◆第12話 怪物の器-1

「うっまいわぁ!! やっぱ肉だよねぇ」

 

 私たちが「黒の遺跡」に乗り込んでから数日後、カレンさんが酒場に顔を見せた。夜の時間帯に常連客と話しながら、豪快に肉料理にかぶりつき、いつも以上のペースでお酒を飲んでいる。


「おい、カレン……。料理は逃げやしないからもっとゆっくり食べたらどうだ?」


「いやぁ、ブルードさんの料理が恋しくてつい……。数日ぶりの酒もまた格別だねぇ」


 彼女は、一口飲んで食べる度になにかしらの感想をもらしていた。やはり、ああいった作戦中はそれほど良いものは口にできないのだろう。

 カレンさんを囲むように常連客たちはカウンター付近に集まり、彼女が無事に戻ったことを喜んでいた。



「『黒の遺跡』の監視は続いてるけど、大半の部隊は一旦引き上げたよ。またどっかで招集あるかもしれないけど、とりあえずは解放された感じだねぇ」


「皆さん無事に帰られたんですね。それはなによりです」



 私とラナさんは先に街へ戻ってきたが、カレンさんやサージェ氏、ランさんやグロイツェル氏は引き続き任務で遺跡に残っていた。知っている人が何人もいるだけあってその安否は気になるところだ。


 さすがに誰もが無傷というわけにはいかなかったようだが、それでも私の知っている人で大怪我をした人はいないと聞きほっとしていた。


「遺跡では顔合わせなかったかもだけど、パララちゃんやリンカ、それに……、シャネイラなんかもいたんだ。みんな無事に戻って来てるよ」


「そうだったのね。ボクも脱出した後はふらふらになっちゃったし、あんまり周りを気にしてる余裕なかったから。わからなかったわ」



 遺跡から出た直後に私は倒れてしまった。ラナさんも魔力の消耗によって相当疲弊していたらしい。たしかに目の前で見た彼女の魔法は、ちょっとした災害レベルで、あの状況でなかったらどれほど驚いたことだろうか。当然、消耗もするだろう。


 ただ、その魔法を数発放った後、ダウンしてしまっているラナさんを、私はそこまで規格外の存在とは思えなかった。


 以前にシャネイラさんと話した時、彼女はラナさんの力について「国や組織のパラーバランスが崩れるくらい」と仮説を述べていた。


 ひとりでそれほどの力を有しているとは――、少なくとも、今回見た姿だけではさすがにそうは思えなかった。



 空いた席の食器を片付けながら、ふと入り口に顔を向けるとそこにある人影が目に付いた。これから中に入ってくる様子ではなく、そこで立ち止まっているようだ。

 私は集めた食器を一旦カウンターの奥に置いた後、店の外に出てみた。外の空気は、中より少しだけ冷たい。


 思った通りで、そこには私の看板を見つめているひとりの男性がいた。背丈は私より少し高いくらいか。いかにも冒険家らしい、ポケットがたくさんついた丈夫そうな服を着ている。難しい顔をして、小さい声でなにか呟きながらじっと看板を睨みつけている



 看板を見ていた男は私の存在に気付いたようで、こちらに顔を向けた。歳は30代前半くらいだろうか、彫が深く目鼻立ちがはっきりした顔をしている。私は、こんな顔をした男性俳優がいたな、と思った。


「ええっと……、お店の方かな? この看板のことで聞きたいんだけど?」


「はい、私がその看板を出している者です。なにかご相談ですか?」


 男は、私の顔と看板を2往復した後、勝手に2度ほど頷いて話し始めた。


「おお、それはちょうどよかった! 売ってほしいものがあるんだけど、オレではどうにもできなくって困ってたんだ」


「販売のご相談ですね、わかりました。中で詳しくお話を伺いましょう」


 私は酒場の入り口を開いて、店内に招き入れようとした……が、外の男はその場に立ち止まったままだ。


「いや、今日はちょっと時間が遅かったな。明日また来るよ。そん時に詳しく話するよ」


 たしかに今はそれなりに夜遅い時間になっていた。彼は、仕事帰りとかでたまたま看板を見かけたのだろうか?


「そうですか。では、これをお渡ししておきます。私は『スガワラ ユタカ』と申します」


 私はお手製の名刺を彼に差し出した。受け取った彼は、珍しいものを眺めるようにいろいろ角度を変えてそれを見つめている。


「スガワラさんか、変わった名前だな。オレは『コーグ』っていう者だ。フリーの冒険家をしている。明日、昼飯時に来ようかと思うけど空いてるか?」


「コーグさんですね、よろしくお願いします。明日のお昼ですね、わかりました。お待ちしております」


 明日の予定だけ取り付けるとコーグさんは背を向けたので、私はひとつだけ質問をした。


「あの、もしよければ――、なにを売りたいかだけ先に教えてもらってもいいですか?」


 コーグさんは改めて私の方に振り返り、まるで星座を探すかのように上を見上げた。それから視線を私の顔に戻してから口を開いた。


「それが……、わからないんだ」

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