第6話

まあ、歩いて駅ついて、電車乗って降りたら遊園地ついたけども…


「いや、入口まで着いたけどもね。」


「お兄…」


「あぁ、胡桃が言わんとすることはすごいわかる。」


何なんこの暑さ…


あの、あれよ?つい昨日の出来事のさ、駅前で写真撮った時の暑さの記憶なんてさ、霞むレベルで暑いよ。


んで遊園地前で集合だから下手に動けんし…。


「でもお兄、まだ辛うじて、入り口の周りが日陰やから、それだけは、ほんまに…良かった…。」


いや、普段キャラ変してもしなくてもどっちみちいつも元気だったあの胡桃がここまで暑さにやられてるって…今日は相当だな…。


「んで、今、9時40分か。まあまあ、もうすぐ松谷達も来るだろ。」


まあ、松谷に送った『今日何人くらい来るの?』ってメッセージ、返信、ないんだけどね…


「……お兄、なんか来たよ。」


お、ついに来たかご一行様。さてさて、人数は…と


そう思って俺はスマホをジーパンのポケットに入れて、最低でも4〜5人を想定して繰り返したシミュレーションを思い出しながら前を見る。


さあ、何人だろうと関係ない!俺は今日という一日をとにかく平和に終わらせる!覚悟はできてるぜ!


ぐらいの気持ちはあった。本当にあった。しかし、その気持ちと想定が一瞬にして、なんか、飛んだ。


「おはようございます〜!」


松谷は来た。


「お、おう、おはよう松谷。んで、他の人達は…?」


「え?今日は私一人ですよ?」


ほーーーーーーーーーん????

あ、ほーん…あ、そう、そうなのね。

………ええええええええええ!?!?


…そんなことある!?いや、だってさ、君の目の前にいるの、君が振った男と、その男の妹だよ!?


それを踏まえた上で、一体このメンバーにはなんの需要があるんだ…?


「お兄、多分これからもっと暑くなるから、はよ入って、はよ遊ぼ。」


あー、それは、そうだな。


例え何十人で何百人であろうと、まあ今回みたいになんとも言えないスリーマンセルだとしても、俺のミッションは変わらない。

胡桃を守りつつ、松谷とは波風を立てず、胡桃も松谷も楽しませるように立ち回り、平和に今日を終えること!


「よし、そしたら今日は普段のストレスとか、全部忘れて、楽しもうぜ!」


「お兄〜!その言葉待ってた〜!」


「石本さん!同意です〜!」


と言って入場はしたものの…


あの、並び的には、真ん中が俺で、右に胡桃で左に松谷で、ここは問題はないはずなんだけど…


なんか…例えるならば…そうだな…俺を柵か壁かなんかに見立てると、両隣が威嚇、牽制の駆け引きをしてて、右の犬がマーキングしてたパーソナルスペースを左の犬が狩りつくそうとしてるようなギラギラした視線をとても強く感じてしまうんだが…。え…なんか、挟まれるのって、怖、きっつ。


えっと…これってもしかして、松谷と胡桃ってやっぱこの前の牛丼屋の一件以降、バチバチな仲なの…?


おーーーん、予想はしてたけどさぁ…。


いや、二人はもしかしたら仲悪いかも、とは思ってたんだよ。だけど、まあ正直、振られた俺が松谷と二人きりに一瞬でもなるって可能性が割ときつかったから、こうやって妹の胡桃に助けを求めたわけなんだけど…

でも、ねぇ、予想してたよりもさぁ、大きく大きくズレまくっててぇ…まさか、松谷側が単体なんて思わないからさぁ…てっきり団体って決めつけてたし…。


その結果、ねぇ、胡桃が欠けたらクソ気まずいし、逆に松谷が欠けたら今日来た意味特になくね…?そんなんだったら胡桃と家に帰りたいわ…ってなるぐらいどっちが欠けてもなんとも言えない地獄のスリーマンセルなのよね…


この犬猿の仲の二人の間にぶちこまれてる男がこんな二人が恋愛感情を一切抱けないような恋愛対象にならない、よく言えば無害、悪く言えばどうでもいいやつの俺で良かったのか?


いや!松谷、考え直せ、本当に誘うの俺で良かったのか?結構それは人選ミスってないか?なんなら松谷に振られた俺だけでなく、その松谷と仲がすこぶる悪いうちの妹までついてきてるんだぞ…?しかもちゃんとお前本人が許可したんだぞ…?いいのか…?それでいいのか松谷…?


てか、胡桃も胡桃で、こんな俺のわがままにこんな暑い日に無理をしてまで、更に服まで悩みながら、そんなにも頑張ってまで俺を選んで遊園地に来て良かったのか?人選は俺が誘った側だから胡桃には罪はないが、嫌だったら誘い断れただろ…?胡桃は昔はもっと嫌なことは嫌とはっきり伝えられる子だっただろ?むしろそこが胡桃のアイデンティティとまで俺は思ってたよ…?お前は…あれだ、多分、人生の選択を間違ったんだと思う。

まずこんなどうしようもない兄の家にいつまでも好んで転がり込もうなんて、なんの気の迷いだよ!俺は構わないが、それによって、お前の大事なキャンパスライフは?青春は?お付き合いとかは?ほんとに俺のとこに来てくれるのは嬉しいけど、お兄ちゃんはお前に幸せになってほしいよ…。だからこそこんなどうしようもない兄のところで時間を浪費しちゃいけないだろ…!お前はもっと輝けるし、良い男だっていっぱい選べる!お兄ちゃんは恋愛対象にすらなってないのも知ってる!俺も正直胡桃を恋愛対象にしたくない!可愛いし、家族としても好きだし、もうそりゃ溺愛したいよ!でもさぁ、血繋がってんじゃん?それは胡桃も知ってるしわかってることだろ?だから、ほんとにお兄ちゃんを心配してくれるのは嬉しいけど、まず胡桃は胡桃で幸せになって、お兄ちゃんを安心させてくれっ…!!


「石本さん、こんな子どもが喜ぶような所に付き合ってもらって、ほんとすみません…。私のわがままで…。」


「お兄、元気ないんが見ててわかる。うちもごめん…。うちがお兄と遊びたいからって連日付き合ってもらって…お兄は明日からまた仕事やのに…」


二人のバチバチな視線争いが…止まった…!?ような気がする。


いやしかし!松谷にも胡桃にも楽しんでもらうことを念頭に置いた癖に、なんだこの有様はッ!!

このままは良くない、絶対に良くない。もう決めた。わからないものははっきりさせるのと、俺はとりあえず今日は二人を悲しませない!!


「すまなかった!!俺が元気にできないから!二人を知らず知らずのうちに傷つけてしまった!!本当に!すまない!」


俺は二人から離れ、二人の方に正面から向き合い、誠心誠意頭を下げた。


もうまどろっこしかったり、回りくどいのはやめだ!こうなったら、俺もはっきりするし、二人のわからないところもはっきりさせる!もう振り回されるのは疲れたんだ!そして多分二人も振り回されてる。だから!はっきりさせてスッキリして!終わるものとしても、それは終わらせる。明日に進む!何よりも、俺も二人も、これ以上だらだら微妙に傷つき続けるのは、なんか嫌だから!!


胡桃は正面から向き合って頭を下げた俺の左手を掴んで、大きめの涙声で言う。


「お兄!ちゃうの!うちが…うちが振り回したから!!お兄が謝ることちゃうの!!」


俺はなんと悲しい、そしてなんと無力だ。実の妹に泣きそうになられながら、こんなにも謝られている。兄失格だ…。


そんな中、松谷も続けて言う。


「そうです石本さん!どうしてあなたが謝るんですか!!謝るのは私です!胡桃ちゃんにも、石本さんにも、私が謝らなければいけなかったんです!!昨日こんなことを誘わなければ…こうはならなかったんです!!私の責任です!!」


どうして…どうしてこうなったんだ…二人を楽しませて、なるべく、なるべく楽しませようと思ったこの遊園地スリーマンセルで、なぜこんなことにならなければならないんだっ!!


そんなことなら…そんなことなら謝るなんて、そんなことはもういい!!


「もういい……二人とも!!もういい!!謝るのは!もういい!!禁止だ!!」


「お兄…?」


「石本さん…?」


もう、思ったことをやる。恐らくそれが一番しなければならないことだからだ。俺は人の好意には鈍感だが、ここまでされて全く何も思わないほどの鈍感ではない。それならば、やることは一つ…!


「今から俺は二人と別々に腹を割った話し合いをする。その話し合いのルールはシンプルに、俺もだが、別々で話す二人にも適用される。」


「……お兄っ!?」


「石本さんっ…!」


そのルールは、至ってシンプル、シンプルだが、人間が普段の生活や、人生を送る上では究極に難しいルールである。


「そのルールとは、今日の腹を割った話し合いの中では一切の嘘、冗談、黙秘を禁止とする。」


そう、人が生きる上で究極に難しく、守ろうとすればするほど、何故か守れなくなる心理的行為。


隠し事をしない。


ただ、これだけのルール。


「しかし、終わりの見えない話し合いは終着点も見えず、大きな不安を抱えたまま進むだろう。」


それはそうだ、人が難しいと思うことを、他になんの決まりもない実質無制限な環境下で行われるのは、地獄そのものである。


「よって、制限時間は一人につき10分。これで二人のどっちかが勝つとか有利とかそういうのはないけど、このルールを破る人とは、申し訳ないけど、俺は今後一生、関われないと思う。」


「そんな…お兄、ちょっと急やって!」


「そうです石本さん!これはいくらなんでも早すぎます!!」


「ごめん…そうやって先延ばしにし続けると、多分みんなしんどいだけだ…。だから、俺は、俺が知らない、俺がわかってない二人のことを聞きたい!もしかしたらこんなこと、ほとんどが俺の勘違いで、俺がただ思い込みが激しくて終わるだけかもしれない…………でもそれでもいい!ずっと何も話さないより、話せることは今話したほうがマシだ。」


もし、これで二人が離れていっても、それは仕方のないことだ。元々そういう運命だったと理論付けて納得させるしかないだろう…。


「わかったよお兄……。こうなったらうちも腹くくる。」


「………わかりました。そこまで言うなら、私ももう隠しません。やります。」


「………ありがとう。信じてた。じゃあどっちが先にするか決めてくれ。」


もし、今日で色々な事や関係が終わったとしても、俺の人生も二人の人生も終わるわけではない、ここで分かれる道だとしても、俺のことなんかより、二人には二人の道がある。だから…

だから…ここで駅の乗り換え選択だ。どのホームに行っても、俺は二人の幸せを祈るよ。


「お兄、決まったよ。」


どうやら、決まったみたいだ。


「おう、それでどっちが先だ。」


「あの…私です…。」


「…わかった。そしたらそこのテーブルに行こう。胡桃はちょっと待っててくれ、もし何かあったら、スマホなりなんなりですぐ呼んでくれ。その時は飛んでいくから。」


胡桃が不安そうな顔で俺を見る。


「…わかったよ、お兄…。」


お前を不安にはさせない。


「胡桃、俺は大丈夫だから。待っててくれ。」



ーーーーー


「さて、タイマーは10分でセットしたし…。」


「………。」


松谷の身体は震えながらも、その目には強い意志を感じた。


「よし、始めようか。」

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