黒服にスイーツを!
風鈴
デコちゃんパーラーからの~~!
一人の若い男が、
彼はデコちゃんの首振り人形のオデコを人差し指で押すと、ニヤリと笑った。
そして、空調が良く効いている自動扉の中へ、スラリと伸びた長い脚を規則正しく前に出して消えていった。
道行く女子達は、暫し、彼の消えていく後姿に見惚れ、私もデコちゃんになりたいと願うのだった。
店内に入り、左奥の階段を二階へと上がる。
ここ、不三家のパーラーは二階がカフェになっている。
時刻は午後7時20分を少し回ろうとしていた。
彼こと、
髪の毛は男性にしてはややロングであろうが、後ろ髪は赤い紐で一つに括っている。
前髪は、七三分けのマッシュで、通常のマッシュよりも長目の髪の毛を自然に流している。
目鼻立ちは整っており、まるでイケメン俳優かモデルの様な顔立ち。
首には金色に輝くチェーンネックレス、左手首には金色のフェラガモの時計、耳朶には金色のリングピアスが二対と、赤色の猫モチーフのピアスが右側だけに嵌められている。
彼は二階へ上がると、左側を向き、向かって右奥の座席へ座った。
一連の無駄のない動きは、まるで常連客のようだが、彼がここへ来たのは2年ぶりの事だった。
「お客様、オーダーストップは7時半でございますがよろしいでしょうか?」
すかさず女子店員がやって来た。
水を入れたコップが置かれた時、中の氷がカラリと鳴った。
「大丈夫です」
そう言って、彼は、給仕をしに来たアルバイトらしい店員に、にこやかな笑顔を向けた。
ポッと頬を赤らめる店員。
「チョコレートパフェとミックスジュースをお願いします」
「えっ?・・あのチョコパフェとミックスでよろしいんですか?」
「はい、お願いします」
「失礼しました。復唱します。チョコレートパフェとミックスジュース、それぞれお一つですね」
「はい」
「以上だけでよろしかったですか?」
「はい」
「ありがとうございます。ご一緒にお持ちしてよろしいでしょうか?」
「はい」
「それでは少々お待ちください」
そう言って女子店員はオーダーを階段の向こう側にある厨房へと届けると、他の女子店員と十文字の顔をチラチラ見ながら話をするのだった。
十文字がオーダーストップ間近に頼んだのは、彼の雰囲気にそぐわないチョコパフェとジュースだったことが話題となっているのか、それとも彼の醸し出すステキオーラに話題が弾んでいるのか?
そんな女子店員達の事を知ってか知らずか、十文字はポーカーフェースのまま、スマホを取り出し、それを見つめる。
いや、彼はポーカーフェースのフリをしていただけなのかもしれない。
――――もう少しで、君の所へ行くよ、ミナミ・・・。長かったよ。やっとだ、やっとオレは、ここまで昇りつめることが出来た。何度も死ぬ想いをしたけど、その度に君のこの笑顔に救われた。でも、それもこれで最後だ・・・・・。
「お待たせ致しました」
いつの間にか、さっきとは違う女子店員がやって来て、パフェとジュースを置く。
「ありがとう」
「以上でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「それではごゆっくり」
女子店員は、ちょっと腰を振りつつ、頬を赤らめながら階段近くまで戻っていった。
十文字はジュースを一口飲むと、パフェに取り掛かった。
女子店員達は、またしても彼の動作を見ながら何か喋っている。
そんな事にはお構いなく、彼は
――――甘いな。こんなに甘かったっけ?そう言えば、あの時、オーダーしたのは確かにコレだったけど、味なんて覚えてなかったな。味どころじゃなかったし。
◇
2年前のこのパーラーにて。
「ともちゃん、ここ混んでるわね。違う所が良かったかな?」
「混んでても、ミナミが行きたがってた所だろ、ここ。だったら、別にそんなこと気にしなくても良いから、好きな物、頼めよ」
「うふふ、奢りだもんね、うふふふ」
「ちっ!仕方がねーだろ、オレが負けたんだし」
「うん、そういう事だよね」
ミナミはそう言うと、さも可笑しそうに笑った。
――――たぶん、賢い彼女の事だ。ワザとオレが負けたのを薄々感づいてるに違いない。でも、気付いてないフリをしてるからには、オレも乗っかるのが礼儀ってものだ。
ここに来る前に、十文字とミナミは、ある賭けをした。
それは、クレーンゲームでどちらが先にデコちゃん人形を取るかという他愛も無いモノだった。
小さい子がするゲームでもあるため、設定がゆるく、簡単にゲット出来るモノだった。
と言っても、2,3回のチャレンジをする必要のある配列になっていた。
ここで十文字は考えた。
――――最初にオレがクレーンで人形の向きを変え、取りやすい状態にする。そうすれば、いくらミナミがヘタでも、何とかなるだろう。
そして予定通り向きを変えたのだが、ミナミは下手くそだった。彼女はゲットできずに、十文字の番となった。しかし、そこで十文字もミスをする。これがちょっとワザとらしかったのだが、その後ミナミはゲット出来たので、その嬉しさからミナミはそのことを追及しようとはしなかった。
ミナミはイチゴケーキとデコちゃんデコレーションスペシャルケーキと紅茶を、十文字はチョコパフェとミックスジュースをそれぞれ注文した。
「ともちゃんが全部一人で食べちゃうの?」
「うん?ああ、なんかチョコパフェって、子供の頃に食べたな~って懐かしく思って」
「ミックスジュースも懐かしいの?」
「紅茶とかコーヒーより、ミックスがあれば頼むことにしてんだよ。あと、ナポリタンがあれば、それも頼むことにしてるんだ」
「へ~、変わってるね、なんかそれ。うふふふふ」
オーダーしたモノが来たので、十文字が食べようとしたら、ミナミが。
「それ、ちょっと食べさせて、ねえ、ちょっとだけで良いから」
「えっ?仕方がねーな」
そうして、二人でちょっとだけシェアをして食べた。
「どれも美味しいね」
「ああ・・そ、そうだな」
――――こいつ、間接キスだぞ、わかってるのか?こういうところ、天然だからな、こいつは・・・・こっちはドキドキして、嬉しくて、味がわかんねーや・・・・。
◇
再び、現在のパーラーにて。
十文字は、急いでパフェを食べていた。
あまりにもガツガツ食べたせいか、やはり女子店員達は何か頻りに彼を見ながら喋っている。
『トゥルルルル・・トゥルルルル・・』
十文字はスマホのボタンを押し、スマホからの発信音を止めた。
――――もう時間か・・ミナミ・・じゃあ、行ってくるか・・待ってろよ!
彼は口を拭くと、レジへ行き、お金を支払う。
女子店員達の熱い視線を無視しながら、階段を素早く降り、タクシーを拾った。
行先を告げると、彼は目を瞑る。
―――やるべきことはやって来た。後は、どちらに転んでも、それは運命として受け入れる。
彼は無意識に右の耳朶につけた赤いネコのピアスを触っていた。
そのピアスは、不三家へ二人して行った時に、ミナミからプレゼントされたモノだった。
タクシーがとあるビルの前に停まった。
十文字は車から降りて、ビル横にある階段を登っていく。
そして、ある扉の前で立ち止まった。
「ふぅ~~~~、よし、行くぜ!」
十文字は壁にカードを差し込み、扉横から出て来たテンキーを幾つか押した。
すると扉が開き、彼はズカズカと中へ踏み込んでいった。
「「「オス、若頭!」」」
「オヤジは、奥に居るんだろ?」
「「「オス!」」」
十文字は最奥の扉を開けた。
そこには、十文字の義理の父親が居た。
そして、その横には若い妻が赤ちゃんを抱いていた。
「おおー、タメ!遅かったな!さあ、妻の抱く赤ん坊を見てくれ!そっくりだろ、オレに!」
「そう?」
『パララララララ!』
オヤジは腹を抱えながら壁際まで吹っ飛んだ。
「やったぞ!ミナミ、これでお前を解放できる!」
「遅かったわ、もう遅いの!」
「その赤ん坊が居ても構わないから、オレはお前を・・」
『ダーーンン』
一発の銃弾が為朝の頭部を撃ち抜いた。
為朝は、赤ん坊を抱いて銃口を自分に向けている若妻ミナミの左耳の黒いネコのピアスを、視界の片隅に捉えながら意識を失くした。
その顔は、驚愕の表情を浮かべていた。
「やはり、タメはオレの命を狙ってたのか」
そう言って、壁際に吹っ飛ばされたオヤジの腹から、服が破れ、防弾チョッキが二重に巻かれていたのが見えた。
「バカな男・・」
ミナミは、表情を変えずに、そう、うそぶくのだった。
劇終!
「はい、カー――トッ!!」
「おつかれです~~!!」
「おつかれさま~~~!!」
「チョコパフェ!全然甘くねーし!ミックスも何のミックスっすか?なんか青汁みたいだったんすけど、監督~?」(為朝)
「私の決め台詞、決まってましたよね~?」(ミナミ)
「防弾チョッキ、2枚とか、重すぎるんだよな」(オヤジ)
わいわいがやがや、これにて終了!
尚、この短編映画風のコマーシャルは人気を博し、次々と不三家のコマーシャルとしての続編(赤ちゃんに転生する為朝)が全国ネットで放映されました。
そして、ミナミ役の大烏つむぎさんは、これをキッカケにメジャーへと、のし上がっていきます。
また、十文字為朝役の
了
黒服にスイーツを! 風鈴 @taru_n
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