第8話 会話の産物(前)-4

 闘技場内は「アレンビー」のコールに包まれている。いわゆるスター選手なんだろう。闘技場に姿を現したのは、黒を基調とした男性用の司祭服に似た衣装をまとった女性だった。深紅の長い髪を右側にまとめている。


「今日もギルドの制服で来ていますね……」


 オズワルド氏が横で小さく呟いた。


「服装になにか意味があるんですか?」


「全部がそう――、というわけではないですが、ギルドの制服はあまり機能的にはつくられてません。実際の任務ではほとんで着ないと聞いてます」


 たしかに「制服」というものは機能性重視ではないものが多い。運動や作業をするときはそれに相応しい服装に着替えるのが一般的だ。ましてや、今から行われる「決闘」なら尚更だろう。


「本人がどういった意図で制服を着ているのかわかりませんが――、私はこう考えています。一発も被弾しないという、自信の表れではないかと」


 彼の言いたいことがなんとなくわかった。通常、制服は汚れたり傷つけたりするような場に着ていくものではない。それをあえてこの場に着てくるのは、汚さない自信があるという表れなのだ。

 それほどまでに彼女……、アレンビーという魔法使いは、絶対的な自信があるというのだろうか。



 続いて、挑戦者が入場してきた。全身ローブに身を包んだ、いかにも魔法使いらしい恰好した男性だ。アレンビーとは対照的な姿に見える。


「彼は『ブリガン』、ギルドには所属していませんが、魔法闘技には2年前から出場しています。常勝……、とまではいきませんが、戦績は非常に優秀です。アレンビーの過去3戦のどの挑戦者より実績では勝りますね」


 オズワルド氏の説明を聞きながら、ふたりの魔法使いを交互に見た。すると、両者の頭の上――、約1mくらいのところだろうか、半透明のダーツの的のようなものが姿を現した。


 あれが「的」か、1つ前の魔法闘技の時は気付かなかった。それは術者の周囲を右に左にと移動していた。そういえば、ある程度術者の魔力で動かせる話を少し前に聞いた。



 菱形をした闘技場の東側にアレンビー、西側にブリガンという構図だった。よくよく闘技場を観察すると四隅に人が立っている。4人揃って同じ黒い服を着ていたのでおそらく審判だろう。


「北と南に位置する審判がいまして、彼らが同時に簡易な魔法を中央に向けて放ちます。それが直撃した瞬間から試合開始となります」


 私は北の隅にいる審判に目を移した。今の説明だと審判も全員魔法使いなのだろう。

 ほどなくして、その審判から白く発光した「何か」が放たれた。目で追っていると逆側からも同じものが飛んできて、それは闘技場の真ん中で衝突して、一瞬強い光を放った。




 ――勝負は一瞬だった。


 魔法について詳しくない私には、なにか駆け引きがあったのかすらわからない。どちらの動きも見逃さないようにと、目をちらちらと左右に動かして見ていた。


 先に動いたのはブリガンだ。魔法の射程とかはわからないが、きっと届く距離とか命中精度とかがあるのだろう。彼は前に走り出して距離を詰めていた。一方のアレンビーは最初の位置から一歩も動いていない。


 走っているブリガンのまわりに突然、氷柱のようなものがいくつも現れた。氷柱の先端はアレンビーの方向を向いている。客席からの声でどうやら「アイシクルランス」という名前の魔法とわかった。


 空中に現れた氷柱はパッと見で、5~6くらい……、それらは一斉にアレンビーへ向かって発射された。彼女の周りで氷が砕け散り、私はこの直撃でもう勝負が決したのかと思ってしまった。


 だが、砕けた氷の中からは無傷の的とアレンビーが立っていた。



「『魔法結界』、かなりの強度ですね……。アイシクルくらいでは突破できない」



 オズワルド氏は私に説明するというより、独り言のようにそう言った。私がブリガンに目を戻した時、観客席全体がざわついたのを感じた。



 その数秒後、決着はつく。


 ブリガンは立ち止まり、杖を地面に突き立ていた。すると、彼の頭上……、最初に的が浮かんでいたあたりに大きな氷の塊が生成された。重力でそのまま落下したら間違いなく術者が即死する巨大なものだ。そして、それは少し前の氷柱と同様にアレンビーに向かって発射された。


 しかし、次の瞬間私の目に映っていたのは赤い炎が一直線にその氷塊を貫き、そのままブリガンの的を貫通した光景。当然、その光源はアレンビーからだった。



 ブリガンは膝を折ってその場に崩れていた。彼自身に直撃はしていないので、精神的なダメージによるものだろう。


 観客席はわずかな静寂の後、大歓声に包まれた。「アレンビー」のコールが耳の奥に響き渡ってくる。


「いやー、強い。賭けは私の負けですね。次回は私が奢りますよ」


 オズワルド氏は特に悔しがるでもなく、にこやかにそう言った。私は、目の前で起こった出来事の情報に頭が追い付いていなかった。よくわからないままに終わっていた、というのが正直な感想だ。

 この1戦が目当てだったのか、観客たちはぞろぞろと列をなして階段を上がっていっている。


「ある程度人がはけてから私たちも出ましょうか?」


 私は軽く頷くと、彼に尋ねてみる。


「今の決闘……、解説とかお願いできたりしませんか?」


「はじめてでしたらよくわかりませんよね? わかりました。私がわかる範囲で――、になりますけどね」



 オズワルド氏の解説のおかげで今の決闘の内容がなんとなく理解できた。


 私が考えていたように、やはり魔法には射程があるらしい。最初の立ち位置から魔法を撃ちあっても、届かないか当たらないかのどちらかになってしまうようだ。


 ブリガンは氷の魔法を得意とする魔法使いだという。最初に放った「アイシクルランス」は威力の低い下級魔法。

 おそらく狙いは「的」ではなく牽制。直接本人に向かったように見えたが、見過ごしても当たらず、アレンビーを動かすのが目的だった思う、というのがオズワルド氏の見立てだ。


 ただ、アレンビーは「魔法結界」、攻撃を防ぐための結界を使って動かなった。


 私には全然わからなかったのだが、この魔法結界による防御が実はすごいらしい。理由は「魔法結界」という防御をするためにも呪文詠唱が必要なこと。

 詠唱が終わる前に相手の魔法が届いてしまったらおしまいだ。さらにどの程度の結界をはるか、という問題。


 どうやら魔法結界は、術者で強度をコントロールできるらしい。強い魔法を防ぐための強固なものから、簡易なものまで強弱を調整できる。ただし、強さと詠唱時間が比例するため、超強力なものをすぐに展開することはできないらしい。


 つまり、自分の詠唱時間と向けられた魔法の威力を瞬時に判断しなければならない。飛んできた魔法をただ防いだだけに見えたが、わかる人からすればそれなりに高度なやり取りだったようだ。



 戦いは次の一手で決着した。オズワルド氏曰く、


「魔力が高くて詠唱も早い魔法使いにあれをやられると終わりですよね」だった。



「スガワラさんが魔法を使えたとして――、魔法結界を張って一歩も動かない相手だとどうしますか?」



 私はゲームでもやっている気持ちになって考えてみた。


「結界を破れるほどの強力な魔法を使う、でしょうか?」


「その通りです。相手が動かないとなると結局は力業になるんですよ。事実、ブリガンもそうでした。次に放った魔法は上級魔法です。ご存知かもしれませんが、魔法は威力が上がるほど詠唱時間がより長くなります」


 これは以前にパララさんから少し聞いた話だ。「ローゼンバーグ卿」という例外を除いて……。



「詠唱が長くなるのは、隙が大きいのとイコールなんです。ただ、そのリスクに見合うだけの高火力の魔法が放てます。ところが、アレンビーの場合それを待っていたんですね」


 私はまだ話が理解できていなかった。


「ブリガンが呪文詠唱に時間をかけるということは、アレンビーにも同じ時間の猶予が与えられるわけです。同じ詠唱時間で、アレンビーのほうがより強力な魔法を放てる、としたら――」


 なるほど、ようやく私の頭は少し前に見た光景を理解した。


「相手にわざと呪文詠唱の時間を与えて、撃ってきた魔法ごとより高火力の魔法で貫いてしまう。こうなるとお手上げです。とてもわかりやすい『魔力』と『技術』の差ですね」



 オズワルド氏の説明を聞いている間に会場を出ていく人の波は落ち着き始めていた。


「スガワラさん、私はこれから少し寄りたいところがありますので、今日はここを出て解散でいいですか?」


「はい、ありがとうございました。とても貴重で楽しい時間を過ごせましたよ」


「そう言ってもらえるとこちらも案内した甲斐があるってもんですね。次回お会いするときはコーヒーを奢りますよ?」


「あ……、その件ですが、7日後の同じ時間くらいにさっきのカフェで会いませんか?」


 オズワルド氏はこの場で次の予定を決めるつもりはなかったようで、少しだけ驚いていた。


「『また今度会いましょう』では、結局会わないのがほとんどです。本当にまた会って話したいと思った相手なら、その場で次の予定を決めてしまう。それが私の流儀です」



 友達関係ならいざ知らず、社会人になってからの人間関係は本当にこれだった。別れ際に「またご一緒に……」、「次の機会では食事でも……」と言っても、予定をとりつけないと結局それは実現しないのだ。「次回」を本当につくりたいなら今、この場を逃してはならない。


「スガワラさんはなかなか積極的ですね。わかりました。7日後に同じところでお会いしましょう」


「ははっ、女性相手でもこれくらいになれたらいいんですけどね」


 こうして私たちはしばしの談笑をしながら闘技場を後にした。

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