第12話 怪物の器-3
「これはなんだ?」
「なんなんでしょうね?」
「なんでしょうか?」
コーグさんが置いていった「なにか」を私とラナさん、ブルードさんが伝言ゲームのように代わる代わる眺めながら呟いている。「なにか」では、便宜上不便なので私はこれを仮に「マホウビン」と名付けた。
呼称の由来はシンプルに「魔法瓶」という商品が現代にあったからだ。真空状態と二重構造を利用して、中に入れる飲み物の温度を保てる優れものだ。
私はコーグさんが置いていったものを最初、現代で言うその「魔法瓶」ではないかと思った。いろいろと検証した結果、残念ながら温度を保つことはできないとわかったが、その流れから「マホウビン」と呼んでいる。
マホウビンは、約1リットル程度水が入る金属製の容器に謎の棒がくっついている代物だ。容器には蓋があり、開けると中には巾着袋のようなものが入っている。
「ひょっとしてお茶とかコーヒーを入れる道具ではないですか?」
ラナさんの思い付きだった。たしかにこの巾着袋がティーパックの役割を果たすのかもしれない。大層な絵柄のわりに地味な用途だがあり得るような気がした。早速、ラナさんから茶葉を分けてもらい、巾着袋に入れて、その外側にお湯を注いでみた。
しかし、残念ながら中の袋は外側を完全に遮断してしまうようで、中のお湯は時間をおいても水に変わっただけだった。この時点で、保温性がないことも同時に確認できてしまった。
「この棒の部分は持ち手なのか? なんか案外しなるぞ、これ。釣り竿みたいな材質だな」
ブルードさんが棒を持ちながらしならせている。容器の部分はビヨンビヨンと飛び跳ねるように上下していた。容器に描かれた半魚人の顔が上下している様子はなかなか滑稽だ。
私はこのマホウビンを見てずっとなにか引っかかっていた。これに似たものを現代のどこかで見たような気がする。しかし、それが思い出せない。
ブルードさんの手でマホウビンが上下されるのを見て、ラナさんは楽しそうに笑っていた。まさか子どもの遊具ではあるまいか……。いや、それでは容器の部分の構造が意味をなさなくなる。
「ボクもこれがなにかわかりませんが……、お店に来る人に聞いてみましょうか? ひょっとしたら似たものを知っている人がいるかもしれませんからね」
「ありがとうございます、ラナさん。是非ともお願いします」
どういう商品かわかった上での販売はいくらでもやってきた。だが、商品がまずなんなのかがわからないのは未経験だ。価格設定も自由でおもしろい依頼ではある。
ただ、期限が3日は正直厳しい。
「どう見ても『武器』や『アクセサリー』には見えませんよね? 遺跡の中にこんなものが落ちてるなんて初めて聞きましたよ?」
ラナさんは上下する半魚人の顔に視線を合わせてそう言った。実はけっこうその絵柄を気に入ってるのかもしれない。
「『遺跡』って言ってもいろいろ種類があるって聞いたな。元々は、昔の人の居住区みたいなのもあるって話だ」
「ああ、そういえばボクも噂で聞いたことあります。でしたら、この変なお顔も生活で使う道具なんでしょうか?」
ラナさんとブルードさんの話は一考に値すると思った。マホウビン自体の観察も大事だが、それが見つかったのがどういった場所なのかは正体を突き止める上で重要な要素だ。コーグさんにもうちょっと詳しく話を聞くべきだった。
「このお顔、なんですかね? 蛙でしょうか?」
「うーん……、魚じゃないか? あの髭があるやつとかこんな顔してなかったか?」
いつの間にか二人の会話はマホウビンの正体から、顔の正体に変わっていた。たしかにあの奇妙な顔は気になる。
学生時代の歴史の授業を私は思い出していた。装飾が施されるのは、宗教や祭事などの儀式で用いられるもの、もしくは文化的に発達して生活に余裕がある文明でよく見られたはずだ。
あの半魚人の場合はどうなのだろう? いろいろ考えてみたが、あの顔から用途のヒントが見つかる気はしなかった。
それでも記憶の片隅に引っかかる。私は過去にあれに似たものを必ず目にしているはずだ。
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