第17話 それぞれの決着(前)-3

「ずいぶんと饒舌に語っているが、そうなんでもうまくいくと思うなよ?」


 私とブリジットが話している中、背中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。ブリジットは彼の存在に気付くと、それまでとは違って少し不機嫌そうな表情を見せた。


「これはこれはユージンさん? お久しぶりで……。聞いてますよ、『牙』を抜かれて『犬』に成り下がったそうじゃないですか?」


 ブレイヴ・ピラーの傘下に入ったというユージン、ブリジットを睨みつける表情には近寄りがたい迫力があった。


「そうか、僕の周りをちょろちょろしてるやつは撒いたつもりだったけど、スガさんに張り付いていたわけか……。僕としたことが迂闊だったな」


「こっちはお前の顔をしっかり見ているからな。他の連中は多少の変装でごまかせるかもしれんが」


 ――そうか、ユージンはブリジットが私と会いたがっていたのを利用して、私の周囲を見張っていたのか。恐らくブレイヴ・ピラーの人間として……。


「僕を捕まえに来たんでしょうけど、いいんですか? 目の前でせっかく鞍替えした先のアジトが潰されちゃいますよ?」


 ブリジットはブレイヴ・ピラーの本部を顎で指すような仕草をして見せる。


「ずいぶんと『組織』に恨みをもっているようだから、お前に教えてやる。こっちも元は小さいとはいえ、組織の元締めをしていた身だからな」


「頭の中まで筋肉でできてそうな男に教わることなんてあるか疑問です」


 ブリジットはユージンを挑発している。近くの建物では暴動が起こりそうで、目の前には2人の男が一触即発で睨み合っている。この状況で私はなにをすればいいのか。


「ブリジット、たしかに組織は時として個人を蔑ろにする。だがな、個人で動くやつらには致命的な欠点がある」


「ほう……、頭の悪いユージンさんの講釈を聞きましょうか?」


 ユージンは、ひとつ小さく息を吐いた。


「説明するまでもない。すぐにわかるからよく見てろ?」


 ブリジットの表情が睨みつけるような顔に変わった。


「――なんだと?」


 ユージンの言葉の真意は、その後すぐに理解できた。


 ブレイヴ・ピラーに乗り込んでいった者たちが、このわずかな時間で外へ出てきているのだ。建物から次々と武器を手にして者たちが出て行く――、というよりは、明らかに逃げ出してきているのだ。


 その光景を目にしたブリジットは大きな舌打ちをした。


「なんで……、おかしい!? 中に大した戦力は残っていないはずだ!」


 剣士ギルドの入り口から侵入した者たちを追い立てるように3人の男が出てきた。その真ん中にいる巨体は私も知っている――、グロイツェル氏だ。


「忠義も責任もないやつらは目の前の恐怖から逃げ出す。それが個人の限界だ。ブリジット」


 ユージンは大きくはないが、よく通る低い声でそう言った。


「グロイツェル・ロウ……、『賢狼』がどうしてここに残っている?」


 グロイツェル氏は後の2人を入口の前の残してこちらへとやってきた。


「ユージンにスガワラさんを張らせたのは正解だったようだ」


「グロイツェル……、貴様がどうしてここにいる!? 橋の守りに行ったんじゃないのか!?」


 ブリジットの口調は明らかにいつものそれとは違っていた。彼が相当窮地に追い込まれているのが伝わってくる。


「貴様が『ブリジット』か……。貴様が我々に仇をなす存在ならこの好機を狙ってこないはずはない。マスター・シャネイラは私をまもの討伐隊に入れながらも個別で引き返す命令を下していた」


「ブレイヴ・ピラーに恨みあるやつらにとって『賢狼』は恐怖の象徴だ。少し前だったらこっちも逃げ出したくなるくらいにな」


 ブリジットの表情もまた、恐怖を目の当たりにした顔へと変貌していた。彼が私と同じような現代人なら、剣士ギルドの「三傑さんけつ」と言われる人間と渡り合う力はもっていないはずだ。


「貴様には聞きたいことがある。抵抗しないならここで斬りはしない」


 グロイツェル氏は一歩――、ブリジットの元へ歩み寄る。


「ふ…ふざけるな、偽善者どもが! 誰が貴様らなんかに捕まるか!」


 ブリジットは懐から小さなナイフを取り出した。


 あんなもので抵抗するつもりなのか、と私が思ったその時、彼はナイフを自らの体に突き立てていた。

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