第3話 目覚め

 俺は意識を失っていた。単に寝ていただけかもしれないが。


「おい!起きろ!」


 怒鳴り声と、急な一撃で目が覚めた。腹を思い切り蹴られて、俺はうめき声を上げた。


「お前、どっから来た!?御神酒を勝手に飲みやがって、子どものくせに」

「すみません。お腹が空いてたんで」

「家出でもして来たのか?」

「違うんです。家に帰ったら、家が無くなってて」

 俺はそれまであったことを、その人に正直に話した。


 その人は70近いおじいさんだった。キャップをかぶって、首にタオルを巻いてて、農家の人みたいだった。とてもじゃないけど、親身になってくれる感じではなかった。それでも俺は、わずかな可能性に賭けた。誰かが俺の家を見つけてくれるんじゃないか。俺は家に帰りたい。そう、強く願っていた。


 俺はそのおじいさんの白いトラックの荷台に自転車を積んでもらって、あっという間に山を降りた。途中、おじいさんが「飯食ってくか?」と聞いてくれて、「はい」と答えると、一軒の農家に寄った。外側に緑の生垣が回してあって、家は平屋で大きかった。


 俺は丸一日ぶりに食事にありつけた。おじいさんの奥さんは料理がうまくて、おかずや漬物やらが10種類くらい出て来た。俺は遠慮せずに腹一杯食べた。


「よっぽど腹が減ってたんだね。あんた、家はどこなのさ?」

「〇〇町です」

「結構、遠くから来たんだね。自転車で?」

「はい」

「何しに?」

「キノコを取りたくて」

「小学生で?」

「はい」

「松茸探してんのか?」

「いいえ」

「なんで?」

「食べられるキノコを採りたいなと思ったんで・・・」

「変わってるな」

「はい・・・」


 実は俺は給食や家のご飯に毒キノコを混ぜて、皆殺し計画を立てていたのだ。そんなことは言えないから、食べるキノコを採りに行ったふりをした。


 毒キノコの中で、一番すごいのは、カエンタケで、小指の先くらいの量を食べただけで死亡するという話だった。触っただけで皮膚炎を起こすらしい。俺は生物図鑑が好きで、そのキノコにずっと憧れていた。写真を見る限りは、まるで生物のようだったし、色鮮やかできれいだった。


 俺はその頃、クラスの同級生を恨んでいて、親のことも嫌いだった。毎日、心の中で何度も呪いの言葉を繰り返していた。しかし、そんなのは効果がない。毒を使って、クラスのやつらを全員皆殺しにして、自分も死ぬつもりだった。


 学校の同級生は、教室である出来事が起きた時、俺の失敗をからかい、みんなで笑った。その失敗を何か月も引っ張って笑っていた。そして、失敗にちなんだあだ名もつけられていた。簡単に言うと、俺は教室でうんこを漏らしてしまったのだ・・・。

 

 それに、両親はいつも怒鳴り合いの喧嘩をしていて、母にはお前のせいでお父さんと仲が悪くなったとなじられた。母はいつも俺を責め立てて、父は暴力を振るうから、どちらも嫌いだった。いっそ、両方一気に始末したかった。喧嘩の理由は、父の愛人問題だった。相手の女も知っていたが、別に美人でもないおばさんだった。父は会社を所有していたが、すっかり経営が傾いていて、俺の部活のウェアなんかもケチるほどだったのに、愛人には貢いで、さらに子どもまで産ませていた。


 あの家にまた帰るのか。あの学校に・・・。もう戻れなくてもいいや。

 俺はもうどうでもよくなっていた。


 俺はご飯をご馳走になった後で、警察に連れて行かれた。

「何か困ったことがあったら尋ねて来いよ」

 小父さんは言ってくれたが、連絡先は教えてくれなかった。

 俺は自分の名前や住所を警察に伝えたけど、俺はどうやらこの世に存在していなかったらしい。つまり、どういうことだろうか。俺は頭の中を整理した。フィクションなら、パラレルワールドに迷い込んでいるのだろうし、より現実的には、意識が混濁していて自分の名前を忘れているのかもしれない。確かめようがないから、どちらかわからなかった。ただ、俺は学校については詳細な記憶があったし、内部の様子はほぼ合っていた。俺はあの小学校に通っていたかもしれないが、誰も俺を知らなかった。それに、先生たちの名前がすべて違うなど、整合性が取れない点が多かった。


 しかも、俺に似た年恰好の子どもの捜索願は出ていないということだった。俺の両親は息子のことを探していなかったらしい。俺はそのまま施設に入れられた。


 はっきり言って施設は地獄だった。上級生からの陰湿ないじめがあり、施設職員たちは態度が悪く、俺たちを見下していた。ことあるごとに、「親に捨てられたんだ」と言われていた。それに、俺は施設の雰囲気になじめなかった。子どもたちは意地悪で腐っていた。さらに転校した中学でも馴染むのは無理だった。施設から通っているということで、最初からクラスのヒエラルキーの最下層になった。そんな環境で、どこにも逃げ場がなかった。


 食事にカエンタケをぶち込んで、生徒を皆殺してやりたかった。だが、学校が終わったら施設に帰らなくてはいけない。寄り道なんかしたら、施設の職員からのリンチが待っている。


 取り敢えず部活に入って時間を潰した。金がかからず、毎日練習があって、人間関係がまともなところ。色々考えて卓球部に入った。卓球部のいいところはラケットと球があれば何とかなるところだった。野球やサッカーほど練習はきつくない。

 でも、人間関係が苦手だったから、すぐに先輩に目をつけられてしまった。みんなが俺を叱り、ののしった。しかも、卓球初心者だったから、へっぴり腰でかなり不様な立ち姿だったと思う。俺が失敗すると、同級生を含めみんな笑うが、それでも部活は施設よりはましだった。


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