第12話 怪物の器-4
「なんだい、これ? おかしな顔だねぇ」
「遺跡で見つかったんだって? こんなのはオレも初めて見るぞ」
夜の酒場、まずはカレンさんにマホウビンを見てもらった。彼女は半魚人と睨めっこして一通り笑った後は、わからないと言うだけだった。
続いて、武器屋のハンスさん。彼には少し期待をしていた。以前の大剣の時の話から、遺跡から発見された商品に詳しいのでは、と思っていたからだ。だが、残念ながらその宛ても外れてしまう。
「中の袋は関係ないんじゃないかい? 棒がしなるのもよくわかんないけど、単なる丈夫な容器にしか見えないけどねぇ」
たしかに、中の巾着袋はしっかりと密封できて、これはこれで使い道がありそうだ。実は袋と容器はまったくの別物で、なにかの偶然で一緒になってしまっただけ、というのも考えられるのか?
「いやいや、それにしては納まりが良すぎやしないか? やっぱりこの袋はこの顔の中にあるのが正解なんじゃないのか?」
ハンスさんがそれに反論する。たしかに彼の意見ももっともだ。あまりにちょうどいい大きさで納まっているので、やはり一組で考えるべきなのか。難しい……。
「元々はその変な顔の脳みそでも詰まってたのかねぇ? くっくっく」
「もうカレン……、スガさんは真剣なんですよ?」
酒場の夜はいつも通りの賑やかで楽しい時間が流れていた。私は右に左に駆けまわりながら注文を受けて、お皿を運んでと繰り返していた。忙しいが、この時間はとても幸せでもある。
そして、何事もなく閉店の時間を迎える。結局、マホウビンに関しては進展が見られないままだ。
「うーん……、結局このカエルさんの正体はわからないままですね?」
マホウビンはラナさんの中では「カエル」になったらしい。テーブルに置かれたマホウビンを見ながら私は心の中で問いかけていた。
『お前はなんのために生まれてきたんだ?』
翌日、私はマホウビンを持って近くの道具屋に出かけた。道具のことは道具屋に聞こう、たとえそれがいかに珍妙なものであってもだ。
午前中に外へ出かけたが、すでにそれなりに暖かく感じる日だった。これはお昼以降は暑くなってくるだろう。
道具屋に顔を出すと、以前に仕事の依頼を受けたオット氏が出迎えてくれた。
「おはようございます、スガワラさん。今日はお使いですか?」
「おはようございます、オットさん。ちょっと今日は見てほしい物がありまして――」
私は早速、話の本題に入り、袋に包んできたマホウビンを取り出す。オット氏は半魚人の顔と睨めっこしながら右に左に首を捻ってから私に顔を戻した。みんな揃ってこれを見ると同じ反応をする。
「ずいぶん変わったもの持ってきましたね……。これはなんです?」
「オットさんもわかりませんか……。今日お訪ねしたのはこれの正体を突き止めたいからなんです」
彼はこめかみのあたりを指でカリカリと掻きはじめた。そういえば、そんな癖がある人だったな。
「これは――、ちょっとオレにはわかりませんけど、店主にも聞いてみますので借りてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。よろしくお願いします」
彼はしなる棒の部分を持って店の奥に入っていった。待っている間、店内を眺めていると、目立つところに香り付きの虫除け薬が陳列されていることに気が付いた。そういえば、私の仕事はここから始まったんだと感慨深くなってしまう。
「知ってます? どこの道具屋でもそれ今、人気商品なんですよ! これがオレの発注ミスから生まれたなんて信じられませんよね?」
オット氏がマホウビンを持って戻ってきていた。そうか、この商品はいつの間にかそんなふうになっていたのか。人気になったのなら調剤屋の主人もいい買い物をしたと思っているだろう。
「どうでした? ご主人はこの道具についてなにか知っていましたか?」
彼は無言で首を横に振った。予想はしていたが、道具屋の主人でもダメなのか。
「これってあれじゃないですか? 外でスープとかつくったりするのに使うとか? この取っ手があるから焚火に突っ込んでも安全に取り出せるでしょ?」
「うーむ、たしかにそういう使い道はあるかもしれないですが――」
実はこの発想、私もずいぶん前に思いついていた。しかし、それでは中の巾着袋のを活かすことができない。そして、なにより容器の部分にまったく焦げ跡が無いのが気になる。
もちろん、これが新品の可能性もあるのだが――、もし焚火での調理に使う道具なら容器部分に焦げ跡が残るはずなのだ。そういった理由から、その方法で使えなくはないが、本来の用途ではないと思っていた。
「ひょっとしてオレのときと一緒で、今度はこれ売るのを引き受けたんですか?」
「ええ、仰る通りです」
「スガワラさんて、ハンスさんとこの無駄に重い大剣も売りさばいたんですよね? なんかこの辺じゃけっこう有名なってますよ?」
「それはありがたいですね。商人として名前が知れ渡るのは非常にありがたいですから」
オット氏とは少しの間、世間話を交わした後に道具屋を後にした。仕事で関わった「人」や「もの」のその後を知ったとき、この仕事のやりがいを感じる。ただ、残念ながら本題であるマホウビンについては進展しなかった。
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