第7話 女の子
俺は紗々を見ていてひらめいた。これは神様が与えてくれたチャンスだ。僕は自分を殺しに行くんだ。家族のために。
「お母さん、僕はどこの病院に入院してるの?」
「〇〇病院」
「わかった!」
俺は無鉄砲だから、場所も聞かないまま家から飛び出した。
「紗々、待ってろよ。お前の苦しみを終わらせてやる」
俺は、歩きながら金物屋を見つけた。天井からネズミ捕りとかいろいろぶら下げているような、よくある個人商店だ。そこで一番安いナイフを買った。これで頸動脈を一刺しするつもりだ。それ以外で、致命傷を与えるのは難しい気がした。
しかし、俺は病院がどこにあるかわかっていない。家に一回戻って親に行き方を聞けばいいのに、なぜかできなかった。俺は会計をしてくれている店主に尋ねた。
「すいません。〇〇病院ってどこにあるんですか?」
「さあ・・・聞いたことないけどねぇ」
その人は変な顔をした。
「この辺にあるんじゃないんですか?」
「聞いたことないなぁ・・・そこ行くの?」
「はい・・・どうしよう。場所がわからない」
俺は途方に暮れた。
「電話帳で調べてみようか?」
「あ、ありがとうございます!」
何て気の利く人なんだ。俺は感心した。
小父さんは奥の住居スペースに行くと、タウンページを持って来た。それで、病院を片っ端から調べてくれた。でも、〇〇病院は見つからなかった。
俺は家に引き返すことにした。すると、今度は家に帰る道がわからない。俺はナイフを持ったまま歩き回る。けっこう歩いたから、周囲を見渡しても、知っている建物はない。何の変哲もない田舎の道でこれと言って特徴がない。そうだ。俺の通っていた小学校を聞いてみよう。
意を決してあるお店に入った。食品やお酒を売っているような小規模な個人商店だ。優しそうなおばさんが出て来た。お店の人に道に迷ったことを話すと、わざわざ地図で調べて〇〇小学校への道を教えてくれた。俺は30分くらい歩いた気がしたけど、1時間以上かかると心配された。
「まあ、お兄さん足丈夫そうだから、頑張って歩いてけば着くよ」
「ありがとうございました」
俺は何度もお礼を言って立ち去った。書いてもらった地図をもとに歩き出した。しかし、歩いても歩いても目印の郵便局が見当たらない。人があまりいないのだが、たまたま通りかかったおばさんに声を掛けた。
「すいません。郵便局って、この辺にありませんか?」
「ああ、この道を歩いて行くとあるよ」
でも、小学校とは全然別の方向に向かうことになる。俺は郵便局に行きたいわけじゃないのに。
「〇〇小学校知りませんか?」
「知らないねぇ・・・」
「え?」
俺は小学校に近付いているとばかり思っていた。大人なら、小学校の場所くらい知ってるだろう。
「交番ありませんか?」
「駅に行けばあるかなぁ・・・後はどこにあるかわからないよ。田舎だからね」
「駅、どっちですか?」
「この道をまっすぐ行って、消防署の角を曲がって・・・」
俺はそっちの方向から来たが、消防署はなかった。
俺は愕然とした。完全に迷子になっているのだ。会う人によって説明が違う。もう、それが夕日に染まっている。どうしよう。今晩泊る場所がない。次第に不安になった。もう、諦めて家に帰ろう。俺は振り出しに戻ることにした。
しかし、家の場所がまったくわからない。家にたどり着けないまま、辺りが暗くなって来た。
まっくらだ・・・。
どうしよう・・・。
俺は焦って歩き回ったが、やがて疲れて、公園のベンチに座った。公園は暗くて、街灯が1本あるだけだった。ものすごく腹が減っていたが、食べる物がない。空腹で腹が鳴った。
「お兄さん、道に迷ってるの?」
ふいに、セーラー服姿の女の子が声を掛けて来た。俺はギョッとして、声のする方を見上げた。その子はストレートの髪をしていて、ものすごくかわいい。どうしてこんなところにいるんだろう。女の子にとっては夜の公園は危ない。
「うん。ここ、どこか知ってる?」
「私もどこにいるか知らないの。ずっと道に迷ってるから」
「どういうこと?」
「道に迷ってたどり着けないの」
「俺もだ。君はどこに行こうとしてるの?」
「家」
「家の場所忘れたの?」
「忘れてないんだけど・・・どうしても辿り着けないの。この辺なんだけど」
「君・・・もしかして」
「え?」
「死んでるんじゃない?」
「え?まさか・・・」
「ごめん。余計なこと言ったかもしれない」
「身もふたもないこと言わないで」
「ねえ。一緒に行かない?」
俺はその子をナンパした。
「一緒に探してあげるよ」
「うん」
彼女はほっとしたようだった。俺たちは2人でベンチに座って色々な話をした。俺がカエンタケを食べて寝たきりになっていることも話した。すると、彼女も自殺未遂をしたと打ち明けた。
「手首を切ったの」
「俺たちもう死んでるんじゃないかな?これからどうする?」
「家を探す」
「そんなに家が好きなら何で死んだの?」
「家は嫌だけど、猫がいるの。私が小さい頃から飼ってて、唯一の友達」
「そっか・・・見つかるといいね。家」
「うん」
「今日、何日か知ってる?」
「知らない」
「君、何年生まれ?」
「1968年」
「え?」
「あなたは?」
「俺は1970年」
「今いくつ?」
「俺は18だけど」
「私は16歳。おかしくない?私の方が年上なのに」
「留年してるの?」
女の子はふふっと笑った。
「私たち死んでるのかもね」
「だろ?」
俺たちは真夜中まで話し続けた。取り敢えず日が昇ったら彼女の家を探す。見つかったら、次は俺が行く予定の病院を探すことにした。
しかし、俺たちは、毎日探し続けているのに、目的の場所にまだ辿り着いていない。いつまでも辿り着けないのに、探さずにはいられない。それが地獄というものなのかもしれない。俺はこうやって永遠に歩き続けるのだろう。俺たちはもう疲れ切っている。
迷子 連喜 @toushikibu
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