第17話 親が嫌いだけど好きでいたい気持ち

『カッカッ』とヒールの音が廊下を響かせた。

保健室にスラッとした背の高い女性が入って来た。

彼女は帽子を深く被り、赤い口紅が光り輝き、花岡先生に笑って見せた。

彼女は先生の前で帽子を取り、その場で深くお辞儀をして挨拶した。

『こんにちは。倉野愛の母です。愛がお世話になっております』

花岡先生はその挨拶にとても好感を持った。

担任の先生や倉野愛さんが言うモンスターペアレント感が全くなかったからだった。

でも、それは一瞬だった。

倉野さんの母は花岡先生が何もしてこないと分かると途端に表情が変わり、倉野愛の母は言った。

『先生はお若いから愛のことを任せても大丈夫なんでしょうかね。愛は昔から病弱でとても弱くて、周りから見たら劣っている子なんですよ。それを私は今まであの子のために守って来ました。でも、高校でも何かあったらとても心配なんですよ』

花岡先生は倉野愛の母親に丁重にそして優しく言った。

『愛さんは劣ってなんていませんよ。とても強い意志を持った強く勇ましい子ですよ。何かあったら自分から助けを求めることの出来るすごい子です。だから、心配もほどほどに、見守っていて下さい』

そんな先生の姿にカーテン越しから倉野愛は見ていた。

すると、倉野愛の背後から天堂虹が声をかけて来た。

『わっ!びっくりした?俺の名前は天堂虹。夢はYouTuber。こうして小さなiPhoneで今生きる世界を取ることにハマってる。例えば、今日出会った見知らぬ君との会話とかね』

倉野愛は指を立てて静かにしてと頼んだ。

天堂虹は今度は小さな声で話しかけた。

『そこの窓が空いてたから入って来たんだ。あれ、君の母親?ずいぶん綺麗な人だね。まるで蛾みたいだね』

彼女は怒ったように言った。

『蛾?私の母は蝶よ。そこらへんにいる蛾とは違うよ』

『へー、お母さんの事好きなんだ。でも、あの様子じゃ君の母親、人には優しさを振り撒きながら裏では気に入らない人を食うモンスターだと思うよ』

『私の母のこと知りもせずに、勝手な事言わないでよ』

『でも、窓が開いてたから全部聞いちゃった。君、お母さん嫌いなのに好きなの?じゃあ、答えてよ。本当の君にとってのお母さんの気持ち。このiPhoneに向かって話してみてよ。お母さんに面と向かって言うのは気が引けると思うからさ』

そう言って天堂くんは倉野愛にiPhoneを向けて、動画の録画ボタンを押した。

倉野愛は母や花岡先生に聞こえないくらいの声で話した。

『母へ。私は母の嫌な面をいっぱいぶつけられたから、私もいつか母のようになってしまうんじゃないかって思ってしまう。母は私のことをとても愛してくれていることを私は知っている。私は母が嫌いな訳じゃない。母が私の話をきちんと聞いてくれないから、いつも母とは話が噛み合わないんだ。お母さん、もっと私を見て欲しい。倉野愛より』

天堂くんは録画ボタンをカットして、倉野愛に言った。

『この動画のコピーあげたいから、LINE交換しよう』

そう言って、LINE交換して動画のコピーを倉野愛に渡した。

天堂くんは彼女に言った。

『いつかこの動画を母親に見せれたらいいな。まあ、その時俺は卒業してると思うけど』

そんな会話をしていたら、カーテンが開いて花岡先生が出て来た。

花岡先生は天堂くんを見るなり、言った。

『話し声が聞こえたと思ったら、天堂くん何してるの。また、授業サボって何してるの?』

『人間観察してました。それから後輩ちゃんのお悩み相談をしてました。先生こそ保護者の方との面談大変でしたね。俺はもうクラスに戻るので、この子のことよろしくお願いします』

『はー、全く。倉野さん大丈夫だった?』

倉野愛さんは天堂くんを指差して言った。

『あの人は3年生の方ですか?』

『そうよ。3年の天堂虹くん。名前は虹色の虹と書くの。素敵な名前よね。性格は少しユニークだけどね。私はこの学校の生徒がみんな大好き。勿論、倉野愛さんのこともね。あなたのお母さん、あなたの言うとおり変わっている人だけど、分かり合える人でもあるわ。少しずつ一緒に協力して親子関係を変えていきましょう』

倉野愛は花岡先生となら、一緒にどうにかしていけると感じたのだった。


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