第10話:和解
『子どもを攫うなんてどこまでもひどいヤツらだ!』
『高く売りさばこうとしているんだろうがそうはいかないぞ!』
『お前たち人間はいつも自分の欲のためモンスターに迷惑をかける!』
グリフォンたちは一様に激しく吠え立てる。
みんな、私たち人間を非難していた。
「「ギルドマスター、どうしましょう!? あの数のグリフォンに襲われたらとんでもありません!」」
ギルドメンバーたちはストロングさんにすがりつくように駆け寄ってくる。
「決して武器を持ち出してはいかん! 攻撃する意思を見せたら、俺たちはモンスターの信用を失ってしまう!」
「「で、ですが、このままではギルドが襲われたら甚大な被害が……!」」
「そんなことはわかっている! だが、どうすればいい……!」
ストロングさんは頭を抱えていた。
グリフォンの群れに襲撃されたら、いくらギルドが頑丈でも無事で済むとは思えない。
かと言って、反撃したらモンスターの信用は完全になくなってしまう。
それでも、私にはまだなんとかなりそうに思えていた。
「ストロングさん。どうやら、グリフォンは私たちがリオンをさらったと勘違いしているみたいです。みんな、子どもを返せと叫んでいます」
彼らは誤解しているのだ。
キチンと話せばわかってくれるような気がした。
「そ、そうか、シェルタリアにはグリフォンたちの言葉がわかるのか」
「はい。私がリオンを群れに帰してきます。<魔物の語らい>を使って話せば、彼らの誤解も解けると思うんです」
「「シェ、シェルタリア(ちゃん)……」」
できれば無用な争いを避けたいのは向こうも同じはずだ。
説得で解決できるのであれば、その可能性にかけたい。
「私も行くよ、シェルタリアちゃん!」
「いえ、私一人で行った方がいいと思うわ。あまり大勢で行くと彼らを刺激してしまうかもしれないし。それに、私にはライムがいるから大丈夫よ」
『シェルタリアは僕が絶対に守るから!』
ギルドの人たちはみんな黙り込んでいたけど、ストロングさんは意を決したように言った。
「では……頼む、シェルタリア! ギルドを代表して行ってきてくれ!」
「危なくなったらすぐに戻ってくるんだよ!」
みんな、最後には私の意見に賛同してくれた。
「行こうか、リオン。今、みんなのところに帰してあげるからね」
『うん』
リオンを抱えてギルドの玄関へ向かう。
みんな心配そうな顔をしているけど、私たちを見送ってくれた。
「じゃあ、行ってきます」
『ちょっと待て、シェルタリア』
ギルドから出ようとしたときだった。
奥の方からヘブンさんが歩いてくる。
『俺も一緒についていってやる。グリフォンの連中はプライドが高い。お前一人で行ったらすぐに殺されるとも限らない』
「ヘブンさん……」
『俺はこれでもヘルハウンドだからな。連中も多少は警戒するだろう』
ヘブンさんがいれば怖いものなしだろう。
人間じゃないのでグリフォンたちも過剰に警戒することはなさそうだ。
と、そこで、ライムがぴょこりと顔を出した。
『僕も忘れないでよね。シェルタリアは僕が守るんだ』
「もちろん忘れてないわ。ありがとう、ライム」
『……ふん、スライムのくせに強がりなヤツだ』
彼らがいれば大丈夫だ。
私は力強く一歩を踏み出す。
みんなギルドの中から固唾を飲んで見守っていた。
ライムとヘブンさんに護衛されながら、グリフォンの群れへと向かう。
『おい、あの人間はヘルハウンドとスライムを従えているぞ』
『気を付けろ、モンスターを操るスキルを持っているかもしれん』
『リオンを人質に取るなんて卑怯なヤツだ』
グリフォンたちもヘブンさんを見て警戒している。
決して、その尖った雰囲気を柔らかくすることはなかった。
みな、険しい表情で私たちを見ている。
やがて、群れの前に着いた。
気持ちを整えるため深呼吸して、彼らにゆっくりと話しかける。
「グリフォンの皆さん、私はシェルタリア・ガードナーと言います。どうか、私の話を聞いてください」
私が話しかけたら、グリフォンたちをどよめきが包み込んだ。
『あ、あいつはモンスターの言葉を話しているぞ!』
『そんな人間がいるのか!? きっと、我々を惑わすつもりだ!』
『みんな! 決して気を抜くんじゃないぞ!』
モンスターと会話できる人なんて、私も自分以外に見たことがない。
グリフォンたちの驚きと不安は想像以上かもしれなかった。
「私たちはリオンを“畏怖の沼”で保護したんです。攫ってなどいません」
『そんな話を信じられるか!』
『人間は愚かな者の集まりだ! 何をしてくるかわからん!』
『リオンを傷つけられる前に倒しましょう!』
しかし、私が話すとさらに警戒心が強くなってしまった。
「お願いですから、まずは話を聞いてください!」
『『黙れ! 信じられないと言っているだろ! 人間は息を吐くように嘘を吐くんだ!』』
懸命に説得しているつもりだったけど、まるで取り合ってくれない。
思った以上に、人間には強い不信感を抱いているのだ。
グリフォンたちはじりじりと間合いを詰めてくる。
『やっぱり、説得は難しいようだ。逃げる準備を進めておけ』
『シェルタリアは下がっていて!』
ヘブンさんとライムは、グリフォンを迎え撃とうと立ちはだかる。
――ど、どうしよう。このままじゃギルドだけじゃなくて、ライムたちも危ない目に遭ってしまう。
と、そのとき、リオンが大声で叫んだ。
『シェルタリアが言っていることは本当だよ! ボクはこの人に保護してもらっていたんだ!』
『『リオン!?』』
グリフォンたちはリオンを見て固まった。
『シェルタリア、もう大丈夫だよ。ありがとう』
「え、ええ」
リオンを下ろすと、てくてくと両親の元に歩いていく。
すかさず、二匹のグリフォンが駆け寄った。
きっと、両親だろう。
リオンを抱えて泣いている。
『良かった……無事だったのね!』
『お父さんたちはずいぶんと心配したんだぞ!』
『お母さん、お父さん……!』
リオンも嬉しそうに泣いていた。
親が子を思う気持ち、子が親を求める気持ちは人間もモンスターも同じなのだ。
――あの子が両親と会えて良かった……。
私の心にじんわりとした温かさが広がった。
『シェルタリアは僕の恩人だよ。僕が底なし沼に落ちちゃったときも、すぐに飛び込んで助けてくれたんだ』
リオンは必死に私が助けたときの話をしてくれている。
やがて、グリフォンたちは私に向き直った。
その顔からは警戒心はもう消えている。
『あなたはリオンを救ってくれたのね。人間にもそんな人がいるなんて……』
『シェルタリアと名乗る人間よ。我らも早合点していたようだ。リオンの恩人とは知らず、失礼した』
打って変わって、リオンの両親は頭を下げてくれた。
他のグリフォンたちも合わせるように首を垂れる。
「い、いえ! リオンが群れに戻れて私も嬉しいです!」
『シェルタリア、あなたのおかげでお母さんとお父さんに会えたよ。……本当にありがとう』
リオンは私の足に体を擦り付けてくれた。
『ありがとう、シェルタリアさん。人間がみんな、あなたみたいになってくれたらと思うわ』
『それでは、我らは失礼する。迷惑をかけてすまなかった』
『あなたのことは一生忘れないよ。またね』
そして、グリフォンの群れは空へと飛び去って行った。
雄大な光景だった。
危機は去り、ギルドには再び平穏が訪れた。
「「シェルタリアー!」」
ギルドの中からみんなの歓声が聞こえてくる。
振り返ると、ギルドのメンバーたちがいっせいに駆け寄ってきた。
「シェルタリア、よくやったぞ! お前のおかげでギルドの危機が救われた! 俺たちだけでは、もうどうしようもなかった!」
真っ先にストロングさんが褒めてくれた。
涙を浮かべつつギュッと握手してくれる。
「シェルタリアちゃん! 本当にありがとう! 一人で頑張らせちゃってごめんね!」
ベティも勢い良くしがみついてきた。
その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。
みんな、私を心配してくれていたのだ。
「いえ、私こそ……任せてくれてありがとうございました」
みんな、黙ってうなずいてくれた。
「ライムとヘブンさんもありがとう。二人のおかげで無事にリオンをグリフォンの群れに戻すことができたわ」
『シェルタリアに怪我がなくてよかったよ』
『まぁ、お前には借りがあったからな』
私はライムとヘブンさんをそっと抱きしめる。
ライムは喜んでいたけど、ヘブンさんは恥ずかしそうだった。
――モンスターを保護するって……大変。でも、私はここで活動できて幸せだわ。
心の中でポツリと思った。
モンスターと人間の溝は深い。
それでも、私の心は充実感で満たされていた。
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