第4話 異次元
俺は再びあの山に行ってみたかった。多分、異空間への裂け目があって、俺はそこをすり抜けててしまったんだろうと思う。もう一度そこを通って元の世界に戻りたいが、今は一人で外出はできないし、前と違い自転車がない。行くとしたら相当時間がかかってしまう。その間に見つかって連れ戻されるのが落ちだろう。
俺はずっと、そう願い続けてきたが、それが叶ったのは、施設に入ってから8年目の高校を終えた時だった。俺は旧帝大に合格して、学費免除、寮費もただという条件で通うことが決まっていた。それでも、もう一度元の世界を見てみたいという欲求に突き動かされて、引っ越す前に1人で山に向かった。もう、戻れないのはわかっていたが、それでも自分の原点に立ち返りたかった。
山道を徒歩でグングン登る。すると、あの神社が見つかった。8年経ったから、寂れてさらにボロくなっていた。一応、掃除はされていて、草はむしってある。
俺は自分がキノコを探した辺りにたどり着くと、なつかしさに胸がいっぱいになった。孤独だった10歳の俺。あの時は人生に絶望していたが、あの後、俺は頑張って立派に大学生になったぞ。幼かった自分に教えてやりたい。人生に希望を持てと。大学を卒業したら、できれば大学院に進学したかった。俺はバイオテクノロジーの研究者になりたいんだ。それに、大学で彼女を作りたい。頭がよくて、きれいな子がいいなぁ・・・。今まで一度も彼女がいたことはないけど、有名大学に通っていたら、近くの女子大の学生がサークルに集まってくるらしい。
俺はそこにあったキノコを眺めた。触ると毒がある物もあるから、安易に手を出すべきじゃないが、そこには真っ赤なカエンタケが生えていた。子どもの頃、俺が探していたやつだ。はっとするほどに美しかった。
せっかく見つけたのに、今は殺したいほど憎い相手はいない。今住んでいる〇〇市には嫌いな奴が100人以上いるが、俺が引っ越したら、もう一生会わないからだ。
カエンタケは紅ショウガみたいな鮮やかな赤で、サンゴみたいな形をしている。手に取ってみたくなった。しかし、空気中に浮遊しているカエンタケの胞子ですらも毒を含んでいるというし、キノコの汁に触ると肌がただれてしまう。今は手袋もないし、素手で触ったらきっと皮膚が溶けてしまう。物欲しげに見ていたら、その鮮やかさに心を奪われていた。
そうだ。俺には殺したい相手がいるんだ。施設の連中全部だ・・・特に職員の小田原だ。あいつにはよく殴られた。あいつを殺して、少年院に入った方がましだと思ったことさえあった。
しかし、考えてみると奇妙だった。カエンタケの季節は初夏から秋なのに。今は3月だ。どうしてこんな季節外れの時期に珍しいキノコが生えているんだろうか。
俺は幻覚を見ているのかもしれない。俺は冷静になろうと努めた。おかしい。三月なのに夏のように蒸し暑い。気が付けばセミが鳴いている。さっきまで肌寒くて、コートを着て来なかったのを後悔していたのに、今は額に汗が滲んでいる。
もしかして、俺は・・・。そうだ。元の世界に戻ったんだ!
俺はそのことに気が付いて、歓喜の雄たけびを上げて山を走り下りた。
家に帰るぞ!そして、大学に受かったことを報告するんだ。親もびっくりするだろう。行方不明だった息子が立派に大きくなって、有名大学に合格したんだから。
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