◆第13話 すれ違いの二人-1

 酒場が休みの日、私は中央市場のあたりを散策していた。今日は特別用事があるわけではない。また、「星月」のお菓子でもお土産に買って帰るか、と一考しながら道を歩く。気温はやや高く、歩き続けていると汗ばんでくる陽気だった。


 人通りの多い道を歩いているとき、すれ違い様に声をかけられた。


 それは私がよく知っている男の声。そのまま私は無言でその男の後を追う。2、3メートルくらいの一定の距離を保ちながら彼の後ろをついて歩いた。すると、彼は煉瓦色した外壁でできた装飾の派手なお店に入っていった。



 彼に続いて、お店の扉をくぐると中は喫茶店だった。どうやら店内は細かくパーテーションで区切られているようで、テーブルの一つひとつが個室になっているようだ。メイド服のようなフリルのついた衣装を着た女性の店員に案内されて、その個室の1席に腰を下ろした。当然、前を行く彼も同じ席にいる。



「ここは全席が個室なんですよ。内緒話をするには最適なんです」



 彼がにこやかに話すのを一通り聞いた後、私は言葉を返した。


「――追われてるわりに、ずいぶん目立つところを出歩いてるんだな、ブリジット?」



◆◆◆



 ラナンキュラスが店主を務める酒場は今日、休みの日だった。


 入口の扉にかかった「close」の札を見つめている男がいる。彼は次に、入口の近くに立て掛けてある【販売お手伝い致します】と書かれた看板に目をやった。なにやら考え事をしているのか、腕を組み、左手で顎のあたりをなでている。


 歳は20代の後半くらいか、長身でがっしりとした体付き、赤みが強目の茶色で短い髪……、そしてなにより目を引くのは、背中に大きく金色の紋章が描かれた王国騎士団の制服だった。


 どれほどの時間ここにいたのだろうか、男が店の前から立ち去ろうとしたとき、たまたま店の前に出てきたラナンキュラスはその存在に気付いた。



「ひょっとして……、トゥルー様ですか?」



 「トゥルー」と呼ばれた男は、振り返り、ラナンキュラスの姿をその目に入れると、口元を緩めて軽く会釈をした。


「久しぶりだな、ラナちゃん!」


 ラナンキュラスは彼に歩み寄ると親しげに話しかけた。


「やっぱりトゥルー様! お久しぶりですね、お会いするのは2年ぶりくらいになるでしょうか?」


「それくらいになるかな? しばらく忙しかったのだが、たまたまこの辺りに来る用があってな」


「今、お時間よろしいですか? 中でお茶でも?」


「ああ、せっかくなので頂くとしよう。お店が閉まっているのを見たときはがっかりしたけど、少し粘って正解だったな」


「まぁっ! 中にいましたので声をかけて下さったらよかったのに……」


「貴重な休みの時間を邪魔しては悪いと思ってな」


「ふふっ、トゥルー様のそういう性格、変わりませんね? どうぞ中へ入ってください」


 ラナンキュラスは酒場の扉を開けて、トゥルーを招き入れた。彼女の表情はとても明るく、楽しそうだった。

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