第14話 発想の融合-5
「王国の……、『亡霊』ですか?」
夜道で不気味な単語を聞いたせいか、無意味に後ろを振り返ってしまった。「不死鳥」と「亡霊」――、死なないという意味では共通しているのか。
「シャネイラは私の剣の師匠でもあるけど、いろいろと謎がある……。一部の人間の中では有名なんだけど、記録上に残っている年齢と容姿がまったく合わないんだ」
「記録上の年齢ですか?」
「ああ、具体的に何歳かは知らないけど、シャネイラは元々、王国騎士団の剣士でね。今でこそ、この国は平和だけど何十年か前は隣国と戦ったりしていたのさ」
私は頷き、黙って話の続きを待った。
「細かい事情は別として、一番の理由は魔鉱石のとれる遺跡の奪い合いだね。今でも新しい遺跡が見つかったときの権利関係はけっこう揉めるって聞いてる」
なるほど、エネルギー資源の奪い合いと考えれば、穏やかな話ではないが、納得はできた。私がいた世界でもエネルギー資源を巡った戦争は決して珍しい話ではなかったからだ。
「お国の争いは王国騎士団が最前線に立つ。そこでシャネイラが戦っていた、という記録が残っているらしいよ? どんな激しい戦場でも必ず帰還し、傷を負っても次の戦いには必ず復帰している、その頃から『不死鳥』と呼ばれていたみたいだね」
剣の強さの程度は私にはわからない。しかし、剣士ギルドのトップに君臨し、カレンさんの師匠でもあるのだ。相当な実力者なのだろう。
「おかしいのはシャネイラが王騎士団として戦っていた記録の一番新しいものでも私が生まれる前の話なんだよね? そこから騎士団を抜けて、長い時間をかけて今のブレイヴ・ピラーを築いてる」
今の話だと、どれだけ若く見積もっても50代くらいにはなるはず。王国騎士団に所属していたときの年齢や、ギルド設立にかけた時間によってはもっと高齢になっていてもおかしくない。しかし、私が見た彼女の顔はどう見てもそんな歳ではなかった。
「この辺がどうなってるのかは全然わからないんだけどね……。要はシャネイラって『得体の知れないやつ』なんだ。王国でそれを知ってるやつらは気味悪がって亡霊と呼んでるよ。もちろん、あれの求心力や剣術は尊敬できるけどね?」
仮面の下を見ていなければ、組織の長として相応の年齢にある方なんだと納得できた。しかし、今の話で改めてこちらの理解をいろんな意味で超越している人だと思った。
「悪い悪い、話が横に逸れてしまったねぇ。今スガに渡した書類は、私が持ってるのの写しだからそっちで管理しておくれ」
カレンさんが話の軌道を修正したので、一旦シャネイラさんについては考えないようにしよう。
「わかりました。私もなにか気になる情報を掴んだらお伝えします」
「ああ、そうしてくれ。スガなら私じゃ気付けないことに気付いてくれるかもしれない。期待してるよ」
そうこう話をしているうちに私たちは最寄りの駅まで辿り着いた。駅が視界に入ったところで電車が近づいて来ているのが見えたので、ふたりで走って駅に――、そして電車に飛び込んだ。車内で私は息を整えるのに必死で、彼女とほとんど言葉を交わさなかった。
ひと駅は体感で5分とかかっていない、私は隣りの駅で電車を降りた。扉のところでカレンさんは穏やかな表情で軽く手を振っていた。それに軽い会釈で応えて宿屋へと向かう。
宿の部屋に戻ってから、先ほど預かった書類に目を通すかを考えた。ただ、こちらの世界の部屋の灯りは、蛍光灯やLED電球に比べるとずっと頼りないものだ。それに、万が一に置き忘れると大変なので、今日のところは鞄にしまった。
寝床に寝転がり、ぼんやりと天井を見上げた。今考えないといけないのはゴードンさんの宿屋への提案だ。カレンさんとの会話で思考が別のところにいってしまっていた。
ラナさんの事件のことやシャネイラさんのこと、ブリジットと交わした話も頭に浮かんできた。私は鞄から手帳を取り出し、白紙のページを開いた。顔をこれでもかと近づけてそこに簡単なメモ書きを残す。
私はメモを2つの意味合いで残すようにしている。
1つは大事なこと、忘れてはいけないことを振り返れるようにするためだ。これはきっと誰でも一緒だと思う。
もう1つは「忘れる」ためだ。正確には、そこを読めばいつでも思い出せるので、覚え続けている必要はない、と頭を安心させてあげる……。そのためにメモを残すようにしている。
ここの寝心地を確かめる意味でも、今日はもう休もうかな……。
私は頭をリセットする意味も込めて眠ることにした。
翌日、窓を開けると涼しい風が入り込んできた。外は晴れ渡っており、お昼に向かうとまた気温が上がるのを予感させた。私は部屋を出ていく準備を簡単に整え――、といっても荷物類はほとんど鞄に入れっぱなしだったので「準備」というほどすることはない。
私は1階に降りて昨日見た共同の食事の席へと向かった。すでに何人か朝食をとっている人がいたので、空いているところを探して腰を下ろす。すると、お盆にのせて朝食が運ばれてきた。
「お飲み物はおかわりできますので、お声かけ下さい」
従業員はそう言って一礼してから離れていった。朝食の内容は、ホットドッグに似たパンに切れ込みを入れて燻製のお肉を挟んだもの。生野菜のサラダもあり、飲み物は玄米茶のような香ばしい香りのする冷たいお茶だった。
パンはここで作っているのか、まだほんのり温かく切れ込みにバターが塗り込んであってとても美味しかった。
宿屋の朝食に過度の期待はしていなかった。だが、思った以上にしっかりしている、というのが正直な感想だ。贅沢を言うなら、満腹感を感じるための「甘いもの」がないくらいか……。
これを食べ終わったら、もう後はチェックアウトするだけだ。滞在時間の大半は睡眠時間だったわけだが、1泊しての感想は「シンプルでいい宿」という印象。
ゴードンさんの宿との比較でいうと、新しいがゆえの綺麗さや立地の条件で若干こちらに分があるといったところか。
ただ、いくつか思い付いた提案で彼の宿屋の集客を増やすのは十分可能だとも思った。
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