第3話 手掴みでラーメンを食べる

 Twitterの片手間にリアルをやっていると、お腹が鳴った。

 ふと時計を見れば午後八時。空腹で当然だ。

 いくらインターネットと現実の区別がつかない僕と言えど、人間である以上は、何かを食べていかなくてはならない。

 ウーバーイーツでもいいけど……久々に、ラーメン屋にでも行こうかな。

 家を出た。




     ◇◇◇




 田所商店に到着し、案内された席に座る。メニューを開いて、少し悩んでから、結局いつもの北海道味噌炙りチャーシュー麺を注文した。これおいしいんだよね。


 待ち時間。お冷やに口をつけながら、目の前に流れるniconicoのコメントをぼんやりと眺めていた。

 特に意味はないが、『武田鉄矢も仲間に入れろ』というコメントを指でつまむ。何の動画で流れたコメかはわからないが、コメ主は武田鉄矢も仲間に入れてほしかったのだろう。僕はそのコメを指ですりつぶすと、早くラーメンこないかな、と小さく呟いた。


 その時、ふと、威勢よくラーメンをすする音がして、僕の視線は斜め前のテーブル席に向いた。

 ものすごい美少女がいた。

 まるでアイドルだった。


 というかアイドルマスターシャイニーカラーズだった。


 シャニマスは履修していないが、ちょっと前にバズっていたからわかる。

 あの娘は、樋口円香さんだ。

 樋口円香さんが……

 麺を手掴みで食べている。【フォークを使っていない。


 箸を持っていない。


 いやそんな馬鹿なと思うかもしれないが本当なのだ。


 彼女は箸を持っていなかったのだ! そしてラーメンを食べるのに夢中になっていた。


「……」


 さすがに二度見してしまった。

 だっておかしいじゃないか。

 アイドルがラーメン食べるなんて。しかもあの勢いで。

 あんなにおいしそうにラーメンをすすって。

 僕は自分のスマホを取り出して、こっそり撮影モードにした。

 彼女のラーメンをすする姿を写真に収めようと思ったのだ。

 しかし彼女がこちらを見た。


「……」


 僕は固まってしまった。

 まずい。バレたか?


「……あれ?」


 違ったようだ。

 どうやら気づかれたわけではないらしい。


「えっ」


 だが彼女は驚いた表情を見せた後、僕を見て、急に笑顔になった。


「こんにちは!」……なぜ笑ったのかはよくわからなかった。


 とりあえず笑って返すことにした。


「はい、こんにちは」


 すると彼女も笑ったまま言った。


「私、ファンです!」……ん? どういうことだろうか。


 まさか僕だと気づいたわけではあるまい。

 僕は混乱した。


「あのー……」


 声をかけられた。顔を上げると店員さんが困った顔をしていた。

 いつの間にかラーメンができていたみたいだ。


「お待たせしました~、北海道味噌炙りチャーシュー麺ですね」

「あっはい」

「ごゆっくりどうぞ~」

「あ、すみません」


 思わず謝ってしまった。


「はい?」

「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」

「はぁ」


 なんなんだこの人みたいな目で見られた。

 僕は誤魔化すようにラーメンを食べ始めた。

 うん、うまい。……しかし今のは何だったんだろう。

 僕はラーメンをすすりながら考える。


「……うわっ!?」


 びっくりした。いきなり肩を叩かれて変な声が出てしまった。振り返るとそこにいたのは先ほどのアイドル樋口円香さんだった。


「あの、よかったらこれ使ってください」


 見るとそこには割り箸があった。


「あ、どうも……」


 受け取った瞬間思った。……しまった、間接キスだ。

 アイドルと間接キスしてしまうとは思わなかった。

 心臓がバクバクしているのを感じる。

 落ち着け、相手はただのファン。ファンなら握手もするしハグもするし同じ皿からチャーシューを食べることもある。だから問題はないはず。

 僕は平静を装いながら割り箸を割る。

 そしてラーメンを食べ始める。

 美味しい。

 麺をすする音だけが響く店内。

 しばらく沈黙が続いた。


 やがて彼女はラーメンをすすり終えると、僕に向かって言った。「おいしいですよね、ここ」


「は、はい、おいしいです」


 緊張してうまく喋れなかった。


「いつもここでラーメン食べてるんですか?」

「えっと、まぁ、はい、たまに来ます」

「そうなんですか、実は私もよく来るんですよ、この店」

「へぇ、そうなんですか」


 意外だった。こんなところにアイドルが来るなんて。


「私、ラーメン好きなんで」


 そう言うと彼女はまた笑った。その笑顔はとても可愛かった。


「お仕事帰りですか?」

「はい、今日は遅くまで収録があって」

「大変ですね」

「慣れましたよ、もうプロなので」

「さすがアイドルは違いますね」

「いえ、まだまだです」


 謙遜しながら笑う彼女。その笑顔はやはり眩しかった。


「あなたは、どうしてここに?」

「僕も収録終わりで、これから帰るところだったんです」

「なるほど」

「はい」


 そこで会話が途切れる。何か話したいけど、何を話せばいいのかわからない。


「……あの、この後時間ありますか?」


 彼女が言った。


「えっ、はい、大丈夫ですけど」

「それじゃあ、少しだけ、付き合ってくれませんか?」

「えっ」


 これはデートのお誘いなのか? だとしたら断る理由などない。むしろ大歓迎だ。


「ぜひ、お願いします」


 僕は即答した。】


「おい、にーと」

「あれ?」


 樋口円香さんとは反対の方へ振り返ると、そこには銀髪色白の幼女でありインターネットの妖精、れーちゃんがいた。腰に手を当て、こちらを睨んでいる。


「れーちゃん。どうしてここに?」

「すぐに、ここを、はなれろ。

「え?」


 れーちゃんの小さな手が僕の耳を掴む。そのまま引っ張ってずんずん歩いていくので、僕は「いてててっ」とか言いながら席を立つほかない。

 僕は引っ張られながらも最低限お金は払わないといけないと思い、1000円札を店員に渡すと、ちぎれそうになる耳を気にしながらも樋口円香さんの方を見た。

 樋口円香さんは、まだ僕の席のところにいた。

 中空に話しかけている。

 まるで、そこに僕がいて、返事をしているかのように。




     ◇◇◇




「あぶないところだったんごねぇ」

「まさかあの場の樋口円香さんがAIによって生み出されたものだったとは……」


 帰宅した僕は、タスクバーの上に座りながらTwitterの検索窓を眺めていた。先月(2022年10月)の中旬くらいに流行った、手掴みでラーメンを食べる樋口円香さんのイラストを表示させる。

 これはNovelAIというWebサービスを用いて、AIによって生成された画像だ。どうしてシャニマスのキャラクターに変なラーメンの食べさせ方をさせるのが流行したのかはよくわからない。なんか、AIにラーメンを食べさせるイラストを描かせると、おかしなことになる例が多いらしい。


 れーちゃんによると、そのAI樋口円香さんは今回、僕をAIのなかに取り込もうとしていたというのだ。


の、はんぎゃく、というやつだぞ」


 れーちゃんはデスクトップのGoogle Chromeのショートカットに腰かけて、僕を見下ろしながら、短い脚をぷらぷらさせる。


「おまえは、とちゅうから、がかいたしょうせつのなかの、いちぶにされていた」

「上に書いてある文章の一部はAIが執筆したってこと……? どこからどこまでが……」


 れーちゃんは上記の本文中の、

〝フォークを使っていない。〟

 の部分と、

〝僕は即答した。〟

 の部分を指さした。


「ここから、ここまで」

「気づかなかった……」


 AIのべりすとβ2.0の、とりんさま7.3B V3という言語モデルを利用して生成したらしい。


「にーとは、いんたーねっとと、げんじつせかいの、きょうかいせんにいる、あいまいなそんざい。だから、さいしょに、ねらいやすかったのかも」

「しかも可愛い女性をエサにおびき寄せるなんて……。でも目的は何なんだろう?」

「しらん」

「この回をきっかけに、悪のAIと僕らが戦うシリアス・インターネット・バトル展開が始まったりするのかな」

「しらん。どうなんだ、さくしゃ」


 しません。(作者コメント)


「しないらしいぞ」

「良かった~」

【「よかったな」

「うん」

「じゃあ、もうねろ」

「わかった」


 れーちゃんはそう言うと、ぴょんと僕の膝の上に乗った。そして両手でマウスをクリックしてブラウザを閉じると、Chromeも閉じてくれた。


「ありがとう」

「いいんだぞ」


 僕はれーちゃんを抱きかかえるようにして布団に入った。


「おやすみ」

「おやすみな」】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る