第8話 会話の産物(前)-3

「『決闘』――、ですか?」


 オズワルド氏の口から飛び出した言葉だ。


「はい、4人で争う魔法闘技とは別に、1対1の魔法使い同士の決闘もあるんです。もっとも、これは賭けの対象にはなりません。ルールも少し変わりますからさっき見たものとはです」



 彼はその「決闘」についてのルールも教えてくれた。4人で争う場合と大きく違うのは、魔法の事前申告が必要なく数の制限もない。ようするに、使える魔法は総動員して戦うのだ。ただ、あくまで「的」を狙う、のは共通している。


 決闘はいつでもやっているわけではなく、不定期に開催されているそうだ。――というのも、競い合う魔法使い両者がお互いに合意してはじめて成立するものであり、賭けの対象でもないため、当然対戦カードがない日もある。


 彼が「運がいい」と言った理由はここにあるようだ。



「幸運にも今日はこの後、決闘が組まれています。しかも片方の魔法使いは今、非常に注目されている人なんですよ?」


 オズワルド氏は若干興奮気味に話をしていた。この魔法闘技は一種のスポーツ観戦に近いものと私は理解した。

 有名な魔法使いがいて、きっと一定数のファンもいたりする。その決闘目当てなのか、たしかに観客席の賑わいが少しずつ増しているようであり、入った時よりも空席が少なくなっていた。


「決闘の開始時間まではまだ少しありますが、ここを移動しないようにしましょう。これからもっと人が増えてきますから」


 私もこの提案に賛成した。一度この場を離れるともう後ろの方の立ち見席にしか居場所が無くなるような気がする。



 噂の決闘が始まるまでの時間、私はオズワルド氏から対戦する魔法使いについての説明を聞いていた。特に気になったのは彼の言う「非常に注目されている人」だ。



「『アレンビー』という魔法使いなんですが、所属はあの『知恵の結晶』です」


 「知恵の結晶」、聞き覚えのある名称だ。パララさんが面接試験を受けたギルドだ。たしかこの国最大規模の魔法ギルドと言っていた。


「ギルド所属期間はまだそれほど長くないようですが、4人制の魔法闘技にはよく出場されている方でして、連戦連勝を続けています」



 4人制の魔法闘技は、魔法に関する専門校の技能証明があれば誰でも出場登録ができるらしい。ただ、その登録自体には費用がかかり、試合に出場するにも別途、費用がかかる仕組みのようだ。


 勝利をおさめれば賞金が出る。ゆえに勝ち続ければ十分な収入になるが、負けてしまえば一方的に登録料だけを失ってしまうのだ。

 いかに優秀な魔法使いであっても、予め決めた3つの魔法しか使えず、4人制のため運が悪ければ総攻撃を受ける場合もある。それゆえにギャンブルとして成立しているのだろう。


 この条件で連勝を続けるのは、素人の私でもすごいことがわかる。



「決闘は両者の合意があれば開催されますが、賞金はありません。ですが、4人制の魔法闘技で実績のある魔法使いは決闘をよく申し込まれるそうですよ?」


 大衆の見守る中で、名のある魔法使いに勝とうものなら一気に有名になれるのではないだろうか。腕に自信のある者ならたしかに挑戦してきそうなものだ。


「アレンビーはすでに決闘の挑戦を3回受けていますが、すべて見事に返り討ち――、それも完勝ですね。それが人気に拍車をかけています」



 格闘技のチャンピオンみたいなものだろうか。すごい魔法使いの話を聞いていると頭の中にラナさんの顔が浮かんできた。ラナさんがすごい魔法使い、と口頭で聞いたが、どれほどのすごさなのだろう。ここの出場選手と比較したら上にくるのだろうか? やはり私は魔法に関しては全然わからない。


「挑戦者はフリーの魔法使いのようですね。4人制の闘技には出場している方で実績もそれなりにあります」


 オズワルド氏は情報屋だからなのか、彼自身この魔法闘技が好きなのか、話題が尽きないようだ。私も初めて知った世界なので、興味深く彼の話を聞いていた。


「そうだ、スガワラさん。もしよければ私たち2人だけで『賭け事』をしませんか?」


「賭け事――、なにを賭けるんですか?」


「そうですね? 次にお会いしたときの飲み物代とかでどうですか? もちろん、内容は決闘でどちらか勝つか、です」


 彼がこんな提案をしてくるとは思わなかった。だが、特に深い意図は無さそうなのでそれに応じた。ただ観戦するよりも多少の緊張感があっていいかもしれない。

 それに「次に会ったときの飲み物代」、という言葉の裏には「また会いたい」の意味があるのかと思った。悪い気はしない。


「わかりました、乗りましょう! それでオズワルドさんはどちらに賭けるんですか?」


「そうですね。では――、あえて私は挑戦者に賭けます」


「わかりました。では、私はアレンビーに賭けましょう」



 こんな話をしていると、突然周囲の客席が沸き立ち始めた。大勢の声援の中で「アレンビー」という単語がいくつも飛び交っているのがわかる。


「選手が入場してきます。いよいよ始まりますよ」

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