第11話 漆黒の意思(後)-3

「カレン様、お怪我はありませんか!?」


「まものとけっこうやりあったからねぇ……。さすがに無傷とはいかないけど、よっぽど空腹の方が重傷って感じだよ?」


 カレンさんはこんな状況でもいつものカレンさんだった。サージェ氏と普段通りに話しをしている。私は背負った荷物から携帯食をいくつか取り出して彼女に手渡した。


「スガが一緒とは意外だったねぇ。よくもまあこんな危ないところに入って来たもんだよ?」


「スガさんがカレンちゃんの声を聞きつけてここがわかったんですよ! 大手柄です!」


 ランさんが大袈裟な手振りで私をもてはやした。


「私、大きな声なんか出したかな……。まぁいいや、ランさん、ちょっと傷の治療を頼めるかい?」


「はいはい、お任せを! 僕はそのために来たようなもんですからね」


 そう言ってランさんが両手の掌を開いてカレンさんに向けると、淡く優しい光を放ち始めた。これが回復の魔法なのだろうか? 初めて目にした。


「僕の回復はリンカちゃんなんかに比べると弱いですからね。ここを出たらもう一度しっかり治療を受けるようにしてくださいね?」


「十分だよ。別にズタボロにされたわけじゃないからねぇ」


 カレンさんは携帯食をかじりながらそう言った。表情がおいしくない、と語っている。


「それでカレン……、『こっちに来るな』ってどういうことなの?」


 ラナさんが一番気になっていたところを尋ねてくれた。ここにいる誰もが同じことを思っただろう。


「わかるだろう? ここにすんごい数のまものがいるんだよ? なんでかわかんないけど襲ってはこないんだけどねぇ? けど、出ようとすると阻まれる……。それでずっとここにいるってわけさ」



 カレンさんは、逃げ遅れた魔法使いを助けるためにまものの群れと戦った。彼女は当然、安全の確保ができたら自分も脱出する気でいた。しかし、まものと交戦するなかで出口の通路を塞ぐように敵は溢れてきたという。


 戦いながら安全な道を探って進んでいる間にここに辿り着いてしまったらしい。



「数が多すぎてひとりでの強行突破はちょっと厳しくてねぇ。ただ、他に進める道もないからここにずっといたってわけさ。そのうち携帯食は無くなるし、おしっこにはいきたくなるし困ったもんだよ?」


「ちょっとカレン……、なんでそういうこと口にするの?」


 ラナさんが恥ずかしそうにしてカレンさんをたしなめる。


「仕方ないだろう? 事実だし……。こんなに遺跡に長居するつもりなかったからオムツみたいなのも履いてないんだよ?」


 この会話には苦笑するしかなかった。


 今、おそらく私たち全員がまものの大群に囲まれた非常にマズい状況なのだろう。しかし、緊張感がどこかに抜けていった。

 とりあえず、話から察するに袋小路に私たちはいて、ここに入って来た通路や部屋の奥にはまものがたくさんいる、状況で間違いないだろうか。



「ただ……、救援が来るんだったら、火力抜群の魔法使いが来るのを祈っていたからねぇ。まさか臨戦態勢のラナがやって来てくれるとは思ってなかったけどさ。これなら脱出できる希望はあるね」



 そう言ってカレンさんは私たちに脱出の作戦を説明してくれた。彼女が無事であったことに、私の心は安堵しているようだったが、まだ終わってはいない。ここを無事に脱出できて初めて安心できるんだ。



「とりあえず、余計な荷物はここに置いていこう。スガもその背中のは全部置いていっていいよ。なるべく身軽になりたいからね」


 私はリュックを降ろして地面に置いた。まだまだ使っていないアイテムがたくさん入っていて勿体ないとも思ったが――、仕方がない。


「私らが通路に戻ろうとすると、きっとまものは襲い掛かってくる。数は10以上はいると思う。ひょっとしたら何十って数かもね……。いちいちやり合ってられないからね」


 カレンさんはラナさんの肩に手を置いた。


「ラナに負担かけるのは不本意なんだけど――」


 ラナさんはその手の上に自分の手を重ねる。


「気にしないで。ここに来ると決めたときから『やる気』でいたから」


 ふたりはお互いに見合って頷いた後、ラナさんが前に立ち、カレンさんはその後ろについた。サージェ氏、ランさん、私もその後ろに立つ。



「スガはなにも考えるな。とにかく私らを走って追って来い」


「わかりました!」



 まものの姿は見えない。ただ「声」はたしかに聴こえてくる。ランプの灯りが届かない闇に潜んでいるのだろう。正確な数はわからないが、カレンさんの言う通りそれなりの数がいるようだ。


 皆が無言になった。集中しているせいか、まものの声も耳に届かない。暗い空間を静寂が支配している。


 全員が待っている。


 が動き出すのを……。


 そして、ラナさんは駆け出した!


 彼女の背中を追うように全員が続く。そして、私たち目掛けてまものが群がってくるのを感じた。先頭のラナさんは急ブレーキで止まり、両手に握った杖を地面に突き立てた。彼女が止まる、とわかっていた私たちも同時に立ち止まる。


 ラナさんの杖が一瞬、目がくらむような強い光を放った。



「テンペストッ!!」



 ラナさんを中心に、この暗い空間に竜巻が起こった!


 間近で見る魔法の迫力は魔法闘技の比ではなかった。


 台風の目となっているのか、私たちの立っている場所だけが無風。


 その周りは砂と剥がれた石壁とまものと……、いろいろ混ざり合った嵐と化していた。



 数秒だったのか、もう少し長かったのか、時間の感覚がわからない。嵐の勢いが少しずつ衰えていく中、正面の通路がなんとか視認できた。

 カレンさん、サージェ氏、ランさんはそこに飛び込む。私も無我夢中でその背中を追いかける。ラナさんは私の後ろを追って来た。


「全員通路に入ったね! 一気に駆け抜けるよ!」


 カレンさんが大声で叫ぶ。


 私はランさんの背中を見ながら全力で走った。そして、一瞬だけ後ろを振り返る。数メートル距離を置いた先にラナさんはこちらに背を向けて立っている。



「ヴォルケーノ!」



 炎の赤い光がこちら側にまで射し込んできた。同時に背中に「熱」を感じる。追っ手を止めるために通路の天井を破壊して、道ごと封鎖してしまった。



「サージェ、前からも来る! こっちは私たちの出番だよ!」



 私はただ夢中で前を走る人の背中を追っていた。すると、前から黒い液体の飛沫が飛んでくる。これがなにか頭でわかっているが、今は「前を追う」気持ちが、これの不快感を凌駕していた。


 走り続けて、カレンさんと会う前に立ち止まった分かれ道の部屋までやってきた。


「こっからはサージェが先頭で走れ! 私はラナと合流してから追いかける!」


「今度はちゃんと追いついて来てくださいよ、カレン様!」


「はっ、言ってくれるじゃないか! あんまり舐めるんじゃないよ!」


 広い部屋でカレンさんとすれ違う。サージェ氏は出口方向の通路へ向かっていく。ランさんも、私もその背中を追っていく。



「――ぇっ!」



 私は、地面の突起に足をぶつけてふらついた。転びこそしなかったが、ランさんの背中から少し遅れてしまう。そして、前を行く彼がこちらに気付いて振り返る顔を見たとき、その間を黒い闇が遮った。


 私の正面に、私と同じくらいの背丈の「まもの」が立ちはだかった。


 危ない、と思ったとき、腰にぶら下げていた短剣が目に入った。


 咄嗟にそれを引き抜いて、私はまものにその刃を向けた。


 時間にして1秒あったのだろうか、まものの「顔」と思われる部位と私は睨み合った。



 そして次の瞬間、その顔の部分は胴体と切り離された。



 目の前には剣を振り切った姿だけを残したカレンさんがいた。そして、数秒遅れて黒い液体が私と彼女に降り注ぐ。



「よく剣を抜いたな、スガ! さぁ、早く行きな!」



 私がカレンさんの顔を見つめていると、戻ってきていたランさんが私の手を力強く引いて走ってくれた。その後ろにカレンさんとラナさんの姿が見えた。全員が広い部屋を抜けて、狭い通路に入ったのを確認すると、ラナさんは再び立ち止まった。



「ここも塞いだらもう安全なはずっ! ヴォルケーノッ!」



 またも狭く暗い通路に赤い光が反射した。石壁が崩れる轟音が響いてくるが、それと同じくらいに自分の心臓の音が大きくなっている。



 そこから先も息を絶え絶えにしながら走り続けた。


 そして、魔鉱石の光が灯る道までなんとか辿り着いた。日頃の運動不足のせいか、息もあがって、足取りもかなり怪しくなっている。しかし、先頭のサージェ氏は歩を止めなかった。



「ここまで来たら出口まで走り切るぞ! 急げ!」



 出口までの距離がいまひとつわからなかい。後ろにラナさんとカレンさんの姿を確認した私は、疲労で歪んだ表情に少しだけ笑いを混ぜられた。ランさんがぐいぐいと手を引いてくれるおかげで、なんとか走り続けることができた。


 出口に辿り着いた瞬間、私は崩れるようにその場に倒れた。

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