第8話 会話の産物(後)-2

「なにも驚くことはありません。ラナンキュラスやカレンも私の素顔を知っています。本当はあえて隠すほどでもないのかもしれませんが……、私の顔を見て騒ぎ立てる者たちが『声の大きい者たち』でしてね」


 シャネイラさんはそう言いながら紅茶の香りを楽しみ、少量口に含んでいた。仮面になにか細工がしてあるのか、話す声も人の温もりがこもったものに変わっている。

 てっきり誰も素顔を知らない人なのかと思っていたので、こんなかたちであっさりと仮面の下を知ってしまって私は驚いていた。


 そして、なによりシャネイラさんが、とても若い女性であったことに驚いた。


 大きな組織のトップにいる方ならそれなりに年長者と予想していた。それに「剣士ギルド」のイメージから屈強な肉体の男性と勝手に思い込んでいたのだ。


 彼女の身に付けている鎧は体格を絶妙に隠していたようだ。


 透き通るような白い肌に淡い翡翠のような美しい緑の髪はまるでお伽話の妖精を思わせる。とても美しい顔立ちをしているが、どこかマネキンや人形を連想させる無機質なものも感じさせた。


「ラナンキュラスを含めて、『あなたたち』とは仲良くしておきたいのです。そのため私と彼女の関係ついて伝えておこうと思います」



 彼女の言う「あなたたち」とは具体的に誰を指しているのか気になる。話の流れから私とラナさん、あとは誰なのだろうか。カレンさんは彼女のギルドに所属する人だが、その中に含まれているのだろうか……。

 そうこう考えているうちにシャネイラさんは続きを話し始めた。



「ラナンキュラスがセントラルにいた時代から私は彼女と面識があります。私は剣士ギルドの人間ですが、魔法の心得もあります。優秀な魔法使いをギルドに推薦することもありますから、魔法学校に出入りしておりました。そこで彼女とも会っています」


 ラナさんが魔法学校に通っていたのはたしか4~5年くらい前と聞いた気がする。思っていたより以前から知り合いなのか、と思った。



「私はラナンキュラスの才能にとても興味がありました。できれば、セントラル卒業後は近くに置きたいと……。そのため当時から彼女と何度か会って話をしていました。もちろん、その時は今のような険悪な仲ではありません」


 それを聞いてラナさんの不機嫌そうな顔が頭を過ぎる。


「関係を壊したのは、彼女が卒業間近の時に私が発表した――、魔法学の論文にあります」


「魔法学の論文……、ですか?」


 あまり予想していなかった単語が飛び出したので、思わず聞き返してしまった。シャネイラさんはガラス玉のような目を少しの間、私に向けていた。それから再び話し始めた。


「失礼。カレンから少し聞いていました。スガワラさんは魔法にあまり縁のない国からやってきた方でしたね?」


「はい、勉強不足ですみません」


「いいえ……。簡単に説明しましょう。先ほど見た『魔法闘技』のように魔法使いが放つ以外にも、魔法とはいろいろなものがあります。例えば――、街の動力源になっている『魔鉱石』をご存知ですか?」


「はい、遺跡で発掘される魔力が宿った石と聞いています。路面電車の動力などに使われている、とか」


「その通りです。他にも離れた場所にいる者への連絡に用いる『写し紙』に使われていたりと、『魔法』とは我々の生活に欠かせない存在となっています。そのため、魔法使いは日々魔法学の研究をしています。新しい魔法術式の発見や道具に宿らせる方法とか、ですね」



 なるほど、私は「魔法使い」をRPGに登場するような、戦う職業として認識していた。実際にパララさんや魔法闘技に出場していた人はそうなのだろう。

 ただ、それとは別に、技術として「魔法」を研究している研究職としての魔法使いもいるのか。


「私はその魔法学の研究論文をひとつ執筆していました。こう見えて私は魔法学の世界でそれなりに名の通った人間です。論文を出せば内容に関わらず多少は注目されます」


 この人は剣士ギルドの代表であり、魔法学の世界でも注目されている人で……、さらにこの容姿をも持ち合わせているのか。ちょっと神様の才能の分配方法を疑いたくなる話だった。


「私が執筆していた論文は、まだ世に出さない予定でした。それが、なにかの手違いで世に流れてしまったのです。そこには、個人名こそ出しておりませんが、ラナンキュラスの才能について書かれていました」


「――ラナさんについて、の論文ですか?」


 私も大学卒業の際に研究論文を書いた経験があるので、それがどういうものか多少はわかるつもりでいた。ところが、ラナさんについての……、と言われてもまったくピンとこない。



「人が魔法を使う時の簡単な仕組みは、精霊の力と人の精神力の交換です。ただ、それには一定の手続きが必要となります。上級魔法になるほど発動に時間がかかるのはそのためです。これは如何に優れた魔法使いでも共通しています」


 この話は以前に聞いたことがある。今になって思えば、ラナさんが魔法について詳しいのは当然だった。彼女からこう言った話を始めて聞いた時は博識な人、くらいに思っていたが、そもそも彼女自身が魔法使いだったのだ。


「ただし、ラナンキュラスは例外です。彼女は多くの魔法発動において、術式・詠唱・触媒いずれも必要としない。たしかに優れた魔法使いは詠唱過程の簡略化が可能です。それでもラナンキュラスは明らかに異質でした」


 パララさんがローゼンバーグ卿について語っていた時、「世界でも数人しかいない」みたいな言い方をしていたのを思い出した。


「彼女の魔法の使い方を見て私はある仮説をたてました。魔法使いではなく、『精霊使い』……、魔力を借りる、ではなく逆に『精霊を使役できる人間』がいるのではないか、と」


「『精霊使い』、ですか?」



 魔法でさえよくわかっていないのにさらに理解の及ばないような話になってきた。



「ええ、『精霊使い』についての仮説はある意味、魔法学の根本を揺るがす内容でした。ゆえに私も世に出すかは慎重にすべきだと思っていました。ですが、どう間違えたのか、世に知れ渡ることになってしまった」


 シャネイラさんの表情がわずかに曇ったように見えた。今話してくれた内容に悔いがあるように感じられる。


「論文の内容が立証できるかは別として、もしも正しかったのなら……、その魔法使い……、いや精霊使いひとりの力によって、国や組織のパラーバランスが崩れるほどの可能性があったのです」


 急に話が飛躍したように思えた。「精霊使い」とは核兵器かなにかなのか?


「私の論文が世に出たことによってラナンキュラスを取り巻く環境は一変してしまいました。彼女を我がものにするために、大小さまざまなギルドや王国騎士団、魔法学校すらが囲い込もうとし始めました」



 私は驚きを隠せなかった。精霊使いがどうとかは仮説として……、ラナさんの周りでそんなことが起こっていたのか。今の生活からは想像ができない。


「結局、ラナンキュラスは周囲の人間への対応に疲れ、『魔法使いとして生きることをやめる』と宣言して、引き籠ってしまいました。彼女が表に姿を見せないまま長い期間を経てこの騒動は収まりました。が……」


「――が?」


「今でも水面下でラナンキュラスの力を欲している者たちは動いています。そして……、彼女の両親が殺害されたのはこの延長にあった可能性があります」


「ほっ……、本当ですか、それは!?」


 私の声がよほど響いたのか、紅茶を運んできてくれた老人がちらりと私たちの様子を見に来た。



「あくまで可能性の話です。あの事件はまだ解明されておりませんから。ですが……、ラナンキュラス自身はきっとそう思っているでしょう。ゆえに彼女はすべての元凶になった私を強く憎んでいます」


 これにはどう答えていいのかわからなかった。


 今の話がすべて真実だとするなら、シャネイラさんに非があるのだろうか?


 ラナさんの立場なら恨みたくなる気持ちはわからないでもないが……。 


「ラナンキュラスが私を嫌う理由はここにあります。今、彼女にもっとも近いところにいるあなたにはこれを知っておいてほしいのです」

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