第8話:母親とはぐれたグリフォンの子ども

「一匹でどうしたんだろう? もしかして、具合が悪いのかな」


 グリフォンの子どもはぐったりとして動かない。

 でも、胸はゆったりと上がったり下がってしていて、無事生きてはいるようだった。


「この辺りでグリフォンなんて、私も初めて見たよ。群れからはぐれちゃったのかな?」

「他に仲間はいないみたいね」


 見渡す限りの湿地には、グリフォンはおろか動物一匹いなかった。

 ベティの言うように、群れからはぐれてしまった子どもかもしれない。

 もしくは、人間に捨てられてしまったのか……。


「怪我や病気じゃないか、念のため近寄って確認してみましょう」

「そうだね、足とか怪我をしているのかもしれないし」

『僕も一緒に行く』

 

 三人で向かおうとしたら、グリフォンの子どもはむくりと起き上がった。

 ぽつりぽつりと歩きだす。


「良かった、歩けるみたい」


 とりあえず、みんなでホッとしたときだった。

 おぼつかない足元が滑って、沼にドボン! と落ちてしまった。


「「た、大変!?」」


 私たちは急いで沼の縁に走り出す。

 

『ピイイイ!』


 グリフォンの子どもは沼の中でもがいていた。

 小さな羽をばたつかせながら、懸命に沼から出ようとしている。 

 そして、沼の縁には看板が立っていた。

 “底なし注意”と書かれている。


「ど、どうしよう、シェルタリアちゃん! このままじゃあの子が沈んじゃうよ!」

「私が行くわっ……!」

「『シェルタリア(ちゃん)!?』」

 

 気がついたとき、私は沼に飛び込んでいた。

 グリフォンは空を飛べるけど、あの子はまだほんの子どもだ。

 自力で沼から抜け出せるかわからない。

 目の前でモンスターを見殺しにするのだけはイヤだった。


『た、助けて、体が動かないよ!』

「待ってて……今行くから……!」


 底なし沼は、もがけばもがくほど沈んでいく。

 余計な動きはせず、最短距離でグリフォンの元へと向かう。

 幸い、それほど離れてはいなかったので、すぐに捕まえられた。

 沼からグリフォンの子どもを引き上げる。


『あ、あなたは……?』

「大丈夫よ、もう安心して……って、体が!」

『シェ、シェルタリア!』


 何かにハマってしまったようで、足が動かせなくなった。

 ずぶずぶ……と体が沈んでいく。


「シェルタリアちゃん! ロープを投げるから捕まって!」


 すかさず、ベティがロープを投げてくれた。

 先っぽには石が括り付けられていて、一直線に私の方に飛んでくる。

 懸命に手を伸ばしたけど、足が動かせないのでわずかに届かない。


「ど、どうしよう、とれない……!」

『僕に任せて!』


 ロープが沼に落ちる直前、ライムが体を伸ばして受け取ってくれた。

 

「あ、ありがとう、ライム。あなたのおかげで救われたわ」

『シェルタリアのためなら何でもするよ』

「シェルタリアちゃん! ロープを引くからね!」


 その後、ベティに沼から引き上げてもらった。


「……はぁ……はぁ……ありがとう、ベティ」

「もう! いきなり飛び込むから心配しちゃったよ!」

「ごめん……」


 ベティは泣きそうな顔で私に抱き着いてきた。

 その身体は微かに震えている。

 心配をかけてしまい申し訳なかった。


「ううん、わかってくれればいいの。グリフォンの体を拭いてあげよう」

「ありがとう……ベティ」


 持ってきたタオルでグリフォンを拭いてあげると、子どもの全身は美しさを取り戻した。

 獅子のような体に鷲のような頭と翼。

 まだ子どもだけど、威風堂々としたオーラをまとっている。


「怪我とかはないかな? 私はシェルタリア・ガードナー。こっちにいるのはベティと、スライムのライム。ねえ、あなたは一人? お父さんやお母さんはいないのかしら?」


 驚かさないように話しかけたつもりだったけど、グリフォンの子供はビクビクしていた。

 私たちを見ながら、じりじりと後ずさっている。 

 やはり、人間が怖いのだろう。

 刺激しないよう、ゆっくりと優しく近寄る。


「怖がらなくていいのよ。こっちにおいで」

『うっ……あっ……』


 グリフォンの子どもは、私たちからトボトボと逃げようとする。

 しかし、そのすぐ後ろには大きな沼がある。

 またもや、“底なし注意”と書かれていた。


「た、大変! あのまま進んだら、また底なし沼にはまってしまうわ!」

「何とかして止めないと!」


 私とベティは必死に追いかけるが、グリフォンの子どもは追えば追うほど逃げていく。

 そのとき、ライムがぴょこんと飛び出した。


『シェルタリア、僕があの子を説得してくるよ。二人を怖がる必要はないって』

「え? ラ、ライムが……? あっ、ちょっと!」


 ライムはぴょこぴょこ跳ねながらグリフォンに近づく。

 グリフォンも相手がモンスターだからか、今度は逃げだしたりしなかった。


『逃げなくても大丈夫だよ。シェルタリアは優しい人間さ。むしろ、僕たちモンスターを守ってくれている人間たちなんだ』


 ライムが話しかけると、グリフォンの子どもはビクビクしながらも立ち止まった。


『あ、あなたは誰?』

『僕はスライムのライム。弱いから群れから追い出されちゃったんだけど、シェルタリアに保護してもらったんだ。この名前もシェルタリアにつけてもらったんだよ』

『そう……あの人たちが……』


 ライムは少し話すと、グリフォンの子どもを連れてきてくれた。


『連れてきたよ、シェルタリア。この子はリオンって言うんだって』


 リオンはまだ怯えているみたいだったけど、もう逃げたりはしなかった。


「こんにちは、リオンちゃん。私はシェルタリア・ガードナーって言います。この人はベティ。私たちは“魔の森”の向こう側で、モンスターを保護するギルドをやっているの」

『僕はリオン……』


 見たところ、リオンは大きな怪我はしていないようだ。

 大事はなさそうで、とりあえずホッとする。


「一人でいるみたいだけど、どうしたの? 群れの仲間はいないの?」

『お母さんたちとはぐれちゃった……』


 リオンはポツリと呟いた。

 そのまま、ぽつぽつと話を続ける。


『みんなで狩りをしていたら、突然人間たちが襲ってきて……みんな散り散りになっちゃったよ……』


 リオンは今にも泣きそうで、瞳がうるうるしていた。

 かわいそうな境遇に胸を打たれる。

 こんなところまで人間の影響が出ているのだ。


「私たち人間が迷惑をかけてごめんなさい……」

「シェルタリアちゃん……」


 ぺこりと頭を下げる。

 私が謝ってもリオンの両親はここに来るわけじゃないけど、謝らずにはいられなかった。


『……なんだか、お姉ちゃんは他の人間とは違うね』


 リオンから少し警戒心が消えたような気がする。

 だからといって、問題が解決したわけではない。

 

「このまま“畏怖の沼”にいると危ないわ。底なし沼もあるし、他のモンスターに襲われたりすると大変よ。私たちと一緒にギルドへ来ない?」

『う……えっと……』


 やはり、リオンは人間が怖いのだろう、

 表情も身体もこわばっている。

 その様子を見て、ライムがそっと話しかけてくれた。


『シェルタリアのことは信用してくれて大丈夫だよ。僕のことだってとても大事にしてくれているんだ』

「あなたのお母さんは私が絶対に見つけてあげる」

『……シェルタリアが?』


 リオンは不安げな顔で私を見上げる。

 憂いを抱いた瞳の奥に、微かな希望の光が宿っていた。


「それまでは、私たちがあなたのお母さんの代わりになるわ」

『うん……』


 リオンを抱えると、彼は腕の中で小さくうずくまった。

 温かさと一緒に寂しさまで伝わってくる。

 本当のお母さんが見つかるまで、この子は私が守るんだ。

 リオンを抱きながら強く決心した。

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