◆◆第8話 会話の産物(後)-1

 オズワルド氏とは闘技場を出てすぐに別れた。駅までの帰り道を心配してくれたのだが、いくつか目印になる建物を記憶していたので問題なさそうだ。闘技場の周囲を歩いていると、小さなお土産屋を見つけた。


 ぶらり中を覗いてみると、どうやら魔法闘技の関連グッズのお店のようだ。魔法ギルドの紋章を模った飾りが並んでおり、見ているだけでおもしろかった。そして、商品の中で一際目を引いたのが、辞典のように分厚く装飾を施された本だ。



【セントラル魔法科学研究院専用グリモワ・レプリカ】



 分厚い表紙には大小様々な文様が描かれている。「レプリカ」とあるように、表紙はしっかりと作り込まれていたが、中身はすべて白紙のようだ。私はこの本をどこかで見たような気がして、それを手に取ってみた。だが、どこで見かけたのか思い出せない。


 「グリモワ」とはたしか「魔導書」という意味だったはず。セントラルは、ラナさんやパララさんが卒業した魔法学校の名前だったと記憶している。これはそこで使われている教科書のレプリカ、という解釈でいいのだろうか?



「スガワラさんは魔法学に興味がおありなのですか?」



 私は背筋が冷たくなるのを感じた。この独特の声と抑揚のない話し方は、間違いなく「あの人物」を示していたからだ。



「――シャネイラ……、さん」



 ゆっくりと振り返るとそこには、ブレイヴ・ピラーのギルドマスター、シャネイラ氏の姿があった。その周りには護衛なのか、ギルドの制服を着たがたいのいい男が二人ほど立っている。


 彼の機械的な声と感情の読めない話し方は得も言われぬ不気味さを感じる。鉄仮面と鎧で身を包んだ彼の姿とお土産屋の店内はいかにも不釣り合いに見えた。


「突然お声かけして申し訳ありませんね……。実は闘技場で姿をお見掛けしてまして、お声かけした次第です」


 「彼」……、ひょっとしたら「彼女」かもしれないが、この人はどんな目的で私に声をかけたのだろうか? 

 ラナさんの酒場で一度顔を合わせた以外に面識はない。私にとっては気になる人物ではあるのだが、彼にとっての「私」はあえて声をかけるほどの人とは思えなかった。


「お時間あればご一緒にお茶でもいかがですか? 無理にとは言いませんが」


 私はうろたえないよう気を引き締めていたが、内心とても驚いていた。シャネイラ氏が私をお茶に誘ってくる理由がわからなかったからだ。



「シャネイラ様、この後のご予定ですが――」



 近くにいた制服の男がシャネイラ氏の真横に立ってそう言ったのが聞こえた。


「例の魔法ギルドへの訪問でしょう? 構いませんよ、少しくらい待たせても」


 彼は、どうやらこの後に予定を控えているようだ、――にも関わらず、私をお茶に誘っているのか? まったくなにが狙いなのかわからない


「スガワラさんは、『なぜ私が?』と思っているかもしれませんが、あなたも私に聞いてみたいことがあるのではないですか?」


 彼はここで一度区切ってから続きを口にした。


「例えば……、ラナンキュラスと私の関係、とか?」


 胸中を見透かされている気分だった。


 この人とラナさんの関係はたしかに気になる。私が知っている限り、唯一ラナさんが嫌悪感を露わにした人物なのだから。それに有名ギルドの代表者である以上、なにか危害を加えられる可能性もないだろう。


「そう警戒しなくても大丈夫ですよ? 取って食おう、というわけではありません。あなたに少し興味があるだけです」



「……わかりました。ご一緒しましょう」



 私は意を決して彼の誘いにのった。仮面の下はどんな表情をしているのだろうか……。


「ありがとうございます。お店は私がいいところへご案内しますよ?」


 そう言って彼はお供の2人を連れ立って歩き始めた。彼が私に「興味がある」と言ったのは、やはりラナさんと近いところにいるからだろうか。



 彼の後ろについて歩きながら、「仮面」について考えた。組織の代表者が顔を隠しているのには違和感がある。きっと相応の理由があるのだろう。


 漫画やアニメでよくあるのは、顔に傷を負っている、というパターンだ。剣士ギルドの代表なのだから一番あり得ると思った。


 他に思い付くとしたら、実は別人と入れ替わっている、とか……。声も何らかの方法で変えているようなので、ありえなくはないのか。


 あとは顔が割れては困る身分の人だったりするとか? どこかの王族の血縁だったりとかの展開もテレビで見たような気がする。



 道中は特に会話をするでもなく、彼についていくと中央市場の本通りから少し外れた道へと入っていった。そして、一見すると身分の高い人が住むお屋敷のような建物の前で足を止めた。


 これは「お店」なのか? 特に看板らしいものも出ていないが……。


 入口の門のところにガードマンらしき男がいて、シャネイラ氏の護衛のひとりが話しかけると門が開いた。



「ここからは私たち2人です。入りましょう」



 シャネイラ氏はそう言うと、先に門を潜っていった。私も慌ててその後を追う。中には執事の装いをした老人がいて、私たちを奥の2人掛けの席に案内してくれた。

 建物の中は薄暗く、ところどころに設置されたランプがほのかな灯りとなっている。アロマでも焚いてあるのか、甘く酔いそうな香りが全体に漂っていた。


「ここは……?」


 私がきょろきょろと辺りを見まわしていると、シャネイラ氏が口を開いた。


「限られた人間だけが利用できるバーのようなところです。酒類はもちろん……、コーヒー、紅茶もいろいろと取り揃えてありますよ?」


 「要人御用達」の場所だろうか。シャネイラ氏は店の中でも仮面、鎧ともに外さなかった。薄暗い店内はほぼ無音で、中にある小さな噴水から流れる水音だけがかすかに聴こえてくる。



「私の格好が気になりますか?」



 気にならない方がおかしいと思うが……、この人は周囲からきっと常に「この姿」でいるという認識で通っているのだろう。


「あっ…その、重くないのかと思いまして――」


 シャネイラ氏は表情がわからないので正直話しづらい。


「この仮面と鎧は特注でして、見かけほど重くはありません。きっと私が顔を隠しているのを疑問に感じておられるのでしょう?」


「……はい、その通りです」


 隠す必要もなさそうだったので素直に答える。


「私の顔を見ると不快に思う人間が少なからずこの国にはいるのです。おっと……、これはラナンキュラスのことではありませんよ?」


 彼はかすかに笑い声をもらした。


「えと、なんとお呼びしたらいいでしょうか……、その――」


 この人の立場「ギルド・マスター」をどう捉えていいのかわからなかった。大企業の社長か会長と話していると思ったらいいのだろうか? 残念ながらそういった経験もないのだが……。


「カレンのことはなんと呼んでいるのですか?」


「『カレンさん』、と呼ばせてもらっています」


「でしたら、私も『シャネイラさん』で構いませんよ? 私の立場を気にされているのかもしれませんが、スガワラさんは私のギルドに所属しているわけではありません。組織を離れれば私も『ただの人』ですから」


「わかりました。それでは……、『シャネイラさん』と呼ばせてもらいます」



 彼の「組織を離れれば『ただの人』」……、この言い回しには聞き覚えがあった。以前にカレンさんが口にしたセリフと同じなのだ。ひょっとしたらあの言葉はシャネイラさんから影響を受けたものだったのだろうか。


「それで……、シャネイラさん、私になにかお話があるのでしょうか?」


「あなたがユージン率いる者たちに暴行を受けた一件は聞いています。あなたが探していた『ブリジット』という男を我々も追っています。そして、ユージンらの組織は彼との接点がありました」


 シャネイラさんの聞きたいことがおおよそわかったような気がする。


「気になるのは、あなたがなぜ我々より早くそこに辿り着けたか、です。あの短期間、単独で……、です」


「偶然です。勘が働いたというか、試した方法がたまたま上手くいっただけです」


「たまたま……、ですか?」


「はい、運が良かった……。悪かったような気もしますが、そういうことです」



 シャネイラさん、この人相手には下手に話せば話すほど、墓穴を掘るような気がした。仮面の下でどんな表情をしているかわからない。しかし、隠し事は一切通じないと思った。


「フフ……、まぁいいでしょう。我々は引き続き彼の捜索を続けています。あなたもなにか有力な情報があればぜひこちらに教えていただきたいですね」


「わかりました。協力は惜しまないつもりです」


 口ではこう言いながら、仮にブリジットにつながる情報を手に入れたとき、私はどうするか考えていた。カレンさんに言われたように人を頼るべきなのは間違いないのだが……。


 考え事をしていると紅茶の……、アールグレイの香りが漂ってきた。先ほど席まで案内してくれた老人が紅茶を2つ運んできていた。こちらの世界でもこの香りの紅茶があるのか。


「私が頼みました。遠慮なく召し上がって下さい」


 シャネイラさんにそう言われた時、最初はなんとも思わなかった。


 ただ、時間差で違和感を覚えた。2つ運ばれてきた……。彼が注文したと言っていた。あの仮面のままで飲むのはさすがに無理があるような気がする。――だとしたら……?


「紅茶が2つ来たのが気になりますか? 当然片方は私が飲むのですよ」


 そう言って彼は、おもむろに鉄仮面を外しはじめた。

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