第16話 橋上の決戦(後)-5

 アルコンブリッジの入り口に建てられたまもの討伐部隊の本営、巨大なテントの下で王国騎士団は物々しい雰囲気を漂わせている。ここにいる者たちは武器や鎧に傷ひとつなく、前線で戦っている者たちとは明らかに違っていた。


 トゥルーの後ろを追ってラナンキュラスは、ここを任されている騎士団長の元へと進んでいく。トゥルーは途中すれ違う騎士に敬礼を交わしながらも、足早に報告へと向かっていった。


 本営の最奥、鎧で身を包んだ剣士数名が囲む中心に騎士団長の席はあった。ここを任されている男はガナンといった。2メートルに届こうかという巨体で、歳は40代半ばくらいだろうか、きっちりと手入れされた口髭が特徴だった。


 ガナンはトゥルーの報告を聞きながら、彼が紹介した隣りにいるラナンキュラスに目をやった。


「あなたが噂に名高い『ローゼンバーグ卿』か……。このように可憐な方とは思っていなかったが、我々の要請に応じてくれたこと、深く感謝いたす」


 ラナンキュラスは大袈裟な仕草で深々と一礼をした。


「騎士団長! ラナンキュラスからひとつだけ問掛けたい旨があるそうなのですが、よろしいでしょうか?」


 ガナンはわずかに首を捻った後に、ラナンキュラスに目をやった。彼女は臆することなく彼の目を見つめている。


「聞こうではないか、ローゼンバーグ卿?」


「はい、ではひとつだけ。ボクが戦った後――、『後始末』はすべて王国の方が責任をもって行っていただけますか?」


 場は少しの間、静寂に包まれた。


「ふむ……。元より王国騎士団は、この戦いの全責任を負っている。多数のギルドやあなたのような方に応援を頼んではいるが、最後に責任をとるのが我々の務めでもある」


 この返答にラナンキュラスは、口元を緩めた。


「さすがは騎士団を統轄するお方です。今のお言葉でボクも思う存分、力を振るうことができます」


 彼女はそう言うと、再び大きく一礼をしてガナンに背を向けた。


「ローゼンバーグ卿! 装備類の準備を整えてあります。どうぞ、こちらへ!」


 騎士団に仕える女性がラナンキュラスに声をかけ、別の部屋へと案内していった。



「この服はお気に入りなので、汚さないようにしてくださいね?」



 彼女は今、戦場にいるとは思えないような台詞を笑顔で言いながら着ていたワンピースを女性に預けていた。



◆◆◆



「シャネイラ様! カレン様! ここは自分たちでなんとかもたせます! 後ろには9番隊も控えています! 一度下がって回復してください!」


 一度後退した私の部隊が戦線に復帰した。サージェはまものに腕を斬られたようだが、剣を握れる程度には回復しているようだ。


「おかえり、サージェ! さすがの私も腕が曲がらなくなってきたよ!」


 まものの数はどの程度減っているのか、前線では全体が把握しにくい。王国騎士団の旗振りに時折目をやっているが、少なくとも敵が退いていく気配はないようだ。


 これだけの時間、休まず戦い続けてもシャネイラの剣はまるで疲れを見せない。魔力に限界はあっても体力は底無しなのか。やっぱりこいつは剣士としての戦闘能力が桁違いだ。


「サージェ! 後方の魔法使いの様子はどうでしたか!?」


 シャネイラがサージェに問いかける。回復で下がる際に後方の状況を確認してくるようにと命令を受けていたのだ。


「はっ! 魔法部隊のほとんどは、一度魔力を使い切って回復を待っている状態にあります! 今後まとまった数の援護は望めないかもしれません!」


「王国の連中は援軍の要請をしてないのかい!? あいつらのお抱えや魔法ギルドにはまだまだ戦力が眠ってるだろうに!」


 襲い来るまものの刃を躱しながら私は叫んだ。私自身があとどの程度戦えるかわからない。シャネイラだってずっとこのまま戦い続けられる保証なんてないはずだ。


「他国との争いが無くなってから、王国騎士団も鈍っていますからね。あまり期待はできないでしょう」


 鎧と仮面をまものの血で真っ黒に染めたシャネイラは、無機質な声でそう言った。


『さすがにこのままだと……、もたない!』


 気を抜くとその場で倒れそうだった。


 シャネイラは言ってもきかない。


 私だけでも一度退いて回復するべきだろうか?


 戻ったサージェたちに少しの間、なんとか耐えてもらうか。



 ――その時、後方の部隊からどよめきの声が聞こえてきた。


 ずっと耳にしてきた断末魔や魔法の爆音とは違ったそれは――、この戦場で「異質な音」として耳に届いたのだ。



◆◆◆



「アレンビーさん、もういけそうですか!?」


 私は隣りを進むアレンビーさんに問いかけました。表情に疲労は見られますが、顔色はよくなっていました。ポーションの効果が出てきたのかもしれません。


「パララ・サルーン、あんたに遅れはとらないわよ! なんとか2発くらいはヴォルケーノ撃ってやるわよ!」


 後方で魔力の回復に専念している間に戦況に関する情報がいろいろと入ってきました。ブレイヴ・ピラーのシャネイラさんとカレンさんが先頭で踏ん張り、なんとか前線を維持している……。ですが、おふたりはこの戦いが始まってから一度も下がっていないというのです。


 たとえ「不死鳥」と「金獅子」であっても、この数のまもの相手に戦い続けるには限界があるはずです。私は一刻も早く戦いに復帰して、おふたりの援護をしたいと思いました。


 私とアレンビーさんが魔法部隊の前列に向かって走っていると、後ろから、騒めき……、どよめきが聞こえてきました。足の運びはそのままに私は後ろを振り返りました。

 すると、一頭の馬――、いいえ、騎兵が人を押し退けて迷わず前へと進んでいきます。


 騎兵が私たちを追い抜かした時、その馬の背にラナが乗っていることに気付きました。


「あれは、ラナ!?」


 私は思わず声を上げていました。


「私も見えたわ! あれはラナ様よね!?」


 アレンビーさんも確認するかのように私を見てそう言いました。


 ラナが、ローゼンバーグ卿が加勢に来てくれた!


 私は期待に胸を膨らませました。


 ですが、それはすぐに不安へと変わりました。


 たしかにラナの魔力は凄まじいもののはずです。


 それでも……、今の戦況は、たったひとりの魔法使いでどうこうできるレベルとは到底思えなかったからです。

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