第9話 不感の才能(後)-4

「――今のヴォルケーノってどういう仕組みだったんだい?」


 私はずっと闘技場を見つめているラナに尋ねてみた。


「うーんと……、『サスティナ』のことよね。とても高度で……、珍しい魔法の使い方だから普通わからないわよね?」


 サスティナ? 私は魔法を使えなくても基礎的な知識は頭に入れているつもりだ。だが、その単語には聞き覚えがなかった。


「どう説明しようかな? えっとね、仮にだけど……、魔法を使うプロセスが5つ必要だったとして、4つまで終わらせた状態を維持する、みたいな方法なの」


「それって残り1つを終わらせたら、いつでも強力な魔法を撃てるってことかい? すごい技術じゃないか!? どうしてみんな使わないんだろ?」


「『使わない』より、『使えない』かな? 魔法のプロセスを途中の状態で維持するのってとても難しいの。それに維持してる間は常に精霊への魔力供給が必要になるし」


 魔法を放たなくても、維持するだけで魔力を消費してしまうのか。長時間その状態が続くときついんだろうな。


「パララの場合、ヴォルケーノの術式を維持した状態で、別の魔法を使ったりもしていたわ。それ自体がとても難しいし、もしも維持してた術式が崩れてしまったら、消費だけしてまた1からやり直しになるのよ。リスクも大きい方法よね」


「パララちゃん、いつからヴォルケーノの準備してたんだろう?」


「最初のブレイズを放った後からずっと……。初手を外したらヴォルケーノで決着つけるって最初から決めて闘ってたんじゃないかしら?」


「それってほとんど最初からずっとってことじゃない!? ずっと魔力を垂れ流ししてたってわけ?」


「カレン、その言い方……。まぁそうね。だから、終わりの方は息が上がってたもんね」


「ふーん、パララちゃんて、魔法については『天才型』って聞いてたけどそんな技術まで扱えるんだ」


「『天才型』か……。ねぇ、カレン、努力ってどういうものなのかな?」


 ラナはうっすらと笑顔を浮かべた表情で私に問いかけてきた。すぐさまいい返事が思い付かず、宙を見上げているとラナは続けて話し始めた。


「『努力』と『苦労』をはき違えてる人っていると思うの。けど、苦労せず本人が気付いていないだけで努力してることってあると思わない?」


「――それってどういう意味だい?」


「パララが初めて酒場を訪れたとき、私、彼女のグリモワを見たの。あんなに使い込まれてくたびれたグリモワ初めて見たわ」


 ラナの言いたいことの察しがついた。そうか、パララちゃんはただの「天才」じゃなかったわけか。


「きっとパララ自身は無自覚のまま、魔法の努力を積んできているのよ。だから、彼女は天性の才能に努力で磨きをかけているの」


「それなら、さっきみたいな器用な魔法の使い方も頷けるってわけか」


「そうね……。だけど――」


「それでも勝負の結果ってのは……、わからないもんだねぇ」



◆◆◆



 私は闘技場の選手退場口を歩いていました。最後のヴォルケーノで魔力がほとんど尽きてしまって息も絶え絶えです。薄暗い廊下をゆっくりと進み、徐々に外の光から遠ざかっていきました。


 その時、後ろから誰かが追ってきているのに気が付きました。



「これ……、忘れ物よ?」



 振り返ると、アレンビーさんが私の三角帽子を持って立っていました。そういえば、途中で飛ばされていたのを忘れていました。


「アレンビーさん、いいんですか? はもうちょっと舞台に残ってるものと思います。お客さんがきっと困惑してますよ?」


「『勝者』か……。最後のヴォルケーノ、私を気づかって外したわね!?」


 アレンビーさんの語気は厳しかった。勝ちを譲られたと勘違いしてるのかもしれません。


「気づかってません。思ったより距離を詰められてました。あのまま的に向かって撃っていたらアレンビーさんにも当たって、私の反則負けになります」


 「サスティナ」を使ってずっと維持し続けていたヴォルケーノを私は外した。


 絶対に外さない射程、絶対に防御が間に合わないタイミングを狙う、と最初から決めていました。


 ですが、巡ってきたそのタイミング……、撃つ瞬間にアレンビーさんが思った以上に接近してきていました。私はヴォルケーノを的にかすかに触れるくらいの角度で放ったつもりでしたが、結果それは外れてしまいました。


 魔力が尽きてしまった私は、次にアレンビーさんが放ったファイアバルーンを防ぐ手がなく、あっさりと的を落とされました。


「魔法闘技じゃなくって、実戦だったら私の負けでしょ?」


「それもわかりません。魔法闘技じゃなかったらこんな闘い方もしてませんから」


 アレンビーさんは私に歩み寄って帽子を被せてくれました。彼女の方が身長が高いので、見下ろされるような恰好で見つめられています。


「なによ……、あんた普通にしゃべれるじゃない?」


「えっと……多分、今だけです。もう少しすると話せなくなります」


「はぁ、なにそれ? どういうこと?」


「私、魔法を使う時だけなんていうか……、心がとてもクリアになって視界も広がって、世界がいつもよりほんの少しだけゆっくり進んでるみたいになるんです。その時だけは緊張とか無くなるんです」


「ふぅん……、『ゾーン』に入ってるのかな?」


「ゾーン……、ですか?」


「ううん、なんでもない。なんかスッキリしたわ」


 彼女は大きく伸びをして天井を見上げていました。


「今になってようやくわかったわ。私、本当はあんたと正面から向かい合って闘いたかっただけなのかもしれない。なんかとってもいい気分だわ」


「それはきっとアレンビーさんが勝ったからです。私は悔しいです」


「私は勝ったと思ってないわよ。けど、あんたが悔しがってるの見るとそれも悪くないかもね」


 アレンビーさんは私の顔に視線を戻すと、右手に持っていた杖を左手に持ち替えました。そして服の裾で掌を拭った後、私の前に差し出してきました。


「はっきり言って納得できないけど、一応私の勝ちなのね。けど、またやりましょうよ。今までのどの闘技より楽しかったわ。?」


 彼女はちょっぴり照れくさそうな顔をしていました。けどその表情は今まで見たどの表情より可愛らしくも見えました。


「はい! 次こそは私が勝ちますよ!」


「ふん、臨むところよ」


 私は彼女の手を強く握りました。握り返してくる手は力強く、優しくて暖かいものでした。



◆◆◆



 試合の勝者が早々に闘技場から姿を消して観客席はざわついていた。


 魔法についての理解が浅い私でも手に汗握る試合だった。もっともそれは、パララさんが必死に闘っている姿を見ていたからだろう。ブルードさんが「取り乱しそう」と言っていたのを思い出す。そこまではならなくとも、気持ちは理解できた気がする。


「いやぁ……、すごい試合でしたね。アレンビーが勝ちましたが、パララ・サルーンもこれから注目されますよ? 彼女がこれから魔法闘技に姿を現すのかはわかりませんが――」


 オズはちらりと左手の甲のあたりを気にする仕草をしてみせた。アレンビーが闘技場に戻ってくる気配はなく、観客席では人の波が出口の階段に向かい始めていた。

 この後もいくつか4人制の魔法闘技が組まれているようだが、多くの人たちはこの決闘目当てだったようだ。


 試合内容を振り返る声やアレンビーの勝利に興奮する声、熱心に魔法について考察する声などなど……、様々な声が入り混じって聞こえてくる。



「ユタカ、申し訳ないですが今日もこの後、ちょっとした用事があるんです。私はここで失礼しようと思います」


 唐突にオズはそう言ってこの場を離れようとした。ただ、私は彼を呼び止めた。どうしても確認しないといけないことがある。


「お話はまた次回に聞きますよ。よければまた同じときに例のカフェで会いましょう」


 彼は私の制止を振り切るように帰りの人の波に溶けていこうとしていた。私は自分の声が周りの喧騒にのまれる前に彼の背中に向かって問いかけた。


「待ってください、ブリジットさん!」

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