第3章 友達の定義

第21話 家族からのおかえりが欲しいだけなのに

『夏野くーん、夏野くーん。どこか調子が悪いなら保健室に行きなさい。ここにいても君のためにならないし、みんなのためにもね』

そう言ったのは、数学の吉野先生だった。

吉野先生は教室の空気が夏野くんによって少し乱れ始めていることを気にしていた。

全体的に教室全体の雰囲気がだらっとしていることを吉野先生は気がかりに思っていた。

夏野くんはいつも必ず吉野先生の数学の時間に寝ていた。

だから、1度吉野先生は夏野くんに聞いてみたのだった。

自分の授業が面白くないのか、それとも授業について来れないのかをそしたら、彼はこう言った。

『僕は先生の授業つまらなくないです。僕は数学が好きだけど、テストのせいで嫌いになりました。僕は届かない夢ばかり追いすぎてもう疲れただけです。本当はもう何もかもつまらないんです。寝ているんじゃなくて、ぼーっとしてるだけです』

吉野先生はそれ以上、彼から何か聞き出すことはやめてしまった。

聞かないことも必要な気がして、聞かなかった。

夏野にも色々あるのだろうと思い、保健室に行かせたのだった。

夏野は教室を出て、保健室までの道を歩いている時に教室から聞こえてくる先生の声や生徒の声を聞いて、嫌になった。

周りは高校受験が終わって合格したら喜んで不合格でも折り合いつけて、高校生活をしている姿を見ると自分って何なのだろうって感じるからだった。

夏野も本当は普通の学校生活を送りたいし、やりたいのだ。

でも、家に帰ったら普通に言われる『おかえり』すら、夏野の家庭にはないのだ。

夏野伊吹の家庭は高校受験で偏差値の高い学校に行けなかった者は家族になれなかった。

弟の育良(いくら)は今、僕の代わりに偏差値の高い高校を目指している。

僕が行けなかった高校を育良はこの感じだと行けそうだった。

僕がもし、挽回できるとしたら最後のチャンスは大学受験だと思う。

でも、親から無視される時間を3年間も耐えられるとは思えない気がする。

家に帰っても、おかえりって言葉は中学3年生までだったのかな。

そんな家のこととか色々考えているうちに保健室に着いた。

保健室の扉を開けると女の子とぶつかった。

女の子は数学のプリントとノートを落としたみたいで、拾ってあげた。

そしたら、笑顔でありがとうって言われてその後、彼女が言った。

『君も保健室で悩み相談?この保健室本当に落ち着くよ。私、高野綾。よろしくね』

『よろしく。...夏野伊吹です』

『なつのいぶき、めっちゃかっこいい名前だね。私、これから数学の勉強しなきゃだから、バイバイ。夏野くん』

手を振る高野さんに夏野くんは照れながら彼女が見えなくなるまで、手を振った。

それから保健室で花岡先生が満面の笑みで待っていた。

花岡先生は彼に言った。

『夏野伊吹くんだよね。ようこそ、保健室へ。今日はどうしたのかな』

『先生、眠いんで...少し休ませて下さい』

先生はどうぞ、どうぞと日の当たらない1番奥のベットに案内した。

夏野くんはありがとうございますと言って、ベットに包まった。

花岡先生は夏野くんに言った。

『夏野くん、髪の毛あげた方がかっこいいと思うよ。前髪が目にかかっていると表情が読みにくくて、何考えてるのかなって分かりづらいかも。でも、夏野くんが前髪ある方がいいなら、それでいいと思う。じゃあ、ごゆっくり』

そう言って、カーテンを閉めた。

夏野伊吹くんはいつでも誰かに襲われた時にやられないようにとハサミを忍ばせていた。

夏野くんはその場で、シャキっと音を立てて前髪を切ったのだった。

その音に花岡はパッとカーテンを開けて、言った。

『なんで、ハサミで髪切ってるの。髪切るなら美容院に行けばいいじゃない。ここで切ってどうするの。切った髪は捨てとくから。それからなんで、そんなでかいハサミ持ってるの?』

『...なんでって、誰かに襲われたらいけないから持ってるだけ』

『誰かって誰に?』

『知らない人に』

『とりあえず、そのハサミも私が持っておくから。本当に必要な時に渡すから、それまで私が持っとくわ』

『....うぅん。じゃあ、お願いします』

先生にハサミを取られて萎えてしまった。

今はもう睡魔もないし、少し残念だ。

保健室に置いてある鏡を見ると前髪を切りすぎて、なんか変だった。

まるで、おじゃる丸だった。



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