第11話 漆黒の意思(後)-4
なんとか遺跡の中から脱出できた。
久々の全力疾走で足はがくがくになり、酸欠状態にもなっていた。そこに、出口まで来た、という安堵感が合わさって私は倒れてしまった。脳に酸素がいっていないのか、あまり思考が働かない。周りで交わされている会話が意味をなさない単なる「音」として耳に届いていた。
ランさんと思われる人の肩に担がれて、野営地の救護用のテントに運ばれてきたようだ。そこで何杯かの水をもらってようやく息が整い、頭もまわってきた。簡易な椅子に座って休ませてもらっていたが、ずっと足が笑っていた。
人の少ない場所を選んで連れて来てくれたのか、周囲にあまり人を見かけなかった。
「スガさん、大丈夫ですか!? 遺跡を出た途端に倒れてしまったんでびっくりしましたよ!」
ランさんは、なみなみと水の入った水差しを手に持っていた。
「すみません。安心したら一気に疲労が出たようでして――、他の皆さんは?」
「サージェくんはグロイツェル様のところへ報告に行ってますね。カレンちゃんとラナさんは別のところで休んでいます。女性だから……、というのもありますが、彼女たちも相当な疲労具合だったようでしてね」
カレンさんは私たちよりもずっとずっと長い時間を遺跡の中で過ごしていた。まものとの戦いもあったわけだから当然だろう。ラナさんも同じように消耗してしまっているのか。
「カレンちゃんは僕がちょっとだけ回復させましたが、それでも長時間遺跡の中にいた疲労と戦いの傷がありますからね。ラナさんも上級魔法を続けざまに放ってましたから、身体には相当な負荷がかかっていると思います」
私の顔に疑問が書いてあったのか、ランさんは気になっていることを全部まとめて教えてくれた。ラナさんが凄まじい勢いで魔法を放っている姿が改めて頭の中で投影される。
それでも、どんなにすごい魔法使いであってもやはりゲームでいうところのMPの限界値はあるんだろう。
「スガさんとラナさんのお休みするところはサージェくんが手配してくれています。彼やカレンちゃん、それに僕は任務がありますから、まだここを離れられませんが、おふたりは明朝、馬車で街まで送ってもらえると思いますよ」
そうか、ずっと暗い場所にいたから時間の感覚が狂っているが、今は深夜なんだな。慣れないことをしたせいで心は今も一種の緊張状態にあるのかもしれない。
まったく眠気はない。だが、十分過ぎるほど疲労をため込んでいるはずなので、どこかで糸が切れるとよく眠れるような気がした。
「スガワラ、寝床の確保ができた。案内するからついてこい」
突然、サージェ氏のぶっきらぼうな声が飛んできた。私は椅子から立ち上がったが、足はまだ回復し切っていないようで、一度座っていた椅子に手をついてしまった。ランさんが手を貸してくれてなんとか立ち上がると、膝がうまく曲がらずロボットみたいな歩き方でサージェ氏の元へと向かった。
すると、驚いたことにサージェ氏は無言で私に肩を貸してくれた。そして、そのまま何も言わずに歩き始めた。彼はこちらの方に見向きもしない。沈黙のまま、小さいテントがいくつか並んだ場所にやってきた。
「ここはひとり用の寝床だ。そこが空いてるから好きに使え」
それだけ言い残すとサージェ氏はくるりと背を向けた。
「サージェさん、ありがとうございました。あなたが短剣を貸してくれなかったら帰りは危なかったです」
彼は背を向けたまま立ち止まっている。なにか返事があるか、それとも立ち去っていくのか、いずれにしても少しの間待つことにした。
「助けたのはカレン様だ。それに――、貴様がいなかったらカレン様の元に辿り着くのにもっと時間がかかっていただろう。礼を言う」
結局、彼は一度もこちらを向かず話をして去っていった。本当に不器用な人なんだろう。ただ、不快な感じはまったくしなかった。
私はテントに入ると、中に準備された簡易な寝床で横になった。自然と目を瞑り、溶けるように体の力が抜けていくのを感じた。
◆◆◆
「やっぱりグロイツェルか……。ランさんがやって来たときに『もしや……』とは思ったんだけどねぇ。あの人は1番隊の隊員だからさ」
私は、救護用のテントのベッドで横になって、隣りにいるラナと話していた。彼女はベッドの横の簡易な椅子に座っている。遺跡から出た直後は、さすがに魔力の消耗が激しかったのか、足元がふらついて顔色も悪かったが、今は元気そうにしている。
「グロイツェルさんはカレンをとっても褒めてましたよ。あの人……、カレンがよく愚痴を言ってる方よね?」
ラナは楽しいことを思い出しているかのように笑いながら話している。
「なんかギルド内でも勘違いされてるみたいだけどさ。別に私はあいつを嫌いじゃないよ? 石頭で融通効かないところはあるけどね。『剣士』としてというか、『ギルドの隊長』としてというか――、考え方が違うだけだよ」
「ふふっ、グロイツェルさんも同じことを言ってましたね」
「私もあいつも、方向性は違ってもお互い本気で仕事してるからね。衝突だってするさ。それを周りが騒ぎすぎなんだよ」
「はいはい……。『本気』なのはいいけど、ひとりで突っ走るのはもうちょっと控えてよね?」
「なんだい? ひょっとしてグロイツェルになんか入れ知恵されてないだろうねぇ?」
「カレンを心配してるのはみんな同じ、ってことよ。でも、本当に無事でよかった。ボクは明日には街に帰るけど、また酒場で待ってるからね」
「ああ、ブルードさんにこう思いっきり『肉!』って感じがする料理つくってもらえるよう頼んどいてよ?」
「わかったわ。それじゃボクはもう寝るからカレンもゆっくり休んでね。おやすみ」
「うん。もうちょい身体が痛いふりでもしとくかね……。おやすみ」
ラナがいなくなった後、急速に眠気が襲ってきた。今回はさすがに堪えた……。明日はグロイツェルがきっとうるさく説教してくるだろうな。
◆◆◆
翌朝、私とラナさんは準備してもらった馬車で街に帰ることになった。見送りはランさんひとりだった。
「お二人とも本当にありがとうございました! まだいろいろと任務がありまして、僕以外は見送りに来れませんでしたが、改めてお礼に伺いたいと我が主グロイツェルも申しておりましたよ」
「お気になさらず。ランさんもよければボクのお店に遊びに来てくださいね?」
「カレンちゃんが通ってる酒場ですよね? ぜひぜひ立ち寄らせてもらいますよ」
朝の陽ざしはとても眩しかった。今だけは「黒の遺跡」も外壁が白く輝いて見える。私は先に馬車の荷台に乗って、ラナさんへ手を差し伸べてた。彼女はやさしく私の手をとって荷台に乗り込んだ。
荷台のテントは陽ざしを遮る材質でできているようで、中は暗かった。その闇の中、私は遺跡での体験を思い出していた。
おそらく、私だけが気付いた出来事について……。
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