家にはいなかったのだ。
ポート・ダズールは王城の牢に幽閉された。リエラ失踪の責任の一端は侍従である彼にあると判断されたのだ。だが、誰もそれ以上のことは考えてはいなかった。ポートが実際にリエラの逃亡を手助けしたことを知る者はいない。
やがて、王ガイセルにある報告が舞い込んだ。
王都郊外のプロトゲートキーが昨晩使われた形跡があるという報告だった。さらに、記録されたエネルギーの消費量がちょうど、人間一人を地球に転送するだけの量だという。
状況証拠のみだが、当然の帰結として一つの仮説が生まれた。
『王女リエラは地球に向かったのではないか』。
あり得ない話とは言い切れなかった。頑なに地球侵攻に反対する彼女の姿を、王城の者は皆知っている。
この仮説が固まってから程なく、王は決断を下した。
「これより早急に、地球へ先発隊を送る!」
本来は、地球への侵攻は翌日であり、その計画でゲートキーの準備も進められている。計画を前倒しにするということは、様々な不具合が生じることを意味していた。
ゲートキーのエネルギー充填率から、転送できる人数は3人のみ。
また、本来なら地球侵攻の尖兵を務めることになっていた貴族ゴウロ・チルスがまだ王都ルシエルに到着していないため、転送されるのは王家の兵士3名となった。
しかし誰もこの案に異を唱える者はいない。
王女の失踪というこの重大な局面においては、多少の無理は承知で、一刻も早く動かねばならない。
王家の兵士3名が、速やかに準備を開始した。ゲートキーの最終チェックも行われる。そして、全ての準備が整えられた。
ゲートキーは都市中心部から少し外れた位置にある、広大な敷地の中心に造られていた。ゲートキーは、一つの建物が丸ごと装置となっている。
広い円形の部屋の中央に、アーチが立っている。ゲートキーの操作盤が一人の兵士によって操作されると、部屋の中央に立つアーチに光のカーテンが形成された。
出撃する兵士3名がアーチの近くまで歩いてから振り返り、出陣を見守る王に敬礼した。
「では、行って参ります!」
「任せる」
「はっ!」
兵士3名が、次々とアーチをくぐっていった。
その先は、異次元宇宙の地球へ。
***
十字市の市街地中心の道路に、眩い光のカーテンが突如形成された。
慌てて車が何台か急ブレーキをかける。
休日の朝、人通りは決して少なくはない。
多くの人々が目撃する中、車道の中心に、オルフェアの兵士3人は降り立った。
「ここが地球か…」
感慨深げに一人の兵士が呟く。
道の真ん中に立つ彼らは歩行者の注目の的であり、車にとっては障害物。だが、騒がれてもクラクションを鳴らされても、彼らは気にも留めていない。
「さあ、任務を開始しよう」
別の兵士が冷静に言った。
兵士3人は、腰につけた鍵のような物体を手に取ると、強く握りしめ胸の前へ持っていく。
この鍵は精密機械であり、ゲートキーと近い技術、つまり物体を『転送』させる技術が組み込まれている。
「起動!」
3人は同時に言った。
その声が合図となったかのように、兵士達の体が一瞬、光に包まれた。
瞬間、目撃していた人々の騒ぎが大きくなった。
しかし直後、目撃者達の声は失われた。驚愕のあまり、声にならないのだ。
兵士達のいた場所に、人ならざる者が立っていた。
人に近い形で、人とほぼ変わらない背丈をしてはいるが、明らかに人ではないモノ。
それは人型の機械。
計3体、人々の目の前に瞬時に出現したのだ。
鈍い銀色をしたその機械は、人間同様の滑らかな動作で腰の銃を抜いた。
機械の中から、先程の兵士と同じ声が冷静に告げた。
「攻撃……開始!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます