第14話 発想の融合-6

 その日、私はラナさんと一緒に宿屋のゴードンさんを訪ねた。


「いやぁ、ラナちゃんもご一緒で暑い中ようこそお越しくださいました」


 ゴードンさんは外を歩いてきた私たちより暑そうにしている。エントランスの隅にある簡易な応接セットに案内され、水を入れたコップを持って彼はやってきた。


「お忙しいところすみません。いくつかご提案できる内容がまとまったのでお話に来た次第です」


 商談になるので、自分に気合を入れる意味も込めて私はスーツにネクタイを締めてきている。ただ、通気性があまりよくないので中でじわじわと汗をかいていた。


「こんなに早く妙案を思い付くなんてさすがですね! 相談した甲斐がありますよ」


「いいえ、それはしっかり集客――、もしくは利益として結果が出てからの話です」


 私は謙遜でもなく、本心でそう言った。結果がすべてとはまでは言わない。それでも「結果」が非常に大事であることに間違いはないのだ。



「ご提案は全部で3つあります。そのなかでなにを取り入れるかはゴードンさんにお任せしようと思います」


「わかりました。ぜひ聞かせて下さい」


 彼は汗を拭きながら身を乗り出してきた。


「はい。では、まず1つ目です。一度来てもらったお客様に割引券を3枚ほど配布してはいかがでしょうか?」


「ほう、割引券ですか……?」


「宿代をいくらか値引きするか、もしくは朝食の無料券とかでもいいかもしれません。もちろん一定の期間内しか使えないものにします。3枚渡すのはお客様からその知人へと紹介してもらうためです」


 これはありふれた方法だが効果的だろう。特にこうした宿を使うことが多い冒険家は、彼らの中にコミュニティがあると思う。そこに割引券が流通すれば利用者が増えると予想できる。


「そうか、これなら一度来たお客さんがまた来た際お得になりますし、お仲間を連れて来てくれるかもしれない、というわけですね?」


「仰る通りです。券を発行した枚数と回収した枚数、それにかかったコストと実際の集客数と利益を長期的に見ないといけませんが、長い目でみると効果は見込めると思います」


「すごいですね、なんというかスガさんは発想がワシなんかとは根本的に違っています」


 ゴードンさんは汗を流しながら何度も頷いていた。


「そんなことはありませんよ。私はこういう提案が本職なだけです。では、2つ目のお話をします。これは維持費や人件費とも相談になりますが、大浴場を宿泊客以外にも開放してはいかがでしょう?」


「先代がやってたお風呂屋をまたやるような感じですかね?」


「その通りです。あれだけ施設が充実していれば、それ単体で十分集客を見込めると思うのです」


「たしかにそれは考えたことあるんだよね。けど、お風呂屋さんは他にもあるし、どうなのかなぁって思ってて――」


「はい。ですので、3つ目の提案です。これは大浴場の開放とセットでの話なのですが……」


 私がここまで話たところでラナさんが「例の道具」を取り出した。


「スガさんの提案で、ここでアイスクリームを売ってはどうか? という話になったんです」


 ラナさんは通称「カエルさん」を軽く揺すりながらそう言った。


「アイスクリーム……? ああ、ラナちゃんとこで最近売ってるお菓子だよね? なんかとってもおいしいって評判を耳にしてるよ」


「はい。そのアイスクリームなのですが、お風呂上がりに食べるとまた格別のおいしさになるんです。火照った身体が中から冷やされる感覚は、他に代えがたい快感となります」


「へぇー、そんなになのかい?」


 彼はカエルさんと睨めっこしながら問いかけてきた。


「ふふ、とてもいい気持ちになりますよ。大袈裟ですけど『生きててよかった!』みたいな気分になりますから」


 ラナさんは笑顔でそう言った。


「大浴場とアイスクリームを合わせて提供すれば、冒険家の間でも話題になると思うのです。この近辺で同じようなサービスを提供しているところもありませんから」


「おもしろい取り組みだね。その『アイスクリーム』はラナちゃんとこで作ってるのを買い付けたらいいのかな?」


「そこなんですが……、酒場である程度作り貯めをしてはいます。ですが、消費量が多くなると作れる量にも限界があります。何分、道具がこれ1つしかありませんから」


「カエルさんは一度に大量に作れないんですよ」


「ゴードンさん、この道具の仕組み自体はそこまで複雑なものではありません。これの大きいものを造れそうな人に心当たりありませんか?」


 これを彼に聞いたのは、大浴場のお湯が魔鉱石を利用した炉を使って温めていたからだ。街中に路面電車も走っている世界でもある。私が元いた世界ほどではないにしろ、こうした機械仕掛けの道具を造っている人が必ずいるはずだ。


「うーん、そうだね……。浴場の施設を整備してくれる人がいるから、ひょっとしたら、できるかもしれないね?」


「一応、私でこの道具の構造を簡単な図におこしてみました。これを参考にもう少し大型のものが造れるようなら、すべてこの宿屋内で完結できるようになります」


「カエルさんの弟が造られるかもしれないんですね」


 ――この模様は多分描かれないと思うが……、そこにはふれないでおこう。


「わかりました。スガさんの提案、まずは割引券を配るところから始めてみます。お風呂屋に関しては先代……と言ってもワシの親父ですが、それに相談してみます。いろいろやり方を知ってると思いますから」


 ゴードンさんの表情は今まで見た顔より少し真剣な、商売人の顔つきになっていた。


「お風呂屋がうまくやれそうなら、その『アイスクリーム』の展開も併せてやってみようと思います。今度、施設の整備が来たらスガさんが書いてくれた図面を見せてみますよ。それでダメそうだったらラナちゃんとこからたくさん買います」


「今回の提案は決して、即効性があるものではありません。私もちょくちょく顔を出しますので、まずは割引券を手渡した枚数、それを刷るのにかかった費用、そして戻ってきた枚数をきっちり記録しましょう。そのうえで、集客と利益が上がっているようなら、その時に報酬をもらいます」


「ええっ!? 相談にのってもらってこんなにいろんな提案してもらったのに今は報酬いらないんですか?」


「はい。私の今の仕事は成功報酬でやっています。ですが、今回の案件は中長期的に見ないと実際に効果があったのかがわかりませんから」


「スガさんがそう言うなら……けど、なんか申し訳ないな」


 ゴードンさんは眉間に皺を寄せて両手を組み、しばらくの間うんうんと唸っていた。そして、急に目を見開いた。


「そうだ! 良いこと思い付きました!」




 ゴードンさんの宿屋からの帰り、ラナさんはとても機嫌が良さそうだった。なんとか酒場を開ける昼間の時間より前に終えられてよかった。


「ゴードンさんのとこ、早くお風呂屋さんもできるようになるといいですね?」


「はい。お話を聞く限りノウハウはすでにあると思いますので、コスト面で都合が付けばすぐにでも始めてくれるのではないでしょうか?」


「ふふっ、そうなったら楽しみですね」


「ええ、そうですね。楽しみです」


 ゴードンさんは今回の件で、相談料の代わりに、大浴場を開放できるようになったら私とラナさんはいつ来ても無料で入れてくれると言ってくれた。この提案には私もそうだが、ラナさんは目を輝かせて喜んでいた。

 帰り道、スキップをするように軽い足取りで歩いている。思えば、彼女とふたりだけで出歩く機会はこれまでほとんどなかった。


 近くの宿屋と酒場を結ぶ短い道のりが、私にはとても貴重に思えた。

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