クレフ

空殻

0章

#0.1 "セイム・カリリオン"

「私はここに、先代から爵位『バロン』を受け継ぐことを、宣言する!」


 大広間に響く、力強く凛とした宣言だった。

 ここはカリリオン家の領地内にある主城。その大広間。

 そして、宣言を発したのはまだわずかに幼さが残る少年、セイム・カリリオン。

 彼は煌めく飾りのついた服を着て、大広間の一段高くなった場所で堂々と宣言したのだ。

 先代である父、ギーク・カリリオンの跡を継いで、『バロン』の爵位を得ることを。


 広間には大勢の客の姿。彼らは大量に並べられた丸テーブルに座り、セイムの宣言に拍手をした。客といってもその肩書きは様々で、多くはカリリオン家の臣民である平民の商人や家臣などが占める。

 だが、それに混じって列席するのは、近隣に領地を持つ他の貴族達。彼らの中には『アール』や『ヴァイカウント』など、セイムの持つ『バロン』より高い爵位を有する者達もいる。

 後継者の宣言が終わったところで、この式典は宴へと様相を変える。各々の客に定められた席はあるものの、席を離れて他の客と話す者達が増えていく。もちろん、領主であるセイムも、そのことを容認していた。彼自身もまた、慌ただしく客の間を縫うように動き回り、挨拶を交わしていく。

 臣民の座るテーブルでは、セイムが朗らかに挨拶をすると、臣民達はかしこまって深々と頭を下げる。

「いやぁ、先代のギーク様と同じく、セイム様が領主であれば、この地は今後も安泰ですな」 

 商人の一人がニコニコと笑いながら言う。これがお世辞でなく、本心から言っていることはセイム自身にも分かっている。先代である父の治世が臣民達に受け入れられてきたことは、自らの目で見てきたことだからだ。

 続いてセイムが挨拶に行くのは、他の貴族達が集うテーブル。皆がセイムと同じような貴族の服装に身を包んでいる。セイムが挨拶をすると、セイムと同じ『バロン』の貴族達は同じように挨拶を返すが、『ヴァイカウント』であるジョゼ・キョンクは軽く会釈するだけだった。

 その傲慢な態度を特に咎めるでもなく、セイムは近くのジジリナ・キュベリアに話しかける。セイム同様『バロン』であるジジリナは初老の男性で、セイムの父ギークとも親交があった。

「お久しぶりです、キュベリアさん」

「お父上の跡を立派にお継ぎになったようですね」

 そう微笑んだジジリナに、セイムは少しだけ不安げな微笑を返す。

「これからですよ。これから僕が民を良い方向へ導いていかなければ……」

 その時、脇から一人の男が一言。

「……気負う必要はない」

 彼はゴウロ・チルス。やはり『バロン』の一人で、普段からあまり自らの思いを周囲に示すことのない無口な男だ。そんな男が言った一言だからこそ、重みがあった。

 その時、すぐ近くで怒声が聞こえた。

「貴様、どうやら俺様を見くびっているらしいな!」

 セイムがそちらを振り向くと、『ヴァイカウント』の貴族ジョゼ・キョンクが、別の貴族に向かって怒りを露にしていた。

 怒りを向けられている貴族にも、セイムは見覚えがあった。彼はロンゲル・ポーラント。ロンゲルもやはり『ヴァイカウント』で、冷徹非情な人物であるという噂が高い。

 そのロンゲルは、ジョゼの怒りを前にしても、全く怯むことなく、ただ無表情なまま冷たい瞳をジョゼに向けた。

「……俺は事実を述べただけに過ぎない。先程から貴公は、このカリリオン家の後継者セイム殿並びに先代のギーク殿を軽んずるような態度を取っているが……貴公も大した実力を有しているわけではないだろう」

「貴様……俺様の『ウォーメイル』の力を知らないのか!?」

 ジョゼは怒気というよりもはや殺気すら放っている。

「……貴公のウォーメイルの能力は大したものだが、俺のウォーメイルの能力も知っているだろう。それならば分かるはずだ、貴公は俺には勝てない」

 ロンゲルはあくまで落ち着き払っていた。

 この言葉とロンゲルの態度が、ジョゼの怒りのメーターが振り切れた。

「ならば、今ここで試してやろうか!」

 ジョゼ・キョンクは、首にかけていたアクセサリーのようなものを取り出した。それは鍵の形をしており、よく見るとアクセサリーとはかけ離れた、精密な機械であることが分かる。

 『メイルキー』。それは『ウォーメイル』を起動させる鍵。


 この争いを城主として見過ごすことは出来ず、セイムは介入しようとする。

「お二方!争いは……」

 だが、ジョゼは聞く耳を持たない。それどころか頭に血が上ったジョゼの怒りがセイムに飛び火した。

「黙れ!!たかが『バロン』ごときが俺様の邪魔を……」

 その時、辺りの空気が一変した。それは強者が持つ圧倒的な威圧感によるもので、もしも丸腰の人間が猛獣の前に立ったら、きっと同じ空気を感じるだろう。

 その威圧感の源は、広間の入口に立つ貴族だった。まだ若々しさが残る男。彼の凛とした声は、さほど大きくはない音量なのに、なぜか広間中に響き渡った。

「たかが『ヴァイカウント』ごときが、我が友人の祝宴を汚すつもりか?」

 傲慢な言葉でありながら、その声に満ちた大きな自信ゆえに、聞いた者は不快感すら起こさなかった。ただ畏怖心を感じるのみ。

 ジョゼの顔が一瞬で青ざめる。

「……よ、『陽公』……ランス・ジルフリド様!」

 ランス・ジルフリド、彼を知らぬ者はこのオルフェアにいない。

 オルフェア貴族91人の中でたった6人しか存在しない、最高爵位『デューク』を冠する者。そして、6人の『デューク』、通称『六柱』の中でも特に影響力を有する。圧倒的カリスマと力を持つ、彼の異名は『陽公』。

 広間の入口から貴族の集まる辺りへ、堂々と歩いてきたランス・ジルフリドは、

まずセイムの前に立ち、微笑んで言った。

「セイム、今は亡き父ギークの跡を立派に継いだことを、友人として非常に嬉しく思う」

「ランス様、ありがとうございます」

 周りの貴族が唖然とする中、セイムとランスは親しげな様子で話す。

だが、他の貴族が驚くのも無理はない。オルフェアの貴族は総計して91人。しかし、その爵位はさらに5段階に分けられる。

 下から順に。

 『バロン』、28人。

 『ヴァイカウント』、23人。

 『アール』、20人。

 『マークィス』、14人。

 『デューク』、6人。

 セイムは最下位の『バロン』なのに対して、ランスは最上位の『デューク』、しかもその中でもトップの勢力を持つ。

 いかに同じ貴族といえど、身分が違いすぎる。

 ランスはふと、周りの貴族を見回しながら語る。

「私はこのカリリオン家の先代ギーク・カリリオンと親友でね。その子息であるセイムとも親交がある……」

 そこで、彼は意識的にプレッシャーを発する。

「……私の友人の大切な爵位継承の式典に水を差す真似は、慎んでもらいたい」

 『陽公』の威圧感の前に、先程の騒ぎを起こしたジョゼ・キョンクはわずかに身を震わせていた。

 身に纏うプレッシャーを消し去り、ランスはセイムと会話を再開した。

「そういえば、遅刻してすまなかった」

「いえ、構いません。ランス様が忙しいのは知っています」

「ああ、少し王家との話し合いがあってな」

 この国オルフェアを治める王家、シューヴァント家。オルフェアにおける王家とは、貴族よりも大きな勢力を持つ一族のことであり、兵力も最大である。

 しかし、近年は王家の戦力が不安定な状態であり、王家は権勢を維持するために同盟を組む必要があった。その同盟の相手が、ランスが当主であるジルフリド家である。

 ランスはわずかに憂いを帯びた表情をした。

「セイム……お前には先に伝えておこうか」

 セイムは話の流れが見えず、怪訝な顔をした。

「王家との話し合いで、一体何があったんですか?」

「……戦争が始まるのだ、別次元の星、『地球』と」

「『地球』……」


***


『オルフェア』。

 それは国の名前であり、惑星の名前でもある。

 単一の国家が栄える惑星オルフェアは、『地球』の存在する宇宙とは別次元の宇宙に浮かぶ。


 2つの宇宙、2つの惑星。運命が交錯しようとしていた。

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