第11話 漆黒の意思(前)-4

 私とラナさんはグロイツェル氏が手配してくれていた馬車に揺られて「黒の遺跡」へと向かった。目的地は街からすぐ近くというわけではないらしく、それなりの時間がかかるそうだ。


 馬車の乗り心地はお世辞にも「快適」とは言い難く、ガタガタと揺れながら走っていく。わずかに飛び跳ねるようなときもあった。じっとしていてもお尻が痛くなってくる。


 おしゃべりをする空気ではなく、話しても舌を噛むのではないかと思った。グロイツェル氏もサージェ氏も――、そしてラナさんも無言のまま、杖を抱えて眠っているかのように目を瞑っている。

 ただ、時々目を開いて周りの様子を窺っているので、本当に寝ているわけではないらしい。



 たまたま目を開いたサージェ氏と目が合ったので話しかけてみた。


「あの、サージェさん、ありがとうございました。あなたが言い出してくれなかったら私はここにいなかったと思います」


「貴様に礼を言われる筋合いはない。自分はただ、自分の勘に従っただけだ。それでも一緒に来たからにはしっかりと働いてもらうがな」


 相変わらずの無愛想な「サージェ氏」だった。だが、なぜか以前より少しだけ彼と打ち解けられている気もする。

 先日、酒場での食事会の彼を見たからだろうか。実は感情表現が苦手なだけで、言葉や態度ほど冷たい人ではないのかもしれない。



「現地ではランギスを待機させている。彼と合流したらカレンの捜索に向かってほしい」


 グロイツェル氏も目を開けると、サージェ氏に話しかけた。



「ランギス様ですか? 失礼を承知で申し上げますが……、もう少し戦力になる方の力を借りられませんか?」


「私の人選が不満か、サージェよ?」



 「ランギス」、という人を私は知らないが、サージェ氏の言い方からすると、なんというか――、あまり戦力的に期待できる人ではないのだろうか?



「不満、というわけではありませんが、その――」



 グロイツェル氏はひとつ大きく息を吐いてから話し始めた。


「サージェの言いたいことは大体わかる。たしかにランギスは、特別に剣術に優れた男ではない。――かといって、指揮能力や状況把握に秀でているとも言えないな」


 馬車の荷台の中は暗かったが、サージェ氏のその通りだと言わんばかりの表情は確認できた。



「しかしな。特別に秀でてはいないが、あの男はある意味『万能』なのだ。少人数の隊をまとめるには十分な指揮と判断ができる。回復魔法も少しは扱える。そしてなにより、剣士としての経験値が豊富な男だ」


「それは……、そうかもしれませんが」


「サージェのように若い者にはランギスの能力は光って見えんかもしれんな。だが、私はあの者を評価している。そして今回のカレンを捜索する別動隊には適任だと思っている」



 話を聞きながら、恐らくこの「ランギス」という方はベテランの剣士なんだと思った。



「サージェよ。たしかにランギスはお前のように剣を振れるわけではない。だが、今回はできれば戦わずにカレンを見つけて救出するのが理想だ。ラナンキュラス様自身も仰っていたが、彼女も決して戦闘慣れをしているお方ではない。ゆえにだ。ランギスのように経験豊富な人間の指揮のもと、余計な戦闘を避けて目立たぬように行動することが大事なのだ」



 たしかにグロイツェル氏の言う通りだ。私たちの目的は、カレンさんを捜し出して救出することであって、魔物を退治することではない。



「……わかりました。失礼な物言いをお許しください」


「ふむ。サージェの気持ちがわからんわけではない。お前が誰よりもカレンを慕い、あの者を目標していることも理解している。それゆえ焦りもあるのだろう?」


「自分は焦ってなどいません!」


 サージェ氏の大きな声に反応して、ラナさんが目を開いた。


「サージェ、お前にどう映っているかわからんが、私は私でカレンを心配している。私とあの者はギルドでの考え方も違うゆえ、よく衝突をする。だが、あの若さで隊ひとつをまとめ上げているカレンを私は認め、尊敬もしている。もっとも――、あの者が私をどう思っているかは知らんがな?」



「カレンは誰からも慕われているんですね。友人として誇らしいです」


「これはラナンキュラス様、てっきりお休みかと思っておりました」


「まだあまり道が整備されていないようですから。落ち着いて休むのはちょっと難しいかもです」


 ラナさんは笑いながらそう言った。


「たしかにそうですね。『黒の遺跡』への急造の道です。魔鉱石の発掘が安定すればもう少し整備も進むと思うのですが」


「――とはいえ、到着は日没以降になると思います。自分は少し休もうと思います」


 そう言ってサージェ氏は目を瞑った。グロイツェル氏のカレンさんに対する想いを聞いて安心したのかもしれない。



 荷台のテントの隙間からは日差しがかすかに射し込んでいた。まだ日没にはかなりの時間がありそうだ。私も身体を休めておいた方がいいのだろう。


 この先に待ち受けているのは、きっと私には未体験の危険なところなのだから。

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