◆第14話 発想の融合-1
「トゥルーが戻って来たって!?」
酒場にカレンさんの声が響いた。ラナさんとふたりでなにやら話をしている。
「うん、昨日ここを訪ねて来たわ。辺境からこっちの方に配置換えがあったと言ってたわよ」
「あの野郎……、ラナんとこに顔出しといて、私には挨拶なしか?」
「また営業中の時間に顔出すって言ってたから、近いうちに会えるわよ」
「ふーん……、トゥルーが帰って来たかぁ。2年ぶりくらいかねぇ?」
カレンさんは物思いにふけるように宙を見上げていた。
「ふふっ、カレンはそんなにトゥルー様が恋しいのかしら?」
ラナさんが珍しくカレンさんを茶化すように話しかける。
「ばっ……、バカ言うなって! 別に――、そんなんじゃないよ」
カレンさんはお酒を飲もうとグラスを手にして傾けたが、すでに空になっていた。珍しく照れを隠すような表情をして追加の注文をしている。
私はブルードさんからお酒を受け取るついでに少し尋ねてみた。
「『トゥルーさん』、というのはおふたりの知り合いの方なんでしょうか?」
「ああ、トゥルーならオレも知ってるよ。何年か前までこの辺に住んでた男でな。なんていうか――、ラナさんやカレンの兄貴みたいな感じのやつだよ」
なるほど、彼女たちふたりにそんな共通の知り合いがいるとは初耳だ。話から察するに、仕事の関係で遠方へ行っていたのが最近になって戻って来たといったところだろう。
カレンさんに新しいお酒のグラスを差し出すと、ラナさんから顔を背けるようにして飲み始めた。このとき、初めてカレンさんを年下の女性と感じたかもしれない。いつもは「お姉さん」のような雰囲気が漂っているが、今目の前にいる彼女は少女の面影があった。
翌日、お昼の時間帯に私宛のお客がひとり来店した。
このあたりで宿屋を経営しているゴードンさんだ。彼自身が飲みに来ることはそれほど多くないが、宿屋を訪れたお客が酒場を探していたら、ここをよく紹介してくれているそうだ。
逆にラナさんも冒険家で泊まるところを探している人がいると、ゴードンさんの宿を紹介している。持ちつ持たれつの関係だ。
彼は小さいハンカチで顔に吹き出した汗を拭きながらお店に入ってきた。今日の気温が高いのはある。しかし、なによりゴードンさんはとにかく巨体の人だ。ブルードさんの筋肉が残念な肉の方に変わってしまった感じである。
頭は完全にスキンヘッドで、細い目が特徴の人だ。なんというか、絵描き歌とかにして簡単に似顔絵を描けそうな人である。
「ふぅふぅ……いやぁ、今日も暑いね、ラナちゃん、スガさん?」
「あらあら、ゴードンさん。いらっしゃいませ。冷たいお水を出しますからどうぞおかけになってください」
彼は4人掛けのテーブル席の1つを引いて、どすんと腰を下ろした。一瞬、椅子が悲鳴を上げるのではないかと思った。
「いらっしゃいませ、ゴードンさん。宿屋はお休み――、ではないですよね?」
宿屋はほぼ無休で稼働している。もちろん従業員は交代制なのだろうが、主人のゴードンさんはほとんど宿屋にいるらしい。彼がお客としてここにやってくるのは本当に珍しい。
「いやぁ、今日はスガさんに相談があってね? お客さんを増やすなにか妙案がないかと思いまして」
ラナさんがグラスに氷をたくさん入れた水を持ってきた。彼は一言お礼を言うと一気に飲み干して氷も口に入れてがりがりと嚙み砕いている。そして、一時するとまた顔から汗がふき出してきた。
ラナさんは、一度カウンターに戻って大きめの水差しを満タンにしてから戻ってきた。
「宿屋のお客を増やす方法ですか……? 詳しくお話を聞かせてもらってもいいですか?」
私は彼の正面の席に座った。この辺りは体感で温度が2度くらい高くなっているような気がする。
「いやぁ、今経営に困ってるとかじゃないんだけど――、隣りの駅のあたりに新しい宿屋が建ったせいなのか、最近少しずつお客さんが減ってる気がしてね?」
なるほど、元々はあまり競争相手がいない環境だったのが、最近になってそれが現れたというわけか。いわゆる「販売」の話とはちょっと違うような気もするが、「サービスを売る」という意味では近い要素もある。
「ラナちゃんや他のご近所さんもワシの宿をよく紹介してくれているからね。とても助かっているんだけど、それもあって、あんまりお客さんを増やす努力をしてこなかったんだよね。競争相手ができたからがんばろう! と思ったのはいいけど、方法がわからなくて」
ゴードンさんは延々と汗を拭きながら話してくれた。水差しの水もものすごい勢いで減っている。ラナさんが一瞬こちらに目を合わせた後、水差しを見て、驚いた顔をしていた。
「お話はわかりました。なんとかやってみましょう!」
「おお、さすがスガさん! いやぁ、頼りにしてますよ」
宿屋のコンサルティングになるのだろうか。未経験ではあるが、やる前からできないとは言いたくない。成功報酬で引き受けているので、結果が伴わなければその時の話だと思った。
「よかったらスガさん、宿屋を見に行かれたらいかがですか? お昼の時間ならボクだけで大丈夫ですから?」
ラナさんがそう言ってくれて助かった。私もとりあえず現場を見てみたいと思ったからだ。
「ありがとうございます、ラナさん。それではお言葉に甘えさせていただきます」
「おお、スガさん、うちを見に来てくれるんですね。それでは早速ご案内しましょうかね」
そう言ってゴードンさんはテーブルに両手をついてゆっくりと立ち上がった。今度はテーブルが悲鳴を上げそうに見える。気のせいか、ミシミシと軋む音が聞こえたような感じもした。
こうして私とゴードンさんは酒場を出て、彼の経営する宿屋に向かった。外の日差し強烈で気温も高く、私に元いた世界の「夏」を思い出させた。
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