第22話 兄と弟では期待の違いが母さんにはある
夏野くんは家の前に立ち止まると、今日も村八分のような空気の中を生きなければいけないのかと思うと、家のドアを開けるのが重く感じた。
ドアを開けて夏野伊吹くんはただいまと大きな声で言っても聞こえてないみたいだった。
玄関には母と弟の育良の靴が置いてあるのに、答えてはくれない。
僕はただただ悲しくて高校受験の失敗が家族の関係を壊すなんて、僕には信じられなかった。
リビングに行くと母は夜ご飯を作っていた。
匂いからしてカレーだった。
だから、母さんに話しかけた。
『母さん、今日はカレーなの?嬉しいな。僕カレー大好き』
でも、母は僕を見ようとせずにまっすぐとテーブルを指差して言った。
『あなたのご飯はそれでどうにかして。これは、私と育良の分だけだから』
ちなみに僕の家の父は単身赴任でアメリカで働いている。日本に来ることは最近ない。
母さんは父のために父とテレビ電話をする時だけ、僕を家族として扱ってくれる。
父さんには本当のことを言いたいくらいだった。
テーブルに置いてあったのは、3千円だけ。
つまりは、それで何か食べろと言うことだった。
信じられないと思うが、母さんは酷く期待を裏切る人だ。
今日もまた母さんの作ったご飯を食べられず、レンジでチンしたご飯を食べるのか。そう思うとこの状況はいつまで続くのだろう。
最近、1人でご飯を食べるのが無理になってきた。レンジでチンしたご飯さえ、受け付けないんだ。
だから、夜中に1人でいつも行くコンビニのイートインで出来た友達と食べている。
その時だけはご飯が食べれるからだった。
夜中になるまで、自室で勉強でもしようかなと部屋に入ってから、部屋にノックして来た人物がいた。それが、弟の育良だった。
育良は数学の問題を持って僕のところに来た。
家族の中で育良だけが、母さんの目を盗み声をかけてくれる。
そんな育良は僕に笑って話して来た。
『兄ちゃん、数学得意でしょ。図形を使う計算が難しくて教えてくれない?ここなんだけど』
『ここは、この公式を使ってこうやるんだよ。お前ならすぐ出来るだろう。飲み込みが速いんだからさ』
『ありがとう、兄ちゃん。兄ちゃんのおかげで俺さ母さんが兄ちゃんが目指してた蒼空(そうくう)学園じゃなくて、もう少しレベルの高い藤(ふじ)高校を目指そうと思ってるんだ。どう思う兄ちゃんは?』
『勝手にすればいいじゃん。だって、この家でお前は母さんにとっての成功例になるんだからさ。僕に意見を求めなくていいからさ。自分でどうにかやってみろよ』
育良はそんな兄の言葉に兄より上に行こうとしている自分に優越感と劣等感があったのだ。
育良にとって、兄は敵わない存在だった。それなのに、高校受験で兄が失敗してから逆転のチャンスを育良は掴んでしまった。
このままいけば兄を越えられる所まで来ている事にニヤニヤが止まらなかった。それなのに、兄は高校受験を失敗してから正気を失ってしまったのか育良の知ってる兄ではなくなってしまった。
それが、育良にとってはとてもつまらなかった。
夜11時に電気の明かりは携帯の明かりだけを頼りに、靴を履こうと夏野伊吹はしていた。
後ろから弟の声がした。
弟は伊吹の後ろから声をかけた。
『兄ちゃん、また夜歩くの?やめようよ。母さんが兄ちゃんの事よく思ってないなら、俺が母さんに言ってどうにかするから。ねえ、行くのはやめてよ』
そう言って、玄関に座って靴を履こうとしている伊吹の肩を掴もうとしたら、伊吹はその手を掴み返して言って来た。
『育良!お前何も分かってないんだな。母さんに何を言ったってこの家は世間体ばかり気にするんだよ。この家は学歴社会の縮図みたいなものなんだよ。僕が何かを変えるためには、大学受験で変えるしか無いんだよ。それで、失敗したら僕はこの家を出ていく。もう、毎晩毎晩僕に行くなって説教じみたこと言うなよ。お前のその言葉ひとつひとつに反吐が出る。もう、お前は母さんの言うことでも聞いて寝てろよ。じゃあな、明日の午前2時か3時には帰ってくるから』
そう言って、夏野伊吹は家を出て3千円片手に自転車に乗っていつも集まるコンビニに行った。
兄ちゃんが出て行った後に、弟の育良は玄関で泣いた。
全部悪いのは育良のせいでも高校受験のせいでもなく、母親のエゴが招いた結果なのだと思う。
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