第12話 怪物の器-6

「2,000ゴールドで売れたのかっ!?」



 契約を交わしてから3日後、コーグさんは約束通りに酒場を訪れていた。


「あの水筒の代わりにしかならなそうなものをよく2,000ゴールドも出して買ってくれる人がいたもんだな?」


「調べた結果、それなりに利益を生み出せる商品だとわかりました。買った人もずいぶんと気に入っている様子です」


「そうか……。ところで、今日はあの麗しい女店主殿はいないのか?」


 コーグさんの様子が先ほどから妙に忙しないのはそれが理由か。ラナさんを探していたんだな。


「今日は酒場がお休みの日でして――、今は外出しております」


「ちょっと待て! 休みの日にスガワラさんはなぜここにいる? まさか! あの麗しい方の……」


「ご心配なく。そのような関係ではありません。住み込みで働かせてもらっているだけです」


 コーグさんは本当に安堵したように胸をなでおろした。あまりこの人をラナさんと会わせたくないな。


「おっと、報酬はたしか半分だったな。1,000ゴールドでもガラクタがお金になったと思えばいい儲けだ。これで今の宿代が払える」


 ――宿代? この人、いろんな意味で大丈夫なのか?



「『黒の遺跡』に駆り出されていた調査隊が戻ってきているようでな。討伐や護衛の依頼もまた戻ってくるだろう。これで次の仕事までのつなぎにはなるはずだ」



 彼は1,000ゴールドを受け取って満足気に何度も頷いていた。


「遺跡で見つけたよくわからんものがまだまだいっぱいあるんだがな。また売ってもらってもいいか?」


「もちろん引き受けますよ。ただし、期限は先に提示してくれると助かります」


 コーグさんは期日の件は笑ってごまかしていた。そして、早々に店を出ていこうとする。


「コーグさんが置いていった、なにに使うものだったか気にならないんですか?」


「うん? そうだな……。オレにとってはお金に変わってくれれば後のことは気にならん。今の持ち主が気に入っているというなら尚更だ」


 そう言って彼は最後に「女店主殿にもよろしく!」と叫んで店を出ていった。なんというか、嵐のような人だな。



「スガさん……。あんたって実はけっこうすごいんだな?」



 厨房の奥にいたブルードさんが顔を出してそう言った。


 すごい……?


 なにかそんなにすごいことをしただろうか。



「マホウビンの件ですか? あれは偶然、似たものを以前に見たことがあったんです。そういう意味では運がよかったですね」


「ええと……、そこじゃないんだが、まぁいいか」


 ブルードさんの反応はどうもすっきりしない感じだ。



「ただいま戻りました。いろいろと買ってきましたよ! スガさん」


 店の扉を開けてラナさんが帰って来た。紙袋をいくつかぶら下げている。


「すみません、ラナさん。本来なら私が買い物に行くべきなのですが――」


「かまいませんよ? お客様との約束があったわけですからね」


 彼女は紙袋をカウンターに置いて、左手で額の汗を拭うような仕草を見せた。今日も外の気温は高いようだ。




 ――これは昨日のできごと。


 ラナさんと、お店に来ていたパララさん、アレンビーさんはお皿に盛られた「白い物体」を見つめている。



「初めて見るものですね……?」


「はっ…はい、けど、なんか美味しそうに見えますよ!」


「ラナ様! 私、先にいただいてみます! 万が一に不味かったら大変ですから!」


 アレンビーさんは毒見役みたいな言い方をしていた。そして、彼女は誰よりも先にスプーンを滑り込ませて、「それ」を口に運ぶ。


 ラナさんとパララさんは、アレンビーさんの顔を固唾を飲んで見守っている。ふたりとも睨めっこをするのかというくらいに顔を寄せていた。

 アレンビーさんは、口の中のものを吟味するように顔をしかめていた。しかし、数秒後にその顔は驚くほど緩んだ表情に変わる。



「はあぁん……。ちょっと、なにこれっ!」



 一瞬、アレンビーさんがものすごく色っぽい声を出してぞくっとした。



「甘い! 美味しい! それになんていうか……、すっごく体の中から冷やされる感じが気持ちいい! なんなのこれ!?」



 彼女の感想を最後まで聞き終えて、ラナさんもパララさんも一緒に頷いて、「それ」を口に運ぶ。


「っ!? なっ…なんですか、この幸せな甘さと冷たさは!」

「本当に……、すごく美味しいですよ? なんですか、これ?」


 女性陣が揃って幸せな表情になって、私は満足していた。これだけで十分お腹いっぱいになった気がする。


「えっと……、私が住んでいたところでは『アイスクリーム』と呼んでいました」


 正確には「シャーベット」に近いものなのだが、細かい説明は不要だろう。


 マホウビンの正体、それは「アイスクリームメーカー」だ。



 容器の中にある巾着袋に牛乳や砂糖といったアイスクリームの材料を入れて密封する。容器にそれを戻した後、今度は容器そのものの中に氷と塩を入れて、中が飛び出ないよう蓋を閉める。あとは、あのしなる棒の部分を持って思いっきり振り回す。それを一定時間続けると、巾着袋の中でアイスクリームができ上がっているのだ。


 ずっと以前に、友人と牧場見学に行ったとき、これと似たものを見かけていた。もっとも、そこでは材料を入れた容器を馬の首にぶら下げて、乗馬体験が終わった頃にはアイスクリームができ上がっている、という感じだった。


 そういえば、こちらの世界に来てから「デザート」にそれほどふれていなかった。元々、スイーツ男子でもないので、そこまで興味が向かなかったようだ。

 何はともあれ、なんとかマホウビンの用途が判明したので、あとはこれを今日中に売ってしまえば依頼をこなしたことになる。


 その点、この用途はありがたく、売り込みに行くところの目星はいくつも付いた。材料さえあれば、実演でアイスクリームを試食してもらえるので、価格設定を間違わなければ売れるはずだ。

 私がこうした売りに行く算段を立てていると、ラナさんから声をかけられた。


「あの……、スガさん。これ、ボクが買ってはダメでしょうか?」


「ラナさんが……、ですか?」


 私は少し考えた。


 仮に価格を100ゴールドとする。半分はコーグさんへ、つまり50ゴールド彼にいって、残り50ゴールドが私の手元に残る。ただ、ここでの販売利益の半分は元々ラナさんに渡す約束なので、手元に残るのは25ゴールド。買い取ったラナさんに25ゴールドが返ってくるわけだ。


「むずかしく考えなくていいですよ? ボクが買い取った額をそのままお客様とスガさんで割ってもらえたら大丈夫です」


「ですが、看板を出させてもらってる以上、利益の半分はラナさんにお支払いするのが約束ですので……」


 私が言い終える前にラナさんはいつもの笑顔を見せてそれを制した。口元が緩いUの字を描いている。


「そこはスガさんのものにしてもらって大丈夫です。その代わり、ちょっとだけ協力してもらえませんか?」




――そして、今日。


 休みの日にも関わらずブルードさんに来てもらっているのは、アイスクリームのレシピ開発のためだ。私がその場でつくったものでもそれなりの味にはなったが、ラナさんはこれをお店のメニューとして出したいそうだ。


 そのため、材料や分量をしっかりと記録することにした。多少のフレーバーを加えてもいいかもしれない。あとは、アイスクリーム自体の価格設定も頼まれている。この流れがあって私は、マホウビンに2,000ゴールドという価格を付けてラナさんに手渡したのだ。


 減価償却を逆転させるような考え方で、アイスクリームの販売単価と利益を考えて、そこから適正なマホウビンの価格を設定する。酒場でアイスクリームがそれなりに売れれば、すぐに利益の回収ができるはずだ。


 そして、先日の女性陣の反応からほぼ間違いなくと私は思った。



「しかし、ラナさん。さっきのお客さんとのやりとり聞いてたんだけど、スガさんてすごいんだな?」


「ええ、実はボクも今まで気付かなかった、というか、気付く機会がなかったんですけど……、ちょっとびっくりしましたよ?」



 ラナさんとブルードさんがなにやら私について話をしているのが聞こえる。今回、私はそんなにすごいことをしただろうか? たしかにお店のメニューに新しいものを加えるという、ここに直接関与した結果は初めてだったので目を引いたのかもしれない。


 カウンターに準備されたマホウビンの顔を見て、実はラナさん、この「カエルさん」を引き取りたかったから提案してきたのかも――、と思った。

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