第11話 漆黒の意思(前)-3

 ラナさんに「黒の遺跡」について聞いてから、酒場での話題や情報誌の記事でもそれを追うようになっていた。私が神経質になっているだけかもしれない。

 だが、毎日のように顔を合わせていた人が数日顔を見せないと気になって仕方がない。


 そんなある日、意外な人が酒場に顔を見せた。ちょうどお昼の波がひと段落したときだ。もう見慣れてしまったギルドの制服を着た男性が酒場を訪れた。



「失礼致します。ラナンキュラス様」


「あらあら、サージェさん。いらっしゃいませ」



 酒場に姿を見せたのはサージェ氏、そしてその後ろにもうひとり、ひと際大きな身体をした男性が立っていた。



「それに……、グロイツェル様でしたか、いらっしゃいませ」


「お忙しいところを失礼します。ラナンキュラス様」



 ふたりはラナさんに向かって深々と頭を下げた。彼女はなにか居心地の悪そうな表情をこちらに向けてきた。



「お二人でお食事……、というわけではなさそうですね?」



 私は空いてるテーブル席の椅子を引いて彼らを誘導した。私にも軽く一礼をすると彼らは席についた。ラナさんが水を入れたグラスを2つ持ってやってくる。



「本日はラナンキュラス様のお力を借りたく参上した次第です」



 ラナさんはなにかを察したのか、一瞬だけ眉をひそめる表情を見せた。



「お二人で来た、ということはカレンに関わることですか? ひょっとするとシャネイラの差し金かしら?」



 彼女はグロイツェル氏の正面に座った。私はその席から少し距離を置いたところで様子を見守っている。外してほしい、と言われる気配はなさそうだ。



「自分から説明します。実はカレン様が『黒の遺跡』での作戦中に行方不明になってしまったのです」



 話を切り出したのはサージェ氏だった。あのカレンさんが行方不明だって……?


「カレンが行方不明……? サージェさん、詳しく聞かせてもらえますか?」



 先日、ラナさんから聞いた「黒の遺跡」にて、王国騎士団やたくさんのギルドが協力して「魔物殲滅作戦」を行っている。

 そこでカレンさん率いるブレイヴ・ピラーの2番隊と魔法ギルドから派遣された魔法使いの混成部隊が、魔物の大群と遭遇してしまったそうだ。



 数の多さに危機を感じ、退却をしたカレンさんの部隊。しかし、魔物の猛追に魔法使いの1人が捕まってしまう。カレンさんはその人を助けるため、魔物の群れに向かっていった。



「私はすぐに追いつく! 全員振り返らずに外まで走れっ! これは命令だ!」



 大声でそう叫んでカレンさんはひとり逆走した。ブレイヴ・ピラーの2番隊にとってカレンさんの「命令」は絶対だ。出口までの道中、必ず彼女は追いついてくると信じて、残された者たちは駆け抜けた。


 隊の全員が彼女の言葉を――、「力」を信じていたからだ。



 しかし、逃げの道中……、そして脱出してから時間をおいてもカレンさんと魔法使いは出てこなかった。



 半日が経過した段階で、捜索隊が派遣される。彼らによって傷を負った魔法使いはすぐに発見された。カレンさんが魔物と対峙している間になんとか出口付近まで逃げ延びてきたようだ。だが、もうひとり……、カレンさんは発見されなかった。


 あまり奥まで進むと再び魔物の群れに遭遇する可能性があり、捜索隊も遺跡の奥まで進めないでいた。


 そうこうしている間に、この殲滅作戦自体が一旦撤退の流れとなってしまったらしい。魔物の数が想定していたよりもはるかに多く、短期決戦は厳しいと判断が下ったようだ。



「作戦の本隊はすでに撤退の準備に入っています。ですが、このままではカレン様の捜索も同時に打ち切られてしまいます」


「我々ブレイヴ・ピラーの隊だけでも捜索に残りたいのですが、王国の本隊がいなくなってしまえばそれも厳しい。残念ながら、全体の指揮権がこちらにないため、今、勝手に多くの人員を捜索に割くこともできないでいます」


 グロイツェル氏も途中から説明に加わっていた。



「完全に隊が撤退するまで恐らくは後2、3日です。その間にカレンを見つけ出し、救出するためには、別動隊をつくるしかないかと思います」



 なるほど、つまり今派遣している部隊の指揮権はグロイツェル氏にないが、追加で入れた人なら自由に動かせるという話か。


「少ない人数ならカレンの捜索にまわせます。元々の現場に居合わせたサージェはそちらにまわす予定です。ですが、魔物との遭遇を考えると戦力的に不十分です。それで、今現場にいる人間以外での援軍が必要、というわけです」


「それで……、ボクに協力してほしい、というのですか?」


 グロイツェル氏はゆっくりと頷いた。


「ラナンキュラス様なら、たとえひとりであっても、十分過ぎる戦力になりえると――」


「それはシャネイラの命令ですか? うまくやれば対外的に、ボクが『ブレイヴ・ピラーに協力した』とも言えますからね」


 ラナさんは明らかに苛立っていた。口調がいつもより厳しく、手や指を忙しなく動かしている。


「ボクはみなさんと違って戦闘の経験があまりありません。期待されているほどの戦力になれるかはわかりません……。ですが、カレンのためならいくらでも協力をします」


「マスター・シャネイラも今回の任務に関わってはいますが――、捜索隊に加わるのは難しいようです。他の主力部隊も本隊と行動をともにしているため援軍が望めない状況です」


「――話はわかりました。すぐに準備をします。シャネイラにいい様に使われるのだけは気に入らないですけど」


「ありがとうございます、ラナンキュラス様。『黒の遺跡』へは王国からの馬車を使えるようにしております」



 カレンさんが危険な状況にあると聞いて、私も助けに行きたいと思った。だが、この会話に割って入ることはできなかった。

 戦いの場にいって私が何の役に立つだろうか? 足は引っ張っても貢献できることなどなにひとつ無い。そんな自分が悔しかった。



「グロイツェル様……。この男、スガワラを同行させてはなりませんか?」



 私はサージェ氏の言葉に耳を疑った。私が一緒に行きたい、と申し出ても逆に断られるのがオチだと思っていたからだ。


「サージェ、それはどういうことだ? スガワラ氏に戦いの心得があるようには思えないが……」


「勘です。勘……、なのですが、カレン様がよく言っていました。『勘は言葉で説明できない最良の選択』と。なぜか、自分はこの男が役に立ちそうな気がするのです」



「わっ、私も同行させてください!」



 今しかないと思った。


 自分で言っても無駄だと思ったが、味方してくれる人がいるなら話は違う。ただここに残ってカレンさんの――、ラナさんの無事を祈っているだけなんて絶対に嫌だ。


 ラナさんは私の申し出になにも言わず、自室の方へと歩いて行った。きっと着替えとかいろいろ準備があるのだろう。



「スガワラさん、あなたは恐らく戦いの経験はないでしょう。そのたいが現しています。そして、今赴こうとしている場所は非常に危険なところです。同行するサージェやラナンキュラス様が必ずしもあなたを守れるとも限らない」


「自分の面倒くらい自分で見ます。荷物持ちでもなんでも――、できることは手伝います。ですから、どうか同行を許してください!」


「この男は自分が守ります。グロイツェル様、お願い致します」



 サージェ氏が私のために頭を下げくれている?


 とてもありがたいのだが、彼といつからこんな間柄になっただろう、という疑問もわいてくる。



 グロイツェル氏は、逞しい両の手を組んで考え込んでいる。私は頼むから、「うん」と頷いてくれと祈っていた。


「――わかりました。たしかにスガワラさんは我々にはない思考をお持ちの方だ。思わぬ突破口を見つけてくれる期待もある」


「ありがとうございます!」


「ですが……、隊の命令には必ず従うことです。私のギルドの人間でないあなたに私はなんの保証もできませんから」


「わかっています。足だけは引っ張らないようにします」



 私がグロイツェル氏に頭を下げていると、後ろに人の気配を感じた。顔を上げるとラナさんが初めて見る装いで立っていた。


 白黒を基調とした西洋の法衣に似た衣装。ただ、機能性重視なのか、下はパンツスタイルだ。フクロウをあしらった飾りのついた杖を両手に持っている。



「セントラル首席の者にのみ渡される『叡智の法衣』、特殊な加工をされた繊維は魔力増幅を助けると聞いています」


 グロイツェル氏がそう語った。


「この格好をすることは――、ないと思っていました」


 この装いは、ラナさんが「魔法使い」として動こうとしている証なのだろう。


「さぁ、一刻の時間も惜しいです。いきましょう」

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