第11話 漆黒の意思(前)-5

「あなたがあのローゼンバーグ様ですか! こんな美人さんだなんて思ってなかったですよ! それで、あなたがスガワラさん! こちらは聡明そうなお方だ、よろしくお願いしますよ」


 日の光が完全に沈みかけた頃、私たちの馬車は「黒の遺跡」の前にある野営地に到着した。魔鉱石の灯りや焚火の炎があちこちで灯る中、私たちを待っていたのは小太りで人の好さそうな男性だった。


 歳は40くらいだろうか。この人が馬車の中で話題に上がっていた「ランギス氏」だという。剣士には見えない、というのが一見した正直な感想だ。


「僕はランギスと言います。ギルドのみんなには『ランさん』と呼んでくれ、と言ってるんですが、サージェくんはちっともそう呼んでくれません。わっはっは!」


「ふふっ、では、『ランさん』とお呼びしますね。ボクはラナンキュラス、ですが『ラナ』とお呼びください」


「私はスガワラと申します。私も『スガ』と呼んでくれた方が反応がいいと思います」


 私とラナさんは、ランギス氏……、ランさんに並んで一礼した。


「『ラナさん』と『スガさん』ですね! わかりました。これから作戦をともにするわけですから遠慮なんていりませんからね。ね、サージェくん?」


「――はい、ランギス様」


 サージェ氏の声のトーンは低かった。こういうところは本当にブレない人だとつくづく思う。

 しかし、「ラナさん」と「ランさん」か……。似ても似つかないふたりだが、呼び名が微妙にややこしい。



「はいはい。それでは早速、カレンちゃんの捜索と救出作戦に入るわけですが、ラナさんとスガさんはこの遺跡をあまりご存知ないと思うので、簡単に説明しますよ?」



 ランさんは「黒の遺跡」と今回の作戦について説明をしてくれた。


 私たちの正面には巨大なピラミッド型の建造物がそびえている。私の知識の中では、写真でしか見たことないマヤ文明のピラミッドによく似ていると思った。


 今いる野営のテントがたくさんある場所を正面入り口として、この遺跡には左右と真後ろの、計4か所の入り口があるらしい。中に入ると通路は下に下にと続いている。それぞれの入り口からの中で道が交わっているところはまだ見つかっていないそうだ。


 正面の通路が一番魔物の出現数が多いようで、今でも中で戦いが続いている。カレンさんやサージェ氏が最初に乗り込んだのは右側から入った通路で、そこは今、見張りを立ててはいるが、魔物が出てくる気配はないらしい。



「先に入った人たちが魔鉱石のランプを設置してくれていますからね。一度踏み入ったとこまでは灯りがありますし、脇道も少なくて危険性は低いです。ですが、残念ながらその辺りでカレンちゃんは見つかっていません」


「隊列は自分が先頭をいきます。ランギス様はしんがりをお願いします。ラナンキュラス様とスガワラは必ず自分たちふたりの間にいるようにしてください」



 私とラナさんは一瞬顔を見合わせて、同時に大きく頷いた。



「僕たちの目的は、『討伐』ではありません。なるべく戦闘を避けて消耗せずに奥に進むのが理想です。万が一はぐれたときのために通った道には、僕が印をつけていきますから安心してくださいね?」


「まものと遭遇したときも基本は自分とランギス様で対処します。ラナンキュラス様はご自身とスガワラを守ることに集中してください」


「わかりました。任せて下さい」


「スガワラさんは非戦闘員と伺っています。その代わりといってはなんですが、とっても大事な役割を担ってもらいますよ?」


「私に、大事な役割ですか?」


「はい! ズバリ荷物持ちです! ――といっても侮ってはいけませんよ。まもの除けの聖水や傷薬といった薬品関係、お水に携帯食、マーキングの道具などなど! 必要なものをさっと取り出せるように準備しておいてくださいね?」


 そう言ってランさんは大きなリュックサックを私の前に置いた。サイドポケットがたくさんついており、それぞれどの場所になにが入っているかきちんと決まっているようだ。


「わかりました。しっかり把握します。私自身が『お荷物』にならないようがんばります」


「わっはっは! その意気です。とても大事な作戦ではありますが、気負ったり焦っても仕方ありません。僕たちが最良の状態で挑むのがカレンちゃんを救出するための近道ですからね」



 この「ランさん」は、話し方や雰囲気こそ明るいが、抑えるところはきっちり抑える人なんだと感じた。グロイツェル氏からの信頼はこういったところからきているのだろう。



「あとは、ラナさんとスガさんはあまり経験ないかと思いますが、すでに遺跡内では何度もまものとの交戦がありました。通路にはまものの死体が転がったりしています。直視するのは辛いかもしれませんが、どうか我慢してください」



 こればっかりは耐えるしかないのだろうが、できれば一度も「それ」を見ることなくカレンさんを救出したい。猫の死骸でも吐き気をもよおしてしまうのが私なのだ。



「最後に――、万が一、僕やサージェくんがやられて身の危険を感じたときは、なりふり構わず逃げて下さい。これは約束です。これが守れないようでしたら今回の作戦への動向は許しません」



 出会って初めてランさんは厳しい表情を見せた。ラナさんは彼の目をしっかりと見て頷いていた。私もそれに倣って頷く。



「はい、けっこうです。それではもう日も沈んでますが、遺跡の中に乗り込みましょう。どうせ中は魔鉱石の灯りしか届きませんから暗くても一緒です!」



 私はリュックサックのポケットをすべて開けて中の物を確認した。頭の中で何度も、どのポケットになにが入っているかを反芻して、そのイメージを脳内に叩き込む。

 すると、目の前に短剣が差し出された。顔を上げるとサージェ氏が立っていた。



「『まもの』にも警戒心がある。刃物を構えれば、襲ってくるのを一瞬躊躇したりもする。もし、襲われそうになったら使えなくても構えろ。わずかな時間でも稼げれば助けられる可能性も高まる」


「わかりました。ありがとうございます」


「貴様になにかあったら――、それこそカレン様に怒られるからな」



 サージェ氏は憎悪をぶつけるような目で遺跡を睨みつけていた。その怒りの矛先は中の魔物なのか。それとも、カレンさんをひとりにしてしまった自分へ向けてのものなのか……。



「はい、皆さん! では、向かって右側の入り口から入ります。心の準備はいいですね!?」



 私とラナさん、サージェ氏は示し合わせたように顔を見合わせて頷いた。皆の意志は一緒だと確認できたようだ。


 必ず、カレンさんを助け出す!

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