第13話:対話
目を開けると、見慣れない場所に来ていた。
大きな窓がある厳かな大理石の広間だ。
目の前には、美しくて儚げな少女が立っている。
このお方が誰かは私もよく知っていた。
「シェルタリアさん、ようこそ来てくれました。王女のアルシンカです」
太陽の光に煌めく銀色の髪に燃えるような真紅の瞳。
アニマビスト王国の王女、アルシンカ様だ。
「アルシンカ様、お初にお目にかかります。シェルタリア・ガードナーでございます」
「急にお呼びだてして申し訳ございません。こちらにいらっしゃったということは、ご協力いただけるということですね?」
「はい。私にできるかはわかりませんが、精一杯頑張ります」
「ありがとうございます、シェルタリアさん……では、さっそくですがあちらを見てください。あそこにいるのがドラゴンたちです」
アルシンカ様は窓の正面にある丘を指す。
そこにはドラゴンたちが何匹も座っていた。
空中に待機しているドラゴンもいる。
「私たちも騎士隊を配置して膠着状態を保っていますが、そろそろ限界が近いのです。このままでは全面対決が避けられませんでしょう」
アルシンカ様は深刻な顔をして俯いていた。
「ご安心ください、アルシンカ様。私がドラゴンたちを説得してみせます」
今こそ、私のスキルを使うべきだ。
「では、手練れの護衛をつけましょう。親衛隊の中でも一番の手練れを……」
「お言葉ですが護衛は不要でございます、アルシンカ様。少しでも攻撃の意思を見せると、彼らに信用されないかもしれません」
アルシンカ様のお申し出を丁寧にお断りした。
相手に信用されるには、攻撃の意思を見せてはいけない。
「し、しかし……」
「大丈夫です、私にはこの子たちがいますから」
ライムとヘブンさんをそっと抱き寄せる。
『シェルタリアは僕が守るんだ』
『まったく、ヘルハウンドをこの子呼びとは無礼なヤツだ』
「彼らの元まで運んでいただくだけで大丈夫です」
「そうですか……わかりました。すぐに馬車を手配します」
アルシンカ様たちに見送られ、ライムたちと馬車に乗り込む。
馬車は丘の手前で私たちを下ろすと、逃げるように王宮へ戻っていった。
「じゃあ行こうか、二人とも」
『うん、僕がいるから大丈夫だよ』
『危なくなったらお前を背中に乗せて逃げてやる』
私たちはゆっくりと丘を登っていく。
緊張しているはずなのに、不思議と心は落ち着いていた。
私たちを見て、ドラゴンが話している声が聞こえてきた。
『人間が来たぞ。女が一人だ。その横にいるのはヘルハウンドとスライムか』
『モンスターを引き連れているとは不気味な人間だな』
『気をつけろ。何か特殊な力を持っているのかもしれない』
すぐに攻撃してこないところを見ると、十分に用心しているらしい。
やっぱり、人間は信用されていないのだ。
だとしても、私の行動が王国の運命の行く末を左右する。
やるしかない。
やがて、ドラゴンたちの前に着いた。
「ドラゴンの皆さん、初めまして。私はシェルタリア・ガードナーと言います」
挨拶とともに深々と頭を下げる。
『な、なんだ、モンスターの言葉を話している!?』
『こんな人間は見たことがない。人間側の新しい戦力か』
『もしかしたら、すでに何かの魔法を使っているのかもしれないぞ!』
グリフォンの群れを説得した時と同じように、ドラゴンたちも激しく動揺していた。
「お願いです。王国を攻撃するのを止めていただけませんか!?」
私が叫ぶと、ドラゴンたちは相談を止めた。
みな、一様に私を見ている。
その鋭い視線が体中に刺さるようで痛かったけど、懸命に訴えかける。
「このまま戦ってしまうと、人間だけじゃなくてドラゴンにも大きな被害が出てしまいます! ですから、どうか……!」
しかし、最後まで話し切る前にいっせいに否定された。
『我らが撤退することなどあり得ぬわ! そもそも、人間の言う通りにするはずないだろう!』
『そんなことを言うためにわざわざここまで来たのか!』
『さっさと王宮へ逃げ帰って、撤退のつもりはないと言ってこい!』
ドラゴンたちは全然聞く耳を持ってくれない。
元々、人間に対する警戒心が強いのだろう。
それでも、対話を止めるわけにはいかなかった。
私は必死に呼びかける。
「ど、どうして、王国に攻め入ろうとされるのでしょうか? せめて、理由だけでも教えてください!」
『貴様ら人間にそんなことを話すわけがないだろう!?』
『きっと、こいつは情報を盗みに来たんだ!』
『人間には一言も話すんじゃないぞ! どんなことをしてくるか検討もつかん!』
いっせいにわあわあと怒鳴られてしまった。
今にも襲われそうな雰囲気だ。
ライムもヘブンさんも必死だ。
『シェ、シェルタリアの話を聞いてよー!』
『クソッ、思った通りか。ドラゴンは頭が固いヤツが多いからな』
ど、どうしよう。
このままでは私だけじゃなく、ライムやヘブンさんにまで被害が出てしまうかもしれない。
いや、それだけじゃない、王国だって……。
『待て。ワシが話そう』
そのとき、彼らの後ろから一際大きなドラゴンが出てきた。
鱗はくすんでいてどことなく年老いた印象を受ける。
このドラゴンだけ、ずいぶんと落ち着いていて達観した様子だった。
もしかしたら、群れの長かもしれない。
『ワシはドラゴンの群れを統べている長のエルデスというものじゃ』
「シェ、シェルタリア・ガードナーです!」
やはり、群れの長だった。
慌ててぺこりとお辞儀する。
『か弱き者よ。貴様はどうして一人で敵地の中に来たのだ?』
「私は……あなたたちを説得しに来ました! モンスターも人間も傷つくのを見たくないのです! それに、モンスターも人間も敵同士ではありません!」
エルデスさんはしばらく黙っていたかと思うと、静かに口を開いた。
『ワシらは、アニマビストのモンスターたちから助けを求められたのだ。人間どもから助けてくれとな。彼らがされたのと同じ仕打ちをしてほしいという者もいた』
そうだったのか……。
きっと、父親が主な原因だ。
私にもっと力があれば、この事態は防げたかもしれない。
そう思うと、自分の不甲斐なさにギリッと歯ぎしりしていた。
「人間のモンスターに対する扱いも、是正するように私が働きかけます! どうか、この通り……どうかお願いいたします」
私は深く深く頭を下げた。
目の前には地面しか見えない。
今襲われたら簡単に死んでしまうだろう。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも、私にはこれくらいしかできなかった。
『人間の言うことなど信じられるか!』
『いつもそうやって、俺たちモンスターを騙してきたんだ!』
『殺されたくなかったら、とっとと帰れ!』
相変わらず、ドラゴンたちは攻撃的な態度だった。
エルデスさんは何も言わない。
やっぱりダメか……。
ギュッと目をつぶったときだった。
『我らと対話を試みたのは貴様が初めてだ』
『『長老!?』』
エルデスさんが淡々と話し出した。
ドラゴンたちがどよめく。
『ちょ、長老! なにをおっしゃっているのですか!?』
『まさか、この人間の言いなりになるというのでは!?』
『俺たちは絶対にイヤです!』
『皆の者、静まりたまえ』
その一言でドラゴンの群れは静かになった。
すごい緊張感で、思わずごくりと唾を飲む。
『ワシらはモンスターたちの懇願を受けて、人間たちと戦うことにした。しかし、このまま戦えば我らにも甚大な被害が出るのは容易に想像つく』
ドラゴンたちも納得していないようだったけど、微かにうなずいていた。
『か弱き者よ。貴様にはモンスターたちを守る覚悟はあるのか?』
エルデスさんは真摯な瞳で私を見つめている。
モンスターたちを守る覚悟…………もちろん、あるに決まっている。
「はい……あります!」
『そうか、その言葉に偽りはないな。では、その心意気に免じて今回は見逃してやろう。だが、我らとの約束を決して忘れるな……皆の者、帰るぞ』
『『は、はい』』
そして、ドラゴンの群れは帰っていった。
雄大に羽ばたく彼らを不思議な気持ちで見送る。
――これで良かった……のよね。
未だに実感がわかなかった。
突然、後ろからわああ! という声がした。
振り返ると、王国の人たちがいっせいにこちらに駆け寄ってきている。
「シェルタリアさん、本当にありがとうございました! あなたのおかげでアニマビスト王国は救われました!」
アルシンカ様にぎゅっと抱きしめられた。
騎士隊たちも私の周りに集まってくる。
丘は歓喜の声で包まれた。
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