第12話 怪物の器-5

 マホウビンは謎の物体のまま、コーグさんがやってくる前日になってしまった。もっとも、彼が去り際に一方的に告げた条件なので、3日で売れなくても文句を言われる筋合いはないのだが……。



「カエルさーん、あなたはなにをする道具なんですか?」


 ラナさんはカウンターに置かれたマホウビンを指で突きながら話しかけている。絶対あの半魚人の顔を気に入っている。



 あれからいろいろと試してはみた。まず、まさかの見た目通りで「提灯」かと思って光を入れてみた。日の光を通してみたがどこからも出てくる気配はなかった。


 目から光線が発射されたりしないかとわずかに期待していたのだが……。


 実は鉢植えの類ではないかと思って土を入れてみたりもした。ただ、水が出ていくところがないため、ここに種や苗を入れても腐らせてしまうだろう。

 実は、この道具はここにはない別の道具と組み合わせて使うものではないかと思ったりもした。2つで1つの道具の片方だけをコーグさんが持ち帰ったとか……。



 これに関しては、今日中に売れなかったら明日彼に尋ねてみようと思った。だが、どうにも気になるのが私の記憶の片隅にこれと近い「なにか」が引っかかっていることだ。


 常日頃から目にしていたものではないのだろうが、現代でこれに近いものを目にしている気がしてならない。こちらの世界でいろんな道具にふれたり、人の話を聞いているうちに思い出すかと思ったが、なかなかそうもいかないようだ。



 時間はお昼時より少し前、そろそろお店を開けようかとラナさんと話していたときに酒場の入り口に人影が見えた。見覚えのある三角帽子のシルエットだ。



「あっ…あ、あの…こんにちは!」


「あらあら。パララ……、いらっしゃい」



 やはり、あのシルエットはパララさんだった。目印の帽子を降ろして店の中に入ってきた。


「おっ…お店まだの時間ですよね? は、早く来すぎちゃいました」


「かまいませんよ、今日はお食事かしら?」


「えっ…と、その、今日は…紹介したい人…というか、ラナ…に会ってほしい人がいまして――」


 ラナさんは軽く首を捻って私の方に視線を向けた。私も特に心当たりがなかったので疑問の表情を返す。



 パララさんは一旦外に出ると、店の前で軽く問答をした後に、ひとりの女性を連れて改めて入ってきた。彼女の横に立っているのは、魔法闘技で見たアレンビー……さん、だった。


 ラナさんは彼女の元へ歩み寄って、笑って挨拶をした。



「『知恵の結晶』のアレンビーさんですよね? ボクはラナと言います。先日の魔法闘技、観戦させてもらいましたよ。素晴らしい闘いでしたね」


「あ……あの、あのあの! あなたがローゼンバーグ卿であらせられ、せられますかっ!!?」



 酒場の中は一瞬、時が止まったようになった。アレンビーさんは人生で初めて面接試験を受ける人みたいに緊張した様子で、妙に上擦った……、それも大音量で話し始めた。


 魔法使いってこんな人ばっかりなのか?



「わ…わたわた、私はアレンビー・ラドクリフ…と申します! わっ私の試合を見て頂けたなんて…こ、こっ! 光栄の…極みですっ!!」



「あっ…あの、アレンビーさん、私が言うのもあれですが…もうちょっと落ち着いて話して大丈夫だと思います」


 まさかパララさんが、落ち着かせる側にまわる展開があるとは思わなかった。


「ちょっと、パララ・サルーン! なんであんたは普通でいられるのよ!? ローゼンバーグ卿が目の前にいるのよ!? 私たち、いや全魔法使いにとって『神様』みたいな人よ!」


 ラナさんはアレンビーさんの真正面に立つと、彼女の右手を両手で包み込むように握ってから目を見据えて話した。


「『神様』なんて大層なものじゃないですよ? 今はただの酒場の店主ですから。けど、ボクに会いに来てくれたのならうれしいですね」


 アレンビーさんはラナさんと目を合わせた後、天を仰いで足元がふらつき始めた。


「だっ…ダメです、ラナ! 今のアレンビーさんにはちょっと…まだ、刺激が強すぎます!」


「えっと……、あらあら?」


 ラナさんが手を離すとアレンビーさんはその場に倒れそうになった。パララさんが慌てて近くにあった椅子を後ろから滑り込ませて、まるで力尽きたようにそこに座るかたちとなる。



 そこから数分間、まるで熱々のスープが飲めるのを待つように私たちはアレンビーさんが平静に戻るのを待った。



「……取り乱して申し訳ございませんでした。まさかあのローゼンバーグ卿にこの手で触れることになるなんて……。もうこの手、洗わない方がいいかしら?」



 なんかアイドルの握手会を終えた熱狂的ファンみたいなことを口走っている。パララさんの話だと、普段の彼女はもっとクールな人らしい。


 パララさんとアレンビーさんは元々、魔法学校の同級生のようだが、交流をもつようになったのは魔法闘技の後から、と話してくれた。お互い全力で戦って気持ちが通じ合ったのかもしれない。


 彼女たちふたりの会話の中で、パララさんがローゼンバーグ卿――、すなわちラナさんと知り合いだとふれたことで、アレンビーさんが「会いたい!」となったそうだ。ラナさんの存在は、野球少年が憧れのメジャーリーガーに出会うようなものなのだろう。


「ボクのことは『ラナ』と呼んでください。パララもそうしてます。それに慣れてますし、魔法使いの肩書を今はもっていませんから」


「そっ…そんな、せっせめて…その『ラナ様』と呼ばせてください。あぁ…ダメ、またなんか頭がくらくらしてきたかも……」


「あっ…あの、ラナ。冷たいお水をもらえたりしませんか?」


「そうですね。氷をたくさん入れて持ってきますね」


 頭の天辺から湯気が出てきそうなほどアレンビーさんの顔は赤くなっていた。パララさんの話もそうだが、魔法闘技で遠目に見たときも、なんとなくだがクールな印象を受けたので、今の姿はずいぶんイメージと違って見える。


 これは、水を飲むよりも氷嚢ひょうのうでもつくってあげた方がいいのではないだろうか。


 ――氷嚢……?



「思い出したっ!!」



 私の頭に一瞬、電撃が走ったような気がした。ついに、やっと……、思い出した。


 私が突然席を立って叫ぶので、アレンビーさんを含めた女性3人が何事かと見つめている。今度は私が興奮状態になってしまった。


 わかったぞ。「マホウビン」の正体が!

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