第4章 意思疎通≪コミュニケーション≫
◆第11話 漆黒の意思(前)-1
夜遅めの時間、いつも通りに酒場にやってきたカレンさんだったが、今日はひとりではなかった。ギルドの制服を着た2人での来店だ。
「こんばんは、どうもでーす。ラナさん」
「あらあら、リンカさん。こんばんは」
カレンさんは迷わずいつものカウンター席に座り、リンカさんはその隣りに腰を下ろした。見慣れない女性客の来店に、男性客の視線が一瞬そちらに集まった。私は並々注がれたお酒のグラスをブルードさんから受け取り、カレンさんのいる席まで運んでいく。
「こんばんは、今日はリンカさんもご一緒なんですね?」
「やぁ、スガ。今日はリンカが相談したいことあるって言うから連れてきたんだよ」
「ええと、相談というと……、私にですか?」
「そうでーす。カレンと適当にしゃべってますから、お暇になったら声かけてもらえませんか、スガワラさん?」
リンカさんは腕組みした手をカウンターに乗っけていた。そのさらに上に発達した胸が乗っかっている。この人を視界に入れると、一旦胸に目がいった後、慌てて目を逸らすまでワンセットになっていた。これは男である以上残念ながら逆らえないようだ。
「わっ…わかりました。時間を見つけてお声かけします」
私がそう返事をしたとき、隣りにラナさんがやってきた。
「今はボクとブルードさんで十分まわりますから、リンカさんのお話を聞いてあげてください。――ところでリンカさんはなにか飲まれますか?」
「私が付き合ってやってんだから一杯くらい飲んでいきなよ? 同じの出してあげて」
リンカさんの返事を待たずにカレンさんがお酒を注文をする。
「ええー! だからお酒が混ざると血が不味くなるってこの前言いませんでしたっけ?」
この人の「血」に関する話は今日も変わらない。本当に吸血鬼とかそういう類ではないかと疑いたくなる。
「お前は自分の血も飲んでるのかい? そいつは自給自足できてなによりだねぇ?」
「もー! 私の方がギルドの先輩だってのにいつもこんな感じなんですよ? まぁ、せっかくなんで一杯くらいは付き合いますか」
「――ということなので、スガさん。リンカさんにもお酒をお願いします。あとはしっかり相談にのってあげてくださいね?」
ラナさんは笑顔でそう言って離れていく。この女性陣3人相手だと私の心中は穏やかではなかった。身体から変な汗が噴き出してくる。
リンカさんへのお酒を差し出すと、カレンさんと軽くグラスを合わせて飲み始めた。
「くぁーっ! 普段ほとんど飲まないんですけど、たまに飲むとうまいですね!」
仕事帰りのサラリーマンみたいな反応だ。彼女は最初の一口で3分の1程度を一気に飲んだ後に、私の方に顔を向けた。どことなく気だるそうな表情もいつも通りだ。
「スガワラさんに相談したいのは、回復魔法の教え方なんですよね?」
「ああ……、リンカはうちのギルド所属だけど、回復魔法に関してはかなりの腕でね、魔法ギルドへの指導とか時々やってるんだ」
カレンさんが補足をしてくれた。この人、ちょっと変わった人だけどすごい人なんだろうな……。なぜ剣士ギルドに所属しているのだろう?
「しかし、魔法についてはまったくの素人なのですが?」
「えーと、技術的なのは期待してなくて、なんて言うかこう……、わかりやすく話す方法とかあるのかなって? カレンに聞いたらスガワラさんの話がいつもわかりやすいって言ってましてね?」
魔法について、ここまではっきりと「期待していない」と言われると逆に清々しい。
「そうですね。いろいろあるとは思いますが、私が意識しているのは、数字を使うのとゴールの提示ですね」
「数字を使う? ゴールの提示? ちょっと頭の血の巡りが良くないみたいなんで、もうちょっとだけ詳しく教えてもらえませんかー?」
「ああ、スガ。リンカからは適当に言い値でお金とっていいからね?」
「ええと、それは先日傷を治してもらったお礼も兼ねて無料にしようかと――」
「えー、いいんですか? スガワラさんてやっぱり血がおいしいだけあっていい人ですね」
話の随所に「血」を混ざてくるのはやめてほしい。
「では、例えばの話です。今からこの酒場のいいところを私が説明しようと思います」
「ここのいいところですか? はい、ではお願いしまーす」
私はひとつ咳ばらいをして話し始めた。
「店内はゆったりとしていて、一つひとつの席のスペースを広めにとってあります。清掃が行き届いているのもポイントのひとつですね」
リンカさんは周囲をぐるっと一周見回した後に頷いていた。
「私もそう思います。清潔感ある酒場って案外珍しいんですよね。やっぱり女性の店主さんだと違うんですかねー」
「それはあると思います。仕事の紹介を合わせて行っているのもここの魅力のひとつです。ラナさんが親身に相談に乗ってくれるのは、お客としては嬉しい限りです」
「ラナと間近で話したいだけの男もいるだろうからね」
カレンさんは店内を歩くラナさんを横目で追いながらそう言った。
「ブルードさんの料理も大事なところです。お酒はもちろんですが、ただ夕食を食べる目的でも満足できます」
「あー、それは大事ですね! こないだご馳走になったのもすっごいおいしかったですもんね」
「まだまだあります。例えば――」
「えーと、スガワラさん。この話ってまだけっこう続く感じですか?」
リンカさんがお酒を一口飲んでからそう言った。
「そう言われるのを待っていました。つまり、そういうことです」
「え…えーと?」
「今の話はどちらかというと『悪い例』として話しました。いいところを説明する、とだけ言ってその話がどれくらいのものかに全く触れてません」
「たしかにそうでしたね?」
「私の話は次の『いいところ』で終わるのか? それともまたその次があるのか? と次第に思ってくるはずです。ゴールの提示が無いからですね。聞く側もこれでは集中力が切れてきます」
「あー、それはそうかもですね。こう言うと悪いかもですが『いつまで続くの?』って思いますよね?」
「その通りです。ゆえに同じ内容の話でもこう始めます。『この酒場のいいところを3つ説明します』と」
「ほうほう、3つですかー」
「こう言うと聞き手は、3つ目の話が出たら終わり、と意識します。つまりゴールを認識しているわけです。すると、話がそこに行きつくまでは集中して聞こうとしてくれます」
「私はなんかわかった気がするよ。剣術の修行でも『あと何回』って言われた方ががんばれるからねぇ」
カレンさんは何度も頷いて隣りのリンカさんに目をやった。
「あー、そう言われると私もわかった気がします。あれですね、うまく説明するって言うより相手にしっかり聞かせる工夫をしてるって感じなんですね?」
「そうなんです。もちろん話す内容はとても大事なのですが、聞き手がしっかり聞く姿勢になっていなければ、せっかくの貴重な話も意味を無くしてしまいます。それゆえ『ここまではしっかり聞いてほしい』と具体的な数字を提示して、話の終わりを示すのがいいと思います」
「なんか納得しましたよー。スガワラさんて頭いいんですね?」
「いえ、別にそういうわけではありません。私自身の仕事上、『話を聞いてもらう』のはとても重要なので意識してるだけです」
「今の話もわかりやすかったよ。ところで、スガさぁ……、なんでさっきからずっと斜め上見て話してんの?」
カレンさんは私の顔のあたりを見つめているが、私は少し上を見てるので視線が合わなかった。
「察して下さい。本能と闘ってるんです」
カレンさんとリンカさんはお互いに顔を見合わせて同じタイミングで首を捻っていた。
◆◆◆
酒場からの帰りの夜道、リンカは今日のお酒がよほど口に合ったのか、数杯続けて飲んで見事に潰れてしまった。今は私が肩を貸しながら近くの駅まで歩いている。時折吹く涼しさをまとった風がちょうどいい酔い覚ましになるといいけど。
「だーかーらー、お酒が血に混ざるとダメなんですって! ヒック……」
「ばーか! 量を加減しろって話だよ? 自分の許容量くらい把握しときなよ、大人なんだからさ?」
リンカの足取りは怪しくて、ひとりだとまともに歩けないレベルだった。おまけに吐きそうな気配まで漂わせている。
「頼むから制服にゲロひっかけるのだけは勘弁してくれよ?」
「はいはーい、なんとか家まで我慢しますよー。まったくカレンの内蔵はどうなってるんですかねー」
私とリンカはうだうだと話をしながら歩いた。
「……もうすぐ例の遺跡の殲滅作戦ですねー? あれけっこうヤバ目じゃないですか?」
急に声色を変えてリンカが言った。こいつは本当に酔っぱらているのか?
「ああ、かなり大規模な作戦だねぇ。だから回復系統が機能しないといけないんだろ? あんたの仕事は重要だよ、リンカ?」
「私が教えてるのは最低限ですし、別に『この作戦』のためってわけじゃないでしょう?」
「どうかな? 魔法の中でも回復系を扱えるのは案外少ないからね。リンカが教えてる連中だけでもけっこう貴重な人材だと思うけど」
「ですかねー、まあ回復要員はけっこう駆り出されるでしょうね。私も声かかってますし」
「うちの回復はあんたが要だからね。しっかり頼むよ?」
「カレンは全然血ぃ流さないですもんねー、強すぎるのもどうかと思うけど?」
「なんで私がリンカに合わせて怪我しないといけないんだよ」
近いうちに、ある遺跡で大規模なまもの殲滅作戦が実施される。王国騎士団を中心に多くのギルドへ協力要請が入っていた。ブレイヴ・ピラーもかなりの人員を投入する予定となっている。私やリンカもその例外ではない。
目的は、魔鉱石の採掘。そこには大量の魔鉱石が眠っていることがすでに調査済のようだ。ただ、「まもの」が異常に蔓延っている遺跡と話を聞いている。まもの討伐関係の依頼は昨今少なくなっていたが、これはかなり危険なにおいがしていた。
「ごめん……カレン、私やっぱ限界ー」
「うわっ吐くなって、ホントもう勘弁してよ」
道端でとうとう嘔吐してしまったリンカの背中をさすりながら、私は夜空を見上げた。
「赤い星が見える……。なんだか不吉だねぇ」
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