第14話 発想の融合-4
昼間の酒場の集客は落ち着いていた。いつも通り、日が沈んでしばらくしてから常連客が足を運んでくる。遅めの時間にカレンさんも顔を見せたので、宿屋の話にふれてみた。実際に宿に泊まった経験や女性ならではの意見が聞けないかと思ったからだ。
「それで――、隣りの駅近くの宿にスガが今部屋をとってるんだ?」
「はい、実際に泊ってみないとわからない部分も多いと思いまして」
彼女はお酒を一口飲んでから、こちらを見て話を続けた。
「ホントにスガの仕事熱心さには頭が下がるねぇ……。自分で泊りに行くとは恐れ入ったよ」
「それほどでもありません。体感しないと自信を持って提案ができないのと、自分が納得できないだけです」
「そういうとこ案外頑固なのかもしれないねぇ? グロイツェルみたいにはならないでおくれよ」
「頑固」か。ブリジットも私に対してそう言っていた。あまり自覚はないが、傍から見るとそうなのだろう。
「最近は減ったけど、以前はけっこう遠方に行くのが多かったからね。いろんな宿に泊ったことあるけど、そうだねぇ……」
カレンさんは軽く上を見上げながら、首を右に左に一度ずつ捻って、ビー玉のような目をぐりぐり動かしていた。
「たまーにすっごく汚い部屋とか、男女のスペースがきちんと分けられていないとことかあるから、そういうのは願い下げだけど、ゆっくり休めたらそれ以上に望むことはあまりないかな?」
なるほど、こちらの世界ではいわゆる「旅行」の感覚で遠方に出るのは少ないのだろう。ゆえに宿屋の役割はあくまで、安全に寝泊りできる場所、くらいであり、それ以上は求められていない印象だった。
「酒場閉めたら、その宿に行くんだよね? 私はもう1駅先に住んでるから途中まで一緒に行こうか? ちょっとスガと話したいこともあるしさ」
彼女が一瞬だけラナさんの方に視線をやったので、「話したいこと」の内容に見当がついた。
「わかりました。お店の仕事を終わらせてからになりますので、遅めの時間になりますけど大丈夫ですか?」
「気にしないよ、適当に時間潰して待ってるさ」
そう言って彼女はグラスに残っていたお酒を一気に飲み干して、おかわりを私に頼んだ。この辺はいつも通りのカレンさんだが、今日の彼女はいつもと少し違うところがあった。どこか忙しないというか――、酒場に新しいお客が入ってくるたびに気にしているような節がある。
頭に過ったのは先日ラナさんと話をしていた「トゥルーさん」という人物。その彼がやってくるのを待っているのかと思った。
時間は経ち、酒場の閉店が近づいてきた。結局、トゥルーさんは酒場に姿を見せなかった。
「スガさんはカレンと一緒に出られるんですよね? あとはボクとブルードさんでやりますよ」
「スガさん貸しにしとくからな! まぁ、しっかり宿屋の研究がんばってくれ」
ブルードさんは素手で喧嘩でもするかのように、手を鳴らした後に掃除を始めた。
「お二人ともありがとうございます! しっかり仕事で返しますね」
二人の気遣いもあって、想定していたより早く酒場を出ることができた。今日は夜になっても気温が高く、湿気の多い空気が漂っていた。私たちは最寄り駅までの夜道を並んで歩いた。
カレンさんは多くの場合、仕事が終わってから一度家に戻って、ここに来ているようで、今日は薄手の服を着ていた。それでも暑いのか、襟元を何度も浮かせていて、反射的に目を逸らした。
「湿気がすごいねぇ……。明日は雨でも降るかな」
「そうかもしれませんね」
私たちは少しの間、無言で歩いた。とても静かな夜で、たまたま蹴飛ばした石ころが転がる音すらよく響いて聞こえる。この沈黙を破ったのはカレンさんだった。
「ラナの両親の事件のこと、私から協力を頼んだのに大した情報の共有もしてなかったからね。私なりに調べた内容を書面にまとめてきたんだ。目を通しといておくれ」
彼女は30枚ほどの書類を紐で綴じたものを差し出してきた。ぱらぱらと捲ってみると細かく文章が綴られ、手書きの絵が記されているのも見えた。しかし、夜の暗さもあって中身をきちんとは把握できなかった。
「落ち着けるとこでゆっくり目を通しな? あと、くれぐれも誰かに見せたり無くしたりだけはしないようにね?」
「わかりました。私もいろいろ調べてみようとしているのですが、そう簡単にはいかないと痛感していたところです」
「シャネイラがスガに会ったって言ってたけどね? なんか聞いたりしたのかい?」
そういえば、初めて魔法闘技場に行った帰りにシャネイラさんと話したんだった。彼女とラナさんの不和に少なからず、この件が絡んでいると話していた。
「ラナさんとの関係の話を聞きました。まさかギルドマスターを務める人があんなに若い女性と知ってとても驚きましたよ?」
私は、シャネイラさんから聞いたラナさんの身の上を、自分の口から言いたくなかった。その時の彼女の境遇を想像すると辛くなるからだ。もっとも、これに関してはカレンさんにあえて説明するようなことではないはずだ。
「スガ……、シャネイラの顔を見たんだね?」
彼女の口調がわずかに厳しくなったのを感じた。
「えっ…と、はい。それなりに年齢を重ねている人だと思ってましたので、本当にびっくりしました」
カレンさんは隣りを歩く私の方を見ずに前を向いたままこう答えた。
「いいや……、スガの言うことは当たってる。シャネイラは『老兵』と言っても過言ではないくらいの年齢のはずだよ」
――そんなバカな。私が見た「あの顔」はどう見てもそんな歳ではなかった。
「『不死鳥』の名で通っているシャネイラだけど、王国内の一部では別の呼び名があってね……。それは――」
そこまで言ってから彼女は私に顔を向けて、先を続けた。
「王国の『亡霊』、さ」
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