第11話 漆黒の意思(前)-2
「数日ここには来られないんですか?」
――これは数日前に酒場で交わした会話だった。
「大きい依頼が入っててねぇ。ちょっとの間、留守んすることになってしまったんだよ」
いつも通り、夜酒場にやってきたカレンさんはこう話し始めた。
「カレンが留守にするのは時々あるんですよ。たしかにここ最近は少なかったですけどね」
ラナさんが注文の料理を並べながら、補足してくれた。なるほど、私がこの酒場で働くようになってからはほとんど毎日カレンさんを見かけていた。だが、以前からそういった何日もかかる仕事もあったようだ。
「王国からの要請でさ。指揮権が向こうにあるみたいだからあんまり好きじゃないんだけどねぇ」
彼女は運ばれてきた料理のお肉を少しつまんで、それを流し込むようにお酒を飲んでいた。
「そんなに長くなるようなものじゃないと思うよ。数日で戻ってくるさ? そん時はうまい料理と酒を期待してるよ。野営地での食糧は口に合わなくてねぇ」
「カレンなら大丈夫とは思うけど、無茶はしないようにね?」
「心配ないって。私が怪我して帰って来たことがあるかい?」
彼女はいかにも余裕そうな笑みを浮かべてそう言った。この人はこういう表情がよく似合う。
「なんだい、スガ? 私が顔出さないと寂しいかい? ちょっとの間くらい我慢しな」
表情を眺めていたのに気付かれて茶化される。いつものことだった。ブルードさんや周り常連客も彼女の数日不在を嘆いていた。いろいろな会話が交わされていたが、実際の依頼内容について彼女は一度も口にしなかった。
それは、意図的に話さないでいるのだと察した。
「きっと『黒の遺跡』のまもの討伐だと思いますよ?」
「『黒の遺跡』……、ですか?」
酒場の閉店後、ラナさんと掃除をしているときに彼女はそう言った。静まり返った店内に彼女の声はとても澄んで聞こえた。
「ここでは冒険者間の情報交換も活発ですから。カレンは口にしませんでしたけど見当はつきます。近頃は情報誌にもこの話題がのってましたしね」
そう言われると、たしかに酒場に置いてある情報誌でその単語を見たような気がする。たしか大量の魔鉱石が眠っているとされる遺跡で、王国や様々なギルドが協力して調査を進めているとかなんとか……。奇妙な名前だったので記憶の片隅に残っていた。
「なるほど……。『黒の遺跡』とはどういったものなんでしょう?」
ラナさんはいつものように人差し指を唇に当てて少し上を向きながら話してくれた。
「以前に、魔鉱石が遺跡から発掘されるお話をしたのを覚えていますか? そういう遺跡がこの国の周りにはいくつかあります」
「はい、覚えています。ラナさんはとても物知りなのだと思ったものです」
「そんなことはありませんよ。それでその……、遺跡の中でもある程度、開拓されているところとそうでないところがあるんです。通称『黒の遺跡』は、以前から少しずつ調査が進められている遺跡でして、近いうちに大きな規模の作戦があるような噂は流れていました」
「大規模な作戦、と言いますと、魔鉱石を運び出すということですか?」
「いいえ。その前に『まもの』の討伐……、というより殲滅が行われます」
なにか急に物騒な話になってきた。時々耳にする魔物だが、それが遺跡や魔鉱石とどうかかわりがあるのだろうか。
「理由はきちんとわかっていないのですが、遺跡にはよく『まもの』が居ついているそうです。黒の遺跡は、魔鉱石がとてもたくさん眠っていると噂されています。それを安全に運び出すため、まずは中にいるまものをやっつけてしまうんです」
石油のパイプラインを築くために工事をするようなものだろうか。もっとも「工事」と「魔物討伐」では危険度合が全然違って聞こえるが……。
規模感こそ私がいた世界より小さいのかもしれないが、この世界での魔鉱石は貴重なエネルギー資源なのだろう。それを安定供給するために、魔物を討伐……いや、殲滅が必要なのか。
「なんとなくわかった気がします。しかし、『黒の遺跡』とはずいぶんと不気味な名前が付いているんですね」
「……スガさんは『まもの』を見たことないんでしたね?」
「はい、危険な生き物と認識してますので、あまり見たいとも思いませんが――」
ラナさんは真っすぐに私を見つめて、少し間を空けてから口を開いた。
「ボクも何度も見たわけではないのですが、『まもの』は……、その、なんていうか『真っ黒』なんです」
「真っ黒……、ですか?」
私は勝手にTVゲームに登場するモンスターを想像していた。狂暴な野生動物の巨大なやつだったり、角が生えたりしてるようなものだと……。しかし、「真っ黒」とは不思議な言い方だと思った。大きさや形ではなく「色」で表現するのか?
「はい。『黒の遺跡』がそう呼ばれているのは、その『まもの』の数が桁違いに多いからだと聞いています」
私はその得体の知れない「黒いもの」に形容しがたい恐怖を感じた。姿がわからないので想像ができない。ただ、なぜかラナさんにこれ以上「魔物」について尋ねたい、とも思わなかった。
まるでホラー映画を見ているときのように、私は無意識に後ろを振り返ってそこになにもないことを確認していた。
――と、同時にカレンさんが本当に大丈夫なのか、と心配になってきた。
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