#0.2 "リエラ・シューヴァント"
オルフェアの首都、ルシエル。
オルフェアの中でもトップクラスの豊かさと広大さを誇るこの都市の中心に存在するのは、王家であるシューヴァント家の居城だ。
国王はガイセル・シューヴァント。引き締まった体躯、髭をたくわえた威厳のある風貌だが、その民を思いやる姿勢は広く知られ、支持は厚い。
王妃であるネーナ・シューヴァントも、その美しい風貌と、国王を健気にサポートする姿が印象的であった。
そして、国王と王妃の間には、2人の子供がいた。
姉のリエラ・シューヴァントは、王妃ネーナに似て、オルフェアでも指折りの美しさだと讃えられている。しかしリエラがオルフェアの民に愛されるのは、その麗しさゆえではなく、彼女の優しく、寛容な人格ゆえだった。そのことを示すエピソードは無数にあり、それらが噂になる度に、民衆はリエラへの親しみを深めるのだった。
弟ガロン・シューヴァントはたくましい少年で、幼い頃から政治・軍事の幅広い勉強を続けてきた。また、武術にも優れており、鍛え抜かれた体で多種多様な技を繰り出すことが出来た。まさに文武両道といったところだ。
二人の姉弟は仲も良く、将来的に姉であるリエラが王になった際には、弟のガロンがサポートするだろうと期待されていた。
***
この日、城の玉座の間にて。
国王ガイセルの玉座は一段高いところに位置し、傍らの椅子に王妃ネーナが腰かけている。王女リエラと王子ガロンは二人並んで、国王と王妃をわずかに見上げる位置に立っていた。
国王は二人を呼んだ理由を説明し始める。
その内容を聞かされると、あまりに大きな決定であったため、リエラとガロンは激しく動揺した。
対する国王ガイセルは、あくまで真剣な顔つきを崩さなかった。
王妃ネーナは、夫と二人の子供の表情を窺っては、心配な顔をしていた。
やがて、リエラが口を開く。
「なぜ……『地球』を侵略するという結論に達したのですか?」
彼女の声はわずかに震えていた。
「仕方がないだろう。お前もよく知っているように、オルフェアの資源は豊かとは言えない。土壌は痩せ、いずれ飢餓に見舞われるだろう。民を養うには、より豊かな土地を開拓するしかないのだ」
淡々と王は語る。
「でも……!」
リエラの声が大きくなるり、脇からガロンがなだめる。
「姉上、すこし落ち着いてください」
弟に言われ、リエラはやや落ち着きを取り戻す。
「……確かに、オルフェアの資源はますます減り、早急に手立てを講じなくてはならない状況になっています。ですが、そうだとしても『侵略』などという強引な手段をとる必要はないはずです」
「……ならばどうすると言うのだ?」
「地球と友好関係を結ぶのです。資源だけでなく、地球の未知の技術も、私達の助けになってくれるかもしれません!」
熱意を込めてリエラが訴えかけるが、父ガイセルの厳しい表情は変わらなかった。
「……本当に、地球と友好関係が結べると思うか?」
「はい」
静かに言い切った娘を見下ろし、ガイセルはしばらく考え込んだ後に語り出した。
「……オルフェアには、古来より時たま『来訪者』がやって来る。詳しい原因は解明されていないが、時空の歪みによって異次元の宇宙に存在する地球とオルフェアが繋がるのだと言われている…」
父の話を聞くリエラとガロンには、この話の展開がまだ見えていない。
「『来訪者』の伝える地球の話は、我々をしばしば驚かせ、楽しませてきた。だが、彼らの話す地球の情報の中にこんな話がある」
ゆっくりと暗い表情でガイセルは言った。
「……『地球という星は、記録に残る限り、一度として単一の国家に統一されたことはない。常に複数の国家が競い合っている』」
リエラとガロンは蒼白な表情をしていた。
この『来訪者』の話を彼らが知らなかったわけではなく、この後の話の展開が見えてしまったからだった。
リエラが必死で弁護する。
「ですが、地球は我々の星の四倍ほどの地表面積を有するという話……そのような広大な地表を単一の国家が治めるのは困難です!……そもそも我々オルフェアの統治機構でさえ……」
ガロンは姉の言わんとすることを察し、声を荒げる。
「姉上!」
だが、王ガイセルは息子の叫びを手で遮る仕草をした。
「ガロン、構わん……リエラ、続けるがいい」
「はい……オルフェア貴族91家門に王家を加えて92、結局は92の国が居並ぶのと実情は非常に似ている。でしたら我々に、未だ単一国家とならない地球を見限る権利があるのでしょうか?……私達オルフェアもまた、貴族間の不和など、多くの問題を孕んでいます。それは地球と同じことです」
「確かにその通りだ……だが、それが和平を進める理由になるのか?」
「私は、地球のことをもっとよく知り、手を携えて発展していければと……」
「手を結ぶ前に、地球がこちらを攻めようとする可能性が十分にある……そのようなことになれば、オルフェアの資源危機はどんどん迫る。ならば最初から戦争のつもりで臨めば、短期で決着もつく……」
非情な言葉だった。だが気丈に振る舞う父の姿に、リエラはある感情を見た。
「……父上は不安なのですね。地球が我々を襲うのではないかという不安に苛まれ、信じることができなくなっているのです……」
弟ガロンは、姉の顔をまじまじと見つめていた。
あまりにも直球な物言いをする姉を心配したためでもあり、そこまで言ってでも父の意思に抗おうとする姉の覚悟に圧倒されたからでもあった。
ガイセルもリエラをしばらく見つめ、それから言った。
「その通りだ……曖昧な可能性に賭けて、この星の民を苦しめるわけにはいかない………非情な判断が必要なのだ」
「戦争は必ず民を不幸にします……多くの悲しみを生んでしまう」
「……それでも、オルフェアがこの資源危機を脱するためには、地球を侵略し、資源を手に入れるしかない……もう決まったことだ、覆ることはない」
それは最後の通告だった。王がここまで決定してしまえば、もう覆りはしない。
「リエラ、ガロン、下がれ」
王に命じられ、俯いたまま目をわずかに潤ませながらリエラは玉座の間を後にした。
ガロンは姉と父の思いの間に板挟みになり、どちらとも決められない複雑な表情をしていた。
王妃ネーナは、そんな2人の子の姿を、気遣わしげに眺めていた。
***
自室に戻ったリエラは、意気消沈としたまま、椅子に腰掛け、黙ってぼんやりと物思いに浸っていた。
テーブルには紅茶のカップがある。侍従の青年ポート・ダズールが淹れてくれた紅茶だが、もうとっくに湯気は立たなくなっていた。
心配そうにリエラの脇に立っていたポートが呟いた。
「紅茶、冷めてしまいましたね……」
「……ごめんなさい」
「いいんですよ、淹れ直しますから」
ポート・ダズールは眼鏡を掛けており、その顔つきからは彼の几帳面な性格が見てとれる。彼は幼い頃からリエラの世話をしてきた、リエラが真に打ち解けて話せる人物の一人だ。
リエラは首に掛かっているペンダントをつまみ、目線の高さまで持ち上げた。
ペンダントの金属は白銀の光沢を放ち、中央に埋め込まれた小さな青い水晶が微かに光を放っていた。
気を許せるポートしかいないためか、リエラはポツリと独白した。
「父上は地球の人々を信頼してはいない。このオルフェアが統合されたのも、地球からの『来訪者』のおかげだというのに……」
リエラの持つペンダントは、オルフェア統合の歴史に深く関わる代物だった。
このペンダントは、『クレフ』の資格者を選定する鍵になるのだから。
***
昔、一人の来訪者が地球からオルフェアへとやって来た。
そして、『来訪者』の作り上げた『クレフ』は、オルフェアの歴史を変えた。
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