第9話 不感の才能(後)-3
「そうか、弱体系の射程か」
またもオズは独り言を呟いた。彼は彼なりに自分で納得するために、無意識に言葉を発しているのかもしれない。私にはそれらが気になって仕方なかった。彼の顔を見ていると、私の視線に気づいたようだ。
「ああ、独り言がうるさくてすみません。どうにも考えが口に出てしまう癖がありまして」
「いいえ、ただ気になっただけです。『弱体系の射程』とはどういう意味かなって?」
「ええと、一時的に力を入りにくくしたり、動きを鈍らせるような魔法を総称して『弱体』とか『妨害』といった系統で呼びます」
そういえば、パララさんの使う魔法は火属性以外にこの系統もある、とラナさんが言っていたような気がする。
「これらの魔法は、この闘技でも例外的に術者に向けて放つのが許されています。ただ、他の魔法と比べて射程が短く、命中精度も悪いと言われていて、あまり積極的に使われるのは見られません」
なるほど、たしかに人を弱体化させる魔法も術者を狙えないのなら、使い道がなくなってしまう。魔法使いの中にはきっとこれらを専門にする人もいるのだろうから、そういった人たちの出番をつくるためにも「例外」は存在するんだろう。
「パララ・サルーンが急に距離を詰めたのは、この弱体系の射程に入れるためではないかと思います」
◆◆◆
私のブレイズは外れた。いや、狙いは確実に的を捉えていた。
パララ・サルーンに軌道を変えられたんだ。
的に直撃する寸前で、ほんの少しだけ私の魔法は軌道が変わった。あの子は自分の的の付近に下級魔法を放って私のブレイズにぶつけたんだ。
たしかに魔法に魔法をぶつけて相殺する方法は戦術として使う場合もある。それでも、ほんの少し軌道を変えるため詠唱時間の短い低火力の魔法を使うなんて――。本当に器用な子だ。
今の「ブレイズ」を外して、今度は私に隙が生まれる。パララ・サルーンは私の攻撃を対処した後、そのままさらに接近してきていた。あの子の杖の先が怪しい光を放っている。
これは「ディレイ」の光……。
行動を鈍らせる魔法だ。射程がとても短い魔法だけどここで当たると致命的だ。
集中力が一定を超えると、頭で考えるより先に身体が動くようになる。私は背後で炎を上げる「フレイムカーテン」に自ら飛び込んでいた。私が燃えても的が燃えてなければ負けにはならない。
炎の幕を挟んで「向こう側」に私は飛び移り、パララ・サルーンの放ったディレイは自身のフレイムカーテンとぶつかって消失……、いや焼失した。まもなくして、炎の幕も勢いを失って消えてしまった
すぐさま正面にいるはずのあの子に目をやる。お互いに目が合ったけど次の一手を仕掛けてくる気配はなかった。
私は息がほんの少し乱れていた。炎を振り払うように首を振ったけど、どうやら髪の毛の先がわずかに焦げた程度のようだ。
そうか。無意識で動いていたけど、あの子の放ったフレイムカーテンは見た目だけで、温度はそう高くない炎だったわけだ。たしかに背中に感じる空気は「熱い」ではなく「暖かい」だった。
魔力の消費を抑えて、威力の低い炎を私の後ろに展開、後ろには逃げれないように思わせてディレイを当てる戦術だったみたい。けど、私は後ろの炎の温度が低いのを理解していたらしい。
パララ・サルーンと私は、得意の火の魔法ならいつでも届く距離で見合っていた。
そのとき、彼女の顔を見ていてあることに気が付いた。
口がずっと開いている。呪文の詠唱とかではなく、呼吸が乱れているんだ。よく見ると肩で息をしているのにも気付いた。
最初の遠距離ブレイズ、低火力のフレイムカーテン、防御に下級魔法のなにか、さっきのディレイ……、普通の魔法使いなら魔力の枯渇も十分ありえる。
けど「普通じゃない」あの子ならどうか?
私が想定していたよりは早い。ただ、距離や火力の調整は場合によって必要以上に魔力を消費する。あの子の魔力が底をついてもおかしくはない……、のかな?
一方の私は、反撃のブレイズを一度放っただけ。
もしあの子に結界を張る余力も残っていないならここが攻め時か。いや、まだ油断はできない。今の距離を維持しつつ弱めの魔法で牽制してみるか。
「くらいなさい! ファイアバルーン!」
宙に浮いた炎の玉は、私の杖が指し示した先へ飛んでいく。素早く詠唱して2発、1発目は的に……、もう1発は時間差であの子の左側へ外して撃った。威力は低めの魔法。
これを避けるなら後ろか右側へ……、もしくは動かず結界で守るか、どうでる?
パララ・サルーンは後ろに跳んで避けた。けど、その動きはさっきまでの機敏性を欠いている。
私は結界を張って様子見してくるか、右へ移動して反撃を窺ってくると予想していた。
結果は違っていた……、だけど、下がったのは撃ち合いを避けているから。やっぱり魔力が底をつきかけているんだ。
私はあの子が下がった分だけ距離を詰める。
いや……、次の一手で決めるなら確実に的を射抜くためにさらに深く歩を進めた。ちょっとした結界ならまだ展開できるのかもしれない。なら、それを貫けるだけの魔法を使うまで。
杖を握る掌が汗でべったりとしていた。逸る気持ちとは裏腹に、頭はとても冷静でいられた。
詠唱も最速で……、終わった。
もう一度、炎の一閃を放つ!
「これで終わりよ! ブレイズっ!!」
杖の先から伸びた炎の閃きは、あの子に向かって空気を焼き払う。
私はそれを見送った。その刹那、信じられない光景を見た。巨大な炎の塊が私の炎を薙ぎ払って向かってきていた。
『嘘でしょ……、これってヴォルケーノ? いつ唱えたっていうのっ!?』
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