第13話 すれ違いの二人-7

「魔法使い……? 私が?」


 意味がさっぱりわからなかった。30歳過ぎて童貞だったら――、とか現代の都市伝説まがいの話をラナさんがするわけない。それに、私はまだそんな歳でもない。


 この世界で私にとってもっとも縁が遠そうな「魔法」を実は使えるというのか?


 ラナさんはカウンターの席をひとつ引いた。どうやら私にそこへ座れ、ということらしい。今ひとつ話がわからないがとりあえず彼女の話を聞こうと思った。


「突然ごめんなさい。でも、どうしても気になってしまって――」


 ラナさんは席に座った私の正面にまわって話し始めた。


「さっきボクが『お腹空いてませんか?』と3度言いましたよね?」


「はい、3回聞きました」


「その3回、実は全部違う言語で話してるんです」


「え?」


 言ってる意味がまだよくわからない。私にはたしかに全部同じように聞こえた。


「ボクは仕事柄、いくつかの言語を話すことができます。初めてスガさんの身の上を聞いたとき、異国から来たのにこちらの言語を話せてすごい人だな、と思っていました」



 彼女の話には違和感しかなかった。言語もなにも、今この瞬間も「日本語」を話しているではないか。


「ですが、先日、あの『カエルさん』を持ち込まれたお客様と話しているとき、おかしいなと思ったんです」


「コーグさん、ですよね? 彼も同じ言語を話していました」


 ラナさんは小さく首を横に振った。


「いいえ、彼の言語はボクたちが普段使う言語とは異なります。ですから、ブルードさんも異国の方と普通に話せるスガさんに驚いていました」


 あのとき、ブルードさんが妙な反応で「すごい」と言っていたのはそれだったのか。



「おそらく、カエルさんのお客様はいろんな国を放浪している方なんだと思います。こちらの言語も多少話せるのでしょうが、一番得意な言語はきっとこことは異なる国のものです」


 そういえば、初めて会ったとき、表の看板を見てぶつぶつと独り言を言っていた。あれは、看板の文字を読んでいたのだろう。得意な言語ではないから理解するのに苦労していたのか。


「つまり、スガさんが無意識に話した言葉はボクにも、他の国の人にも『その人が理解できる言語』になって伝わっているんです。逆にボクたちが話した言葉はスガさんが理解できる言語に変わっているんだと思います」


 ラナさんの言いたいことは理解できた。


 つまり、自動通訳と自動翻訳がタイムラグ無しで常に作動しているというのか。それも、発する言葉だけでなく、書く文字に対しても……。



 今の話でブリジットとの話の疑問もひとつ腑に落ちた。彼が言語に苦労した、と言ったのは、やはりこの世界の言語は日本語ではなく、まったく別のなにかなのだ。


 だが、私にはそれが「日本語」になって聞こえていた。


「ええと、その……話は理解できました。ですが、それは『魔法』なんですか?」


「非常に珍しいとは思います。ですが、実は以前からわずかにスガさんから精霊の気配を感じてはいました。あまり一般的ではありませんが、精神エネルギーがとても強い方に対して、その人が欲する力を与える精霊が存在します。きっとスガさんは、『話をしたい』という強い願望があったんだと思います。精霊がそれに応えたんですね」


 たしかに、この世界に来て最初に願ったのは「話したい」ということだ。


 だが、それが魔法だというのなら、他の魔法同様に精神エネルギーとの交換で発動するのでは?


 会話のたびに魔法を使っていたら、それこそすぐにMP切れになってしまう。


 ラナさんにそれについて尋ねてみた。


「これはボクの予想ですが――、きっとスガさんの精神エネルギーは桁外れなんだと思います。それこそボクなんかを遥かに上回るくらいに、です。ですが、そのエネルギーは『言語の魔法』にのみ消費されているんではないでしょうか?」


 つまりあれか。ステータスでMPは無限大だが、使える魔法がひとつもない、という設定ミスみたいなキャラクターに私はなっているというわけか。


「話そうか迷ったのですが、他の人に尋ねられる前に伝えるべきだと思いまして。それに、その力はすごい才能なんですよ?」


「ありがとうございます、ラナさん。私も実はいくつか疑問に思っていたことがあったのですが、今のですっきりしました」


 私は笑顔を保ちながら何度もラナさんにお礼を言った。その話の延長で少し世間話をして、この場を過ごした。

 しかし、内心とても気持ち悪い気分になっていた。疑問に思いつつも、考えないようにしていた「あること」の答えが出たからだ。



 それは「黒の遺跡」へ入ったときのこと。


 私はあの中で誰よりも早くカレンさんの居場所を突き止めた。


 サージェ氏が「カレン様の声がしたというのかっ!?」と叫んだので、その場の勢いでうやむやにしてしまったが、私はカレンさんの声を聞いてはいない。


 別の「なにか」が、道の奥にいる女性について話しているのを聞いたんだ。それがカレンさんの居場所だと思った。つまり、あの声の正体は「まものの声」。


 あの黒い人型の生き物は意思の疎通をしている。私は彼らの言語を日本語に翻訳して聞いたのだ。



 これはラナさんに話さなかった。


 こちらの世界での「まもの」は意思疎通なんてできないただの怪物みたいな扱いのはずだ。そうでなければ、あんな簡単に剣で斬ったり、魔法を放ったりして殺してしまうはずがない。

 だが、ひょっとしたら私たち人間と非常に近い存在の可能性もあると思った。そう思えば思うほど、あの遺跡での出来事すべてが気持ち悪い記憶としてよみがえってくる。


 お腹は減っていたが、とてもなにかを口にできる気分ではなかった。

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