第14話 発想の融合-2

 ゴードンさんの経営する宿屋は、一見すると洋風建築の小さいマンションのようだった。2階建てで客室の数は8つと説明してくれた。外観もそうだが、内装もそれなりに年季が入っているようで、壁には何度も補修した跡が散見された。


「中央や大きいギルドのあるとこからは離れているから、たくさんお客さんが来るってわけじゃないんだけど、長年ここでやってきてるんだよ」


 宿の説明をしながら建物を眺めるゴードンさんの目は、まるで我が子を見守る親のようだ。2階に上がって、空いている部屋の内装をひとつ見せてもらった。

 私の感覚で言うと「ビジネスホテル」に近いイメージだ。寝床や机、お手洗いに収納スペースなど最低限が準備されており、広さは8畳くらいに思えた。


「お客さんは冒険家さんとか行商人、旅人とかが多いね。時々、どこかの騎士団の小隊が団体で借りていくこともあるかなぁ……」


 見せてもらった部屋は、年季こそ入っているものの清掃が行き届いて特に問題は無さそうに思った。


「浴場は部屋に備えていないんですか?」


「ああ、うちは1階に大浴場があってそこを共同で使ってもらってます。実は元々ここ、お風呂屋さんだったんですよ。そこに後から宿屋を設けたんです。先代の話ですけどね」


 なるほど――、大浴場があるのなら温泉施設みたいな活用方法もあるかもしれない。


「今使っている人がいないようでしたら、大浴場を見せてもらえますか?」


「構いませんよ。この時間はお湯を抜いてますからね」



 1階に戻り、大浴場を見学させてもらう。中はいかにも大衆が使う銭湯といった感じだった。天然の温泉が出ているわけではなく、生活で使う水を専用の魔鉱石の炉で温めているようだ。


「お客様の食事はどうされてるんですか?」


「お食事は、朝だけ希望があればお出ししてますね。特別豪勢なものではありませんが、それなりに好評いただいておりますよ」


 ゴードンさんに宿屋のあらゆる場所を案内してもらった。彼はどの施設もとても楽しそうに説明してくれた。きっとこの宿屋をとても気に入っているのだろう。ただ、かなり歩き回ったせいか、大粒の汗をぽたぽたと落としていた。



 一通り案内してもらった結果、お客を増やすための妙案がぱっと浮かんでくることはなかった。ゴードンさんが今、経営に困っているわけではないと言っていたように、どこかが悪いというのではないのだろう。ただ、近隣に競争相手ができたため、なにかしらの「売り」がほしいのだ。


 これは「改善」とかではなく、「追加」の要素が必要そうだ。私は宿屋の1階と2階の大体の見取り図を紙に書いてもらった。


「今日は一旦これを持ち帰らせてください。近日中に必ず新しい提案を持った上でお訪ねします」


「いやぁ、こちらこそ付き合ってもらってありがとうございます。スガさんの腕に期待しています」


 彼は終始、汗を拭きながら宿屋を出ていく私を見送ってくれた。酒場までの帰りの道中、もらった見取り図を眺めながら、私は新しく提供できるサービスがないかを考えていた。




 酒場に戻ってくると、ラナさんが「カエルさん」ことアイスクリームメーカーを振り回していた。私からは半魚人に見える顔が右に左に踊っている。


「スガさん、おかえりなさい」


「ただいま戻りました。ラナさん、それ私が代わりますよ?」


「そうですか? ありがとうございます。思ったより大変ですね、これ」


 私は彼女から、しなる棒の部分を受け取って続きで振り回した。


「容器の部分を詰めすぎるとけっこう重たくなりますからね。ある程度作って貯めておきたいものですが、都度作るときは分量を考えないといけません」


 容器を振り回すの自体これはこれで楽しいのだが、「効率」という意味ではあまりよくない。ただ振り回すだけなら簡単な道具をつくれないものか。


「ちょっとなら大丈夫ですけど、たくさん作るのは大変かもしれませんね。お客さんがいないとき、つくって貯めてはいるんですけど……」


 一応、こちらの世界にも冷凍庫に近いものがあるので、アイスクリームの作り置きができた。

 本来なら氷を売りに来る人がいて、それを買って数日ごとに交換して保存するのだが、おそらくラナさんは魔法で氷をつくっていると思われる。最初は気付かなかったが、氷を買っている姿を一度も見たことがないのだ。


「外暑かったですよね? スガさん、せっかくですからこのアイスクリーム、一緒に召し上がりませんか?」


「いいんですか? 実は食べたいと思っていたところなんです」


 これはここで働く「職権」だ。アイスクリーム自体はそれほど高額で売っているわけではないが、とても得した気分になる。


 私は少しの間だけ、お客が来ないことを祈っていた。

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